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炎天寺の歴史
当山は真言宗豊山派、幡勝山成就院。
平安時代の後期に創建されたもので、天喜4年6月(1056)炎天続きの旧暦の6月奥
州の安倍一族の反乱鎮圧に赴く源頼義(985-1078)、八幡太郎義家父子の率いる軍
勢が野武士と激しく戦い、極めて苦戦となったが、京の岩清水の八幡宮に祈念し、
ようやく勝利を得ることができた。
そこで義家は寺の隣に八幡宮を建立、村の名を六月、寺の名を源氏の白旗(幡)
が勝ったので幡勝山、戦勝祈願がかなったので成就院、気候が炎天のさ中だったの
で寺の名を炎天寺と改められたと伝えられる源氏ゆかりの寺である。
江戸時代後期の俳人小林一茶は千住に住んでいた俳人・建部巣兆、竹塚の作家・
竹翁東子などと寺のあたりをよく歩き、いくつかの名句を残していて、おそらく
日本でいちばん一茶と縁の深い寺である。
墓は生まれ故郷の長野県信濃町柏原にある。
場所:足立区六月3−13−20
交通:東武線竹の塚東口下車、徒歩約15分
利用時間:8:00〜16:00
駐車場:なし。
TEL:03−3883−0787
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