"吉本さん"という突き詰めて考え続けた人
会ったこともなければ、特別大好きだった人ではないのだが、いつもその人に関する記事には注目していた。 その人が、先日高齢の病気(肺炎)で亡くなったという報せを聞いて、思わず自分の心境を書いてみたくなった。 それが、吉本隆明さんという方だ。 この人のことを知ったのは3,4年前くらいだっただろうか。 娘のよしものばなな(作家)の方を先に知っていたくらいで、調べてみるまでその人がどれほど日本の思想界というものに大きな影響を与えていた人かなんて、思いもしなかった。 著書を何冊か読んだが、感想としては、庶民・一般人の目線でだれでも言えそうで言えそうにない普遍的な真理を語る人だなぁ という印象を持っていた。 著書よりも、イトイ新聞の中でよく行われていた糸井氏との対談形式の話がとても好きだった。 それは"話"というよりも、"語り"だったのだろうか。 自分がこの人のスゴイと感じるとは、表題の通り、物事を突き詰めて考え続けていたというところだ。 中でも"マルクスと親鸞"のことを語るあたりに、その洞察力の目太さを知った。 次に、猫との付き合い方の話(猫をじぶんの方に近づけてかわいがるのではなく、じぶんが猫の方に近づいていって付き合う)。 思い返せば他にもたくさんの大事なメソッドをもらっているが、自分の中で一番衝撃をもらった考察は、"笑いの根底にあるのは、吹き飛ばしたかった悲しみなんだ。社会というのは、漠然とした悲しみみたいなものが満ち満ちてる"という話だ。 この考えには、まやかしや誤魔化しを入れない深い考察の本音を、皆に向けて言い放って・語ってくれたことに、感心と敬服の念を覚えていた。 と同時に、自分が今まで考えてきたあらゆる考察の中の洞察の薄さを自覚した。 故人を前にして色々過去を振り返るのは、人として自然なことなのかもしれないが、たくさんの影響をもらっていた人を亡くしてしまった穴埋めを、心のどこかが図りたかったのだと思う。 吉本さんがこの世から亡くなることを、惜しまないようにしようと、じぶんを慣らしていました。 だから、お会いするごとに少しずつ少しずつ、そっちの方に近づいている兆しを見つけても、わりあいに平気でいたつもりでした。 病院に入られてからのお顔や姿も、しっかり目では見ていられました。 前回は、意識がなかったように見えました。 見てつらかったけれど、落ち着いていたつもりです。 ただ、ほんとうに帰ってこない日が来るとは、思っていなかったのかもしれませんね。 吉本さんのいない世界に生きていることを、ぼくはさんざん練習してきましたから、平気です。 あとは、とても健康な悲しみばかりです。 思っていたのと全然ちがって、ずいぶん悲しいです。 亡くなった翌日の糸井氏の言葉。 実際に友人として付き合いが深かった人からすると、どんな風に胸に突き刺さる想いが降ってくるのだろうか。 まだそういう人を亡くしたことがない自分には分らないことだが、畏敬の念とその人がこの世に残していった痕跡をこれからも見ていこうと思っている。 ひとまず、激動の思索の人生を終えた故人に対して、ごゆっくりお休み下さい という言葉を添えたいと思う。
「昭和を象徴した人だった」吉本隆明さんしのぶ
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恋とは、愛とは?その3 ーーー交換価値
以前からの続きのシリーズですが、恋・愛の違いについて、また学びとなった見解が得られたので記してみたいと思います。
相手が財産や美貌を失ったために冷めてしまうというのは「恋」に過ぎず、 それに対して相手がそれを失ったからこそ、かえって強く「この人のために尽くしたい」というような決意するような場合が、「愛」と呼ぶにふさわしいもの
と、医学博士の海原順子氏は述べていましたが、この点についてドイツの精神分析学者 ユーリッヒ・フロムは恋の「交換価値説」についてこう示していました。
男にとって魅力的な女性、あるいは女にとって魅力的な男性は、自分が探している「掘り出し物」なのだ。
(中略)
いずれにせよ、ふつう恋心を抱けるような相手は、自分自身と交換することが可能な範囲の「商品」に限られる。”私”は「お買い得品」を探す。
相手は、社会的価値という観点から望ましいものでなければならないし、同時にその相手は、私の長所や可能性を表にあらわれた部分も隠された部分もひっくるめ、それを見極めた上で、私を欲しがっていなければならない。
このように二人の人間は、自分の交換価値の限界を考慮した上で、市場(世の中)で手に入る最良の商品を見つけたと思った時に、人は恋に落ちる。
かなりドライな意見にも聞こえますが、ある意味で適切な表現に感じました。 テレビの中に移るひときわ綺麗な芸能人・アーティストが、ドストレートに自分のタイプだとしても、自然と恋心を抱かないのは、どう頑張っても”私”を欲しがってくれることがないからでしょう。 "自分の交換価値の限界を考慮した上で、市場(世の中)で手に入る最良の商品を見つけたと思った時に、人は恋に落ちる" ↑ 相手と自分の交換価値がそぐわないと判断された場合は、どちらか一方が高嶺の花の位置に存在し、その一方がそれを羨望する側という立場に分かれてしまうのだろうと思われます。 相手と自分との関係から、損得勘定の様なものを排除しなければ、恋が愛には発展しない。 「愛を実行する」前提条件は、他にもまだまだ出てきそうです。 (トップ写真はミャンマーの首都ヤンゴンの中心にある仏塔スーレーパヤーで祈る民) 愛と言うにはちょっと足りない。 http://www.1101.com/moteki/index.html
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恋とは、愛とは?part2 ーーーNOと言える関係の重要さ、そして奉仕
以前、恋とは、愛とは? という題目について記事を書きましたが、昨日読んだ資料の中でまた興味深い考えがあったので取り上げてみました。サイコセラピストのダフニ・ローズ・キングマの書物 「愛」の処方箋 の中より キングマによると、人間は「相手との深い絆」と「個人としての自由」という二つの欲求を持っているといいます。
人はみな、相手との絆も、個としての自由も
どちらも必要としています。
相手との揺ぎない絆や互いに結ばれている
という幸福感を求める一方で、広々とした自
由、ひとりきりになって自由な自分にたちもど
る時間、それぞれの友人たちと刺激し合い
互いに高め合う時間、自己を探求するチャン
スなども、人間には必要なのです。
だから、どんなに深く愛し合っていても、
どんなに幸せな関係を築いていっても、
また その幸せをいつまでも待ち続けたいと
心から願っていても、
「絆」を求める思いと、「自由」を求める二つ
の思いのあいだで、
誰もが心を悩ませているものなのです。
愛し合う誰もが この葛藤を胸に抱きながら
それを認めようとしないのは、
それを口にすることを阻む現実があるから。
「ほんとうに」人を愛したら、
そんな思いを感じる「べきではない」と考えて
いるからです。
中略
どんなに愛し合っていても、
それぞれの個人的な時間や世界を持つ必要
は、依然としてあるのです。
その事実を口に出来ずにいると、封じ込まれ
た思いは出口を求めて心の中で膨れ上がり
、しまいにパチンとはじけとびます。
そして、ものすごい勢いで相手に襲いかかり
、互いの絆に打撃を与えてしまいます。
そんなふうに思いを封じ込めずにいれば、ふ
たりの関係はきっとスムーズにつづいていた
はずなのに。
このような現実を背景として、キングマは片方だけの一方的な自己犠牲によって成り立っている人間関係を、より健全な人間関係へと変えていくために、「NOと言える関係」について次のように語っています。
「NO」と口にする勇気をもつことは、自分自身
を、そして相手と自分との関係を信頼するこ
とです。
言い換えれば、ふたりの絆があなたの「NO」
を吸い込んで、なお変わらぬ強靭さと弾力、
そしてパワーを秘めていると信じること。
「NO」と言ったその結果、ふたりの絆がより強
く深くなり、より良い方向に成長できるを信じ
ることなのです。
「NO」と言えるのは、その「NO」があらわす価
値観を、ふたりがともに生きられると信じてい
るから。
その価値観がきっとふたりを高めてくれる、
あなたが拒絶した選択肢とそれに体現される
価値観よりも、より高いところにふたりを引き
上げてくれると信じているからです。
非常に同感しました。 相手のこと想って 安易にすべて「YES」と応えてあげるのは、真に相手を思っている行動とはかけ離れているということ。 上記の 「NO」と言ったその結果、ふたりの絆がより強く深くなり、より良い方向に成長できるを信じること、相手を信じて拒絶の言葉を言える、または言われても受け入れることが出来る ということが、あらためて自分に照らし合わせて考えてみたい問題に感じました。 個人的な考えですが、「相手のためを思って」という意識と、「自分と相手との成長を願って」という意識・行動は、別のものだと思っています。 ”自己犠牲”をはらんだ行動の中には、「ほんとうの愛」を含んだ要素がみられないような気がしています。 では、「ほんとうの愛」とはどんなものを指すのかというと、自分に十分な自身・自尊心を持って、まず自分自身を愛しながら、なんの迷いもなく行える行動、すなわち”奉仕”ではないかと感じています。 ”自己犠牲”と”奉仕”については また次の機会に書いてみたいと思います。 寒さ本番…北海道で大雪 被災地にヒーター http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1815154&media_id=88 全国に広がる震災後の絶望 被災地だけではない自殺の連鎖 http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1814587&media_id=125
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共有ページ 世界史編 ー繁栄という名の”殺し合い”の恩恵の下にー
自分も現在進行形で学んでいる途中ですが、「歴史(日本史・世界史)」というものは、”今”のこの時代を形成している”パーツ”を知る、大きな材料となります。
その歴史の過程の中で、人々は数々の革命(人々が政治に対し不満を持つと革命を起こし、革命を起こした側が勝てば政治は変わる)という名の戦争を引き起こしてきました。
最近知ったことですが、戦争で使われる大量殺人兵器の一つ、青酸ガス(ACガス)とは、非常に致死性の強いガスだそうですが、その反面、早くに治療すれば解毒も容易だそうです。
その意図・理由を知って、私は若干 驚愕しました。
戦争とは、敵を殺すことも重要だけど、もっと
効果的なのは、使いモノにならない程度にその
敵を生かしておくこと。
そうすれば、残った戦闘能力も削ることができ
る。
人間とは、大きな”知恵”を使って ”道具”を作り出すことが出来る唯一の動物と言われています。 その”道具”を用いて、”文化”や”芸術”や”工業製品”という高度な技術を生み出してきました。 その反面、他の種の生き物に対して危害を加えてしまったり、本来の自然環境を損ないながらも、人間は人々の生活を豊かにしてきました。
しかし、上記の青酸ガスの使用意図の様に、それは同種(仲間)である人間自身の命をも奪い合ってきた上での繁栄であったのです。
その上で、”今”のこの時代を生きる(その繁栄という名の殺し合いを踏まえて今ある時代を生きている)自分は、日本・世界の歴史を知っていく必然性がある と最近感じ始めています。
下記の歴史の紐解き文章は、或る歴史家の方から提供してもらった文章です。 この考えに共感して下さった方とは、これから一緒にhisitoryという名のメソッドを共有していけたら と思っています。
ヨーロッパ文化の革命より
・1789年、大革命起こる。 ーーー国王をギロチンにかけ、しばらくして王妃マリー・アントワネットもギロチンの刑。 革命後は「清廉派」と思われていた若い政治からが、粛清の名の下に反対派を次々に殺していくという「恐怖政治の時代」に。
・1804年 第一帝政。 ーーー共和制という「恐怖政治」の混乱に乗じて、クーデターを起こし、ナポレオンが皇帝に。
・1814年、ナポレオン、エルバ島に追放される。
・1815年、脱出して、自由主義的憲法を作成するが、ワーテルローの戦いで破れ、セントヘレナ島に幽閉される。
・1815〜1830 ブルボン王政復古。 ーーー1789年に「王」はギロチンにかけられたが、やっぱりまた「王政」がいいかも、と思った節があり。
・1830〜1848 七月王政。 ーーーまだ「王政」だが、今度の王様はブルジョワジー(新興実業家)たちによって択ばれる。ほんのわずかな進歩が見られる。
・1848〜1852 第二共和政。 ーーー「王政」でも「帝政」でもなく、ようやく「共和政」になったのに、たったの4年で終わる。
・1852〜1870 第二帝政。 ーーーボナパルトの甥ナポレオン3世が皇帝に。今回はちょっと長く、18年間。この頃、パリ・コミューンっていう市民政府が起こるが、虐殺される。一週間に3万人が殺される事件もあり。
古代ローマも、奇しくも、最初は「王政」から始まって、次に「共和政」、そして最後は「帝政」。 フランスは約100年の間に、この三つの政治形態をまるまる2回、繰り返してみて、それぞれの悪い部分を、新しい制度によって克服してきた。多くの流血を伴いながらではあるが、、。
ちなみに、アメリカ独立戦争によって、1776年、アメリカはイギリスから独立する。 そのときの大義名分は「人間はみな、元来、平等に造られている」として「生命、自由、幸福の追求」の権利を掲げた。 けど、その宣言を発した政治家たちはみんな、ジョージ・ワシントンも含めて、奴隷保有者だったわけで、自分たちに都合よく、イギリスから独立するための方便として「自由の国アメリカ」を標榜した。 それでも、その「自由の光」はフランスにも影響を与えたらしい。
その後、第一次と第二次大戦を経て、ようやく先進国では、基本的人権というのが、かなり保護されるようになってきた。まだ完全とはいえない状態だが。
世界大戦が終わっても、黒人の権利はまだまだ限定されていて、70年代になってようやく「公民権」が認められるようになる。 アメリカ独立からじつに200年経って、いくらか黒人も「自由」を享受できるようになってきた。 しかし、ハリーケーン・カトリーナのときには、ニューオーリンズには政府の対応がかなり遅れたとのこと。いまだに米南部はないがしろにされている。
歴史を学んでいく過程で、自分はほとほと人間の愚かしさに打ちのめされたけど、それでも人間・人類はほんのすこしずつ進歩している。
そして、一応、自分のの祖国・日本はかなり広い裾野まで、比較的安定した生活を送ることが出来る。これは驚くほどの「進歩」と呼べるに値する。
もちろん、恋愛のもつれとか、アルコール中毒とか、中高年のリストラとか、「人間のもろさ」とか「高齢化」から来る問題は、まだまだ解決されてなく、ますます深刻化していくけど、そんな問題はそもそも昔にはなかったわけで、「高齢化」に悩まされるというのは間違いなく「進歩」と呼べる。
だから、自分たちの世代が”自分たちに出来る”努力を重ねて、いろいろと試行錯誤をしていけば、それでよい。
世界の歴史 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
【中国BBS】日本を含め、小国はなぜ攻撃的なのか? http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1712740&media_id=97
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共有ページ 読書編 ー相田みつを と 青空文庫という無料ネット図書館ー
日日是好日(にちにちこれこうにち)
日々是好日
ふっても
てっても
日々是好日
泣いてもわらっても
きょうが
一番いい日
わたしの一生の中の
大事な一日だから
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