はじめに
はじめに
野心とは人にとって何か・・・栄光と幸福への原動力か、それとも挫折と敗北に通じる破滅への道なのか。野心、並びに野心家という言葉が負のイメージを払拭することはできないだろう。だが、野心は(少なくとも野心家の心中では)善悪や利害、そして遂には愛などのあらゆる概念をも超越しえる可能性を持っている。一人の野心家の強大な野心は時として、ドラスティックに他人を、そして歴史をも改変する力を持つ。このブログでは、歴史学・心理学・文学などの学問、そして読者の方の力も時にはお借りして“野心”そして“野心家”というをとおし、ささやかな好奇心を満たす糧としたいと思う。
人間として、己としてこの世に生を受ければこそ何かを為したいと思う、誰の為でもない、自分自身の為に。そう、己自身の為・・・愛?他人の為?違う、俺は他人に何か為す為に生まれたわけじゃない。
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“野心家”と“夢想家・理想主義者”の...
2005/6/7(火) 午後 10:14
はっきり言いたい、この違いとはズバリ“現実主義者の要素があるか”否かである。自分の心中と現実のギャップをどれだけ感情を廃し直視・分析できるか。好悪などの感情にとらわれ現実を見れなければ“夢想家・理想主義者”である。一見、現実主義者、しかしながら内心では反骨の精神でなにがしの理想を持っているというのが野心家だと思う。現実の上に立って理想を描ける稀有な存在が野
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“完全な敵対”と“面従腹背”
2005/6/7(火) 午後 9:59
世間の一般的な観念は道徳を基に形成されている。自分以外のものへの慈しみと協調の精神が社会秩序の規範となっている。(建前かどうかは別にして)
その中で秩序を乱すもの、侮蔑するもの、害を為すものへは排除の力が働く。(秩序自体、またその構成員の自己保存のため当然であるが)
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歴史上の野心家選定
2005/6/7(火) 午後 9:26
誰を研究すればいいだろうか? 織田信長 アドルフ・ヒトラー スターリン ナポレオン チンギス・ハーン が真っ先に浮かんだが忍耐強い野心家としては 徳川家康 が浮かぶし・・・ もっと無名の志半ばで野心ゆえに果てた野心家も探せばいくらでもいるみたいだし・・・ どうしよう・・・