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北京パラリンピック車いすテニスの金メダリスト国枝慎吾(26)が14日、自分の足だけで歩いた。9歳の時に脊髄腫瘍(せきずいしゅよう)になって以来17年間、車いす生活だった。昨年11月から猛リハビリを重ね、都内で通うジムの歩行発表会に参加。約400人の前で自立歩行を披露した。12年ロンドンでパラリンピック2連覇を狙うが、日常生活では「階段のあるレストランでのディナー」を目標としている。

 400人以上が国枝の“1歩”を食い入るように見つめた。ステージ幅は約7メートル。よろけても大丈夫なように、スタッフが鉄棒を滑らせて先行した。国枝がその後を追い掛けた。大きく左腕を振り上げ、右ひざを高く浮かせた。左足だけで立った。直後、右足を踏み出した。国枝が自分の足で歩いた、歩けたのだ。

 力強い14歩だった。場内は拍手に包まれ、涙をぬぐう人もいた。「緊張しましたよ。明日からオランダに飛んで大会ですが、スッキリした気持ちで行ける」と話し、歩いた連続写真を確認して「うーん、下を向きすぎ。もっと自然に歩きたいなぁ」と真剣な表情で自分に“ダメ出し”した。

 ちょうど1年前の昨年11月に、日本で唯一の脊髄損傷者専門のトレーニングジム「J−ワークアウト」(東京都江東区)に通い始めた。車いすテニス仲間に教えてもらったジムだった。「2〜3段のちょっとした階段のあるレストランに入れない。いつも階段を意識して店選びをしてる。歩ければ気にせずにどこにでもいける」と語った。同ジム社長の渡辺淳トレーナー(29)と相談しながらリハビリメニューを決めた。

 9歳時の脊髄腫瘍が原因で歩けなくなった。17年間、足を使っていない。特に右足はねじれて変形し、マッサージをして足の形を戻すところから始まった。今年2月、車いすから立てた。同5月、1分以上2本の足で立ち続けられた。昨年11月、ふくらはぎ周りは右が23・5センチ、左24センチ。今はそれぞれ27・5センチ、26・5センチと確実に太くなった。

 太ももまでは感覚があるが、ふくらはぎからはあまり感じない。足首をマッサージして柔軟性を持たせて、ももの筋力をアップして歩けるように特訓している。車いすテニスでは北京パラリンピックで金メダル、そして現在シングルス105連勝で世界ランク1位だ。昨年4月には、日本人初のプロ選手となった。


 素晴らしい成果だ、日本の医療制度ではリハビリの期間は発症から180日で打ち切りになります。
本当は車いす生活、寝たきりにならなくて済む人まで車いす生活者、寝たきりにさせられる恐ろしい国日本。

国枝選手が通ったJ-Workout株式会社(J.W.)は、米国サンディエゴにある世界唯一の脊髄損傷回復施設Project Walk(P.W.)の公認会社。健康保険は使えないと思う。

車いす、寝たきりの人が歩行するためにはオーリングテスト、波動治療のできる歯科医の力が必要になります。そんなわけないでしょ!と思われるかも知れませんが、転ばないで歩くためには身体の重心バランスをとることが重要になります。これは医師ではなく歯科医師でないとおそらく出来ません。

数年前に三浦流波動セミナーで実際に寝たきりの方を立たせている東京都開業の歯科医師の福田先生の話を聞いて確信しました。その時に先生からいただいた本です。

この本を読めば歯、入れ歯は食べるためだけにあるのではないということがわかります。




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私も歩行リハビリをしています!
国枝慎吾選手の頑張りは励みになります。
私もブログを書いていますので、良かったら遊びに来て下さい。 削除

2014/12/11(木) 午前 8:49 [ tAmA ] 返信する

> tAmAさん
コメントありがとうございます。
リハビリがんばってるんですね。
国枝君は錦織君より凄いことをしてるのに報道が少ないですね。
ブログ訪問させていただきます

2014/12/11(木) 午後 6:01 [ nagatalock3 ] 返信する

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