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地球の果てまで
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福井ミカ

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ポール・マッカートニー交遊録129人目は『福井ミカ』です。


福井ミカはご存知サディスティック・ミカ・バンドの初代ボーカル(当時は加藤ミカ)として活躍し

日本のロックの名盤と言われるアルバム「黒舟」のプロデュースを買って出た

かつてビートルズのレコーディングエンジニアを務めたプロデューサー

クリス・トーマスと恋に落ち、バンドリーダーだった加藤和彦と離婚してクリスの元へ渡英しました。

この為サディスティック・ミカ・バンドは解散してしまいました。


74年クリス・トーマスがプロデュースしたバッドフィンガーのアルバム『素敵な君』に収録された

「誰も知らない」でミカは日本語ナレーションでレコーディングに参加


ポール・マッカートニーとの出会いはウイングスのアルバム「バック・トゥ・ジ・エッグ」の

プロデュースをクリス・トーマスが担当した頃からではないでしょうか。


ポールとミカは意気投合してポールの農園に招かれたり、後に料理研究家としても有名なミカは

ポールに手料理をご馳走したこともあるそうです。

ミカがクリスからの束縛を気に病んでポールに相談した時には、

ポールから「愛のために自分をしばりつけておくことはない」とアドバイスされたそうで、

この時のミカとの会話を題材にして作られたのがポールの「ベイビース・リクエスト」でした。


そして80年、幻となったウイングスの日本公演の為ポールはミカを伴って来日しています。

しかしご存知のようにポールは大麻不法所持で成田で逮捕され、数日間拘束されたあげく

強制退去させられ公演はすべて中止になりました。


当時テクノに興味を持っていたポールはこの来日中にミカの紹介で、

YMO(高橋幸宏はかつてサディスティック・ミカ・バンド在籍)とセッションを行う予定でしたが

これも幻に終わってしまいました。

しかし『増殖』の録音中だったYMOがポールになにかしたいということで、

「ナイス・エイジ」の曲のなかでニュース速報という形でポールの妻リンダのメッセージ

「22番は今日で一週間経ってしまいましたけれども、でも、もうそこには居なくなって、

彼は花のように姿を現します。Coming Up Like A Flower」

をミカのナレーションで収録しました。

「22番」というのはポールの拘置中の番号で、「Coming Up Like A Flower」は同年4月

ポールの復帰シングルとなった「カミング・アップ」で同じフレーズが出てきます。


後にミカはクリス・トーマスとも別れ料理研究家として現在もロンドン在中だそうですが

ポール・マッカートニーが音楽界復帰を強く勧める程の人材だったんですよね。


余談ですがサディスティック・ミカ・バンドはビートルズのファンだった加藤和彦が

プラステック・オノ・バンドからもじったという説もありました(笑)




「タイムマシーンにお願い」

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