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書庫三川内焼を中心に

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本日4月4日、波佐見焼の中尾皿山で開催されている桜陶祭に行った帰り道、
久しぶり(昨年のはまぜん祭り以来だから約1年ぶり)に佐世保市三川内皿山まで
足を延ばしてきました。

その目的は、先日晴れて一般公開までこぎつけた「平戸焼(三川内焼)」の
ギャラリー”さるのあしあと”👈click
を訪問するためです。

幸いオーナーさんとも1時間以上、三川内焼についていろんなお話を伺え
たばかりか貴重な作品(コレクションの数々)を見せていただき、やは
り三川内で生まれた物は三川内で見るのが一番ということを感じてきま
した。

三川内焼への個人的な思い入れは以前とかわらず持ち続けているのです
が、何せしがない小市民。応援する気持ちはあっても、私個人のチカラ
では伝統工芸を守るための具体的行動にまでは及ばず、夢のまた夢と思
っていたことをまさにここのオーナーさんは実践しようとなさってます。
ただただ頭の下がる思いです。これからも若輩者ではございますが、
三川内焼きの素晴らしさを一人でも多くの方に感じて頂けるよう、微力
ながら努めてまいります。まずは、はまぜん祭り期間中(5月3日)開催
の地元ミュージシャンによるライブに友達数名と行くことが出来たらと
思ってます。
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さて、以前某TV局あてに私自身の三川内焼きへの想いを書いた手紙を、
ここに一般公開します。私的な想いのつまった内容ではありますが、お
読みいただいた方のなかで共感するところのあった方は是非一度、三川
内皿山を訪れてみてください。なお5年ほど前に綴ったものであり、
画像の中の焼き物については現在は入手できないものが殆どです。

 今から遡ること400年あまり、豊臣秀吉の朝鮮出兵。またの名を
「焼き物戦争」ということをご存知でしょうか?当時の日本には土
(粘土)で作る陶器の技術しかなく、中国の景徳鎮に代表される陶石
を使った白い器(うつわ)は多くの大名・公家達の憧れの的でした。
当時の朝鮮は既に白磁器の技術を有しており、海を渡った大名の中
でも大陸に近い九州の武将はこぞって優れた陶工を朝鮮より連れ帰り、
己が領地に窯を開かせ、磁器製造にあたらせました。江戸時代初期は
大陸の模倣品にすぎなかったそれらの磁器も、時代(とき)を重ねる
ごとに日本の風土に溶け込み、100年あまり後の元禄時代(赤穂
浪士討入の頃)には現代へと受け継がれる焼き物産地が各地に誕生
します。特に鍋島藩の庇護のもと発展した佐賀県の有田(伊万里)焼
は、我が国の白磁発生の地として広く海外にまで知れ渡り、日用食器
を中心に手がける窯から国宝に指定されている窯も含め大小数百の釜
が今も点在しています。

 さて、今回紹介する長崎県佐世保市“三川内地区”は県境を隔てて有田のすぐ隣(西側)に位置している「焼き物の里」です。その知名度の低さから総じて有田焼に組み込まれることの多い“三川内焼”、有田焼と同じ様な経過を辿りつつ、平戸松浦藩の御用窯として似て非なる製品の数々を生み出しました。
 今日では当たり前のように目にすることのできる純白に近い白磁の器
ですが、原料となる天草陶石の発見によりここ三川内の地で18世紀初頭、世界に先駆けて作られました。
伊万里より船出したその製品は長崎出島を経由し遠くヨーロッパに渡り、

「ミルクホワイトよりも白色で最もプリリアント(光り輝く)」と称されました。

その伝統と文化は、今日においても数十件の窯元をして頑なまでに守り続けられています。
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そんな三川内焼を代表する絵柄に「唐子絵」があります。かつては献上焼として皇室を筆頭に公家や武家にしか持つことが許されず、また平戸藩独自の図柄として三川内でのみ生産されていましたが、今では日常食器として普及し、多くの方に愛用されています。
 縁起物の器として珍重された「唐子絵」。唐子は文字どおり中国の子供達。縁取りに描かれた“輪宝”は仏教の教えでは悪を退治するという意味があり、また望郷の想いを込めて、高麗の「高」の文字をモチーフにしたという言い伝えがあるそうです。
 「松」は言うまでもなく古来より日本人のハレの舞台には欠かせな物。
大陸から伝わって来た多様な文化が日本の三川内の地で、焼き物というカタチで花開いた訳です。緻密な筆使いが必要な線の描写と濃淡(ダミ)を利かせ、白磁に呉須(藍一色)の単純ながら味わい深い染付。丹念に精根込めて描かれる絵柄からは絵画にも似た世界観があり、小宇宙が頭の中に拡がります。焼き物としての美術的要素と並び、器本来のもつ道具としての役割は、日常食器として私達の食卓を心豊かにしてくれる事にあります。
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IMG_0130.JPG急須から湯飲みへと注がれるお茶を通して、唐子を眺め、次の一服の瞬間まで至福の時間がながれていきます。唐子達も喜んでいるように見えませんか?
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また、伝統的な唐子の絵柄は三川内の各窯元でそれぞれ独自の創意工夫をかさね、
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かつての献上唐子にはなかった、女の子の唐子も登場し我々の目を楽しませてくれます。



春(5月)の“はまぜん祭り”と秋(10月)の“三川内陶器市”に足を運び一軒一軒、自分の気に入った器探しに窯元を巡る。手にとった
器は作り手自身を直接介して持ち帰る。当たり前のことのように思える事ですが、物が溢れる現代社会において、なかなか体験できない
「ふれあい」と「であい」を育みます。
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三川内焼はひとつひとつが手作りであるため、同じ絵柄でも其々に表情が異なり1点物として見る楽しみ方もできます。これは次の時代を担う
若い窯元さんのお皿ですが、“かすていら”をお出しするのにウッテツケのお皿です。

 さて、そんな私が“三川内焼”に何故惹かれるのか!
 昨年の10月にある窯元さんに宛てた手紙が大きなきっかけとなりました。
 加筆、修正を加えたものを紹介します。↓                   
       
もともと、器好きの母の影響もあり子供のころから焼き物好きで、縁日でも綿菓子やウルトラマンのお面などには目もくれず、百円玉片手に茶碗や湯飲みを買ってくる代わった少年でした。
 
そんな私が三川内焼に初めてふれたのは、今から20数年前の昭和60年、
高校を卒業し、初の赴任地であった佐世保の仕事の関係で当地を訪れた
時でした。「繊細優美」な焼き物の数々にただただ圧倒された印象は
今でも鮮明に覚えています。当然のことながら社会に出たての青二才
に手の出るものはなく、それでも「母へ」の贈り物に無理を言ってあ
る窯元のコーヒー碗を購入したのが最初でした。それから月日は流れ、私も人生の半ばにさしかかり憧れであった“手描き”の「唐子絵」をも
とめて平成2110月、三川内陶器市へ足を運びました。陶器市会場や
三川内皿山を散策するなかで、三川内の栄枯盛衰を少しばかり、肌に
感じながら充実した時間を過ごすことができました。当時の記憶を頼
りに幾つかの窯元を巡ったのですが、なかなか自分の意に適う唐子絵
と出会えません。自分に焼き物の魅力を伝えてくれた母も他界した今、20年前の脳裏に焼きついたままの唐子絵の窯元さんがなくなっている
のも当然のことであったのですが、諦めきれないまま、足を運んだ
三川内焼伝統産業会館で、「唐子絵」と共に三川内を象徴する
「白磁透かし掘り」で有名な三河内駅前にある窯元さんの手描ける
金魚のマグカップに心奪われました。
 今までずっと自分に買えるものはあるまいとガラス越しに眺めるだけ
だった「窯元」さんへ今回、意を決して出向いたわけですが、
「透かし彫り」の作品だけでなく様々な絵付けの日常食器も手掛けて
おられ、多くの作品を目のあたりにそれはもう感動の数々でした。
そして念願の唐子絵についても湯飲みをはじめ、思い切って7寸皿
まで購入することができました。
 家に帰り、手描きの“唐子絵の皿”を目にした妻は、
「値段言いたくなかったら言わなくていいよ」その一言に感激、


気をよくした私は翌11月の妻の誕生日に合わせ再び窯元を訪れ、
陶器市で目にした金魚のマグカップを贈ることになるのです。

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「こんなステキな贈り物、奥さんは幸せね!」


丁寧に桐箱に納めながら声をかけて下さった店番のご夫人。
窯元には事前にお手紙を差し上げていたとはいえ、自分の中では
雲の上の存在と思えていた“透かし彫り名人”である当代のご主人
やこのマグカップの絵付けをされている奥様と歓談できたことは、
まるで映画の中にいるような夢心地の時間でした。




ちなみに、その年の妻からのお返しは事後承諾で同時に購入したもの
ですが、これも見事な龍のマグカップです。



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本日、鳥見に行きたい衝動をおさえて、
昨年行けなかった三川内陶器市に行ってきました。

最近は懐具合がさみしいので、3千円以内でこれといったのがあれば購入しようと思っていたのですが、やはりその予算では「欲しい!」と目をひくものには出会えません。ただ、久しぶりにお話しできた窯元さんもあり楽しい時間を過ごすことが出来ました。

本日のお買い上げは、カミさんが大のお気に入りの窯元。
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シャクヤクの花を大胆な構図ではいしたマグカップ。

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器の内側まで描き込むのも三川内の特徴


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「啓祥窯」呉須のもつ藍色一色にこだわる窯元さんです。



陶器市会場をめぐる中で何点か気づいた事。

1)駐車場代として500円を徴収していますが、単に四季彩館や市役所の支所、歴史館に用事の方も利用する公共の駐車場。初めから料金は徴収しないほうがイイように思います。地元に親切でないイベントは大方成功しません。

2)駐車場代に500円とるより、それで器をヒトツでも買っていただくほうが三川内の宣伝になります。

3)おもむろに店先に並んだB級品。流石は三川内という逸品揃いですが、値段は5000円〜10000円。やはり3千円を越すものは如何にB級品であろうとキチンと棚に並べて、1級品との違いを説明してのほうが購買欲をかりたてます。店先の籠のなかはせいぜい2000円まででしょう。

4)売ることを目的とせず、その窯元が自身をもっている作品を2〜3点は展示すべきです。それを見て、その窯元の技量に魅了され何か手の出るものを記念に買っていこうと思う人は必ずいます。

5)三川内焼きとは?やはりそこのアピールが足りないように思います。陶器市会場に来た人の何割が伝統産業会館まで足を運んでいるでしょうか、疑問に感じます。陶器市のブースに行く前に伝統産業会館にて代表作を見たり、先人達の作品の数々を見れば、如何に三川内焼きが秀でた焼物かは陶磁器ファンなら理解できます。

6)これは妻ともども同意見ですが、三川内らしさの薄い陶器市に年々なっているように思います。僕がイメージするのは30年近く前、まだ活気があった時代。その頃と同じものを求めるのは無理かもしれませんが、少なくとも三川内と縁の薄い業者の出店は控えるべきと思います。例え出店数が小規模になっても、三川内焼きに特化したものをお客さんに見てもらい、気に入るか、否かが大切だと思います。


以上、三川内陶器市に初めて来た方々がリピーターとして訪れるためにどうすればイイか、私感ですが記しておきます。

陶器市会場をあとにして、玉泉窯に立ち寄ってきました。
またヒトツ、時代の波に飲み込まれていくかもしれない名窯です。
何か思い出にと、2点購入しました。

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ハーブなどの香草をいれておく、アロマポット。
蓋に透かし彫りの技法がひかります。


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同じく絵柄の違うもの、2点を対で購入しました。


来年また、はまぜん祭り(5月)で
「これだ」という何かを探し求めたいと思います。





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10月14日まで、佐世保市三川内産業会館前広場にて

第58回 三川内陶器市が開催中
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我が家の三川内焼き、大集合。

三川内焼きについては、久々の更新となりますが、
本日、出かけてきます。
その巧みの業の数々にふれるのは1年半ぶりです。




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青華(花)技法のルーツは言わずと知れた景徳鎮。
時代を経ても色あせないその高い技法は本国はもとより、ヨーロッパの王侯貴族に愛され、金同様、資産としての価値が認められた磁器。

陶土(石)の磁肌に呉須による絵付けを行い、焼締したあとにガラス質の釉薬を施し本焼きするため、うわ絵付けの器やプリント物と違い、図柄が劣化しにくく、また現代の食器洗浄機にかけてもさほど問題ない。

されど、磁肌そのものが白く輝く焼物の陶土は大変固く、成型には熟練の業が必要で、また絵付けにも相当の腕が必要だ。手間暇の大変かかることで、価格も相応なものでないとホンモノには出会えない。

日本の焼物においても古来から景徳鎮への憧れから、幾多の鍛錬と探求を重ね、有田の地で18世紀初頭に青華技法が花開いた。またそれと時期を同じくして、平戸藩の御用窯がおかれた「三川内地区」においても見事な磁器が製造されていたことを知る人は残念ながら少ない。

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平戸藩御用窯であった鶴峰窯で昭和初期頃に作られた「青華技法」による花瓶。
柳の下を泳ぐ鯉。丸い壺も相まって遠近感も加わり、今にも飛び出してきそうな迫力ある作品。
有田・伊万里の秀作をみても、これほどの作品に出会う機会はそうない。
作者は、藩侯より号を授かった最後の人物、中里三猿。


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水面から勢い良く跳ねた、鯉(子供でしょうか?)



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威風堂々と泳ぐのはお父さん?




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柳の下に控え目に泳ぐお母さん鯉?。
柳に隠れる半身もダミの技法とあいまってキッチリと表現されている。
如何にプリント技法が発達した今日の焼物造りにおいても、決して印判では作れないだろう。

あくまで、素人の見識ではありますが・・・・・、これほどの焼物を手掛ける窯元は過去にも現代にも、日本全国津々浦々探してもそうはいないのではないでしょうか。


かつての隆盛は影を潜めてはいますが、現代においても三川内では昔ながらの、手描きにこだわった焼物作りが行われています。

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三川内焼が好んで使う「牡丹唐草」。
総手描きで描かれる皿は同じ図柄でも、一枚一枚すべてがオンリーワンの輝きを持つ。


正月以来の三川内関連の更新。
さして新たな話題でもありませんが、
機会があれば皆さんも一度「三川内焼」に触れて見てください。

焼物に対する印象が180度変わること間違いなしの素晴らしいモノに出会えますよ。





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お正月といえば、おせちやオードブルを囲む家庭も多いことと思います。
そんな御重や大皿、鉢盛り料理に欠かせないのが銘々皿。

銘々皿(めいめいざら)とは↓
複数人が食べる料理が盛られた食器から、各自の料理を取り分けるための小皿。
和食器においては大きさが三寸 - 四寸内外。
自分の食べる量だけを取り分けることができ、他の料理の味が混ざらないように料理ごとに複数の皿を用意することがある。

我が家では三川内焼きを好んで使います。
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何ともめでたい図柄の素敵なお皿。三川内の中では新しい窯元、「心和庵」の作品です。

こちらのお皿は5寸程の直径ですので、小皿としては大きく、中皿としては半端なサイズ。ケーキ皿として使うのにちょうどイイ大きさ。

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新年ということで、本場フランスのクリーミーウォッシュチーズをカットしてみました。

お皿にもチーズにも申し訳ない、お粗末な切り方、ご容赦ください。

今年も三川内(平戸)焼、不定期で何度更新できるかわかりませんが、よろしくお願いいたします。




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