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祖父の遺品にT定規があり、モーターボートの図面と同様に仕事部屋の壁に掛けてある。
祖父がこのT定規を使っているところを見たことは無いが、極めて大きなT定規なので、船つくりの現場でフルスケールの原図をひくのに使ったのではないかと想像している。
さて、今回はT定規に関連して一言書いてみようと思う。
入社した当時、協力メーカーの年配の設計者の方が、いきなりシャツのすそをまくりあげ、胃潰瘍の手術あとを見せながら、「君、設計者は胃潰瘍の手術をしてはじめて一人前なのだよ」といわれた。
当時はパンタ式のドラフターが出始めたばかりで、まだ多くの職場でT定規が活躍していた。
T定規で作業するには、図板は当然水平でなければならず、設計者は腰をおり、図板の上にかがみこんで図面を引かなくてはならない。これでは創造的な仕事に没頭するとか、不具合ミスを起さないようにすることからくる心理的なストレスばかりでなく、現実に一日中、胃に肉体的なストレスを掛けていることになるので、胃もおかしくなろうというものである。胃に負担が掛って胃潰瘍になるくらい図面を書き込まないと一流の設計者にはならないゾという比喩だったと思っている。
したがって、この姿勢をいかに少ない時間で済ませるかと言う課題に対しては、出来るだけ線を引かない、シンプルな図面にするのが一番ということになる。
図面がシンプルになれば当然、加工もシンプルになり工数が掛らなくなるので、設計作業の合理化と、現場作業の合理化は一致していた時代であったとも言える。
設計設備の合理化が進み、ドラフターもトラック式になってくると、設計者は立ったまま、ことによると背の高い椅子に座ってでも設計が出来るようになり肉体的なストレスは大幅に軽減された。
ましてCADになったら、座って作業するのが一般的になって、ますます肉体的には楽になってきたものである。(目は疲れたが・・・・)
そして、線引きのスピードは上がり、平行線など何本引いても苦にならない、寸法もチャチャット入る。そしてブロック単位でのコピー作業が簡単になって、繰返し形状がある複雑な絵を描くことに昔ほどのストレスが掛らなくなったのも事実である。
すなわち、設計が楽になったことと現場が楽になることに乖離が出来たのも事実ではないかと思っている。
T定規作業の大変さを感じることは、現場の作業の大変さを肌で感ずることにつながり、T定規にもそれなりのよさがあったと、時々祖父のT定規を眺めながら思うことがある。
CADになかなかついてこれない熟年設計者の僻みと言われそうなことを覚悟して、一言書いてみた。
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仰るとおりです。
僕はドラフターの時代に設計を始めましたが、当時左手の親指の内側にはドラフターのグリップダコが出来ていました。
僕は設計をやる前に一年間、試作工場で機械加工実習をやらされました。お陰で自分の書いた図面は全て自分で加工も出来ましたが、加工の容易な形状、見やすい図面を書く事が出来ました。
CADは複雑な形状も容易に設計できるので、部品代が高く付く割には加工検討がされていない、機能が今一という設計が多くなったような気がします。
2008/1/18(金) 午後 11:30
返信が遅れてすいません。
私が若い頃は、現場は怖かったですが、今より近かった気がします。我々はそういう意味でよき時代をすごしてきたのかもしれません。
2008/1/19(土) 午後 11:34
趣味際人です。
私は模型飛行機畑に住む前に、ヨット乗りであった時代があります。大昔でしたので、当時は船体線図の読み書きも必要とされ、いくらかはかじりました。
船体をいくつかの水平面で切った曲線で示し、これで評価するわけです。ヨットでは、傾いた状態を想定した、斜めに切った場合の曲線が加わります。
極めて滑らかな曲線ですから、雲形定規ではなく、撓い定規(ヒノキの角材?)をつめ文鎮で押さえて、自然な曲線を描いていました。
これは造船屋独特の道具ですから、多分、ご祖父様もお使いになっていたと思います。つめ文鎮は大きな鉛の塊で、滑らかな曲線を出すにはたくさん必要であり、まとめると高価でした。当時の貧乏日本としては揃わない場合が多かったので、両手両足の指を総動員して撓い定規を押さえ、口にエンピツをくわえて線を引くと言うウラワザを習いました。
2008/7/23(水) 午前 10:06 [ 趣味際人 ]
趣味際人さん、古い自動車屋のわたしもその世代です。この定規を自動車屋は『バッテン』と呼んでいました。またこれを押さえるツメの付いた鉛のウエイトを『魚』と呼んでいました。夏場などは大きな図板の上にランニングシャツにハチマキ姿で、汗が図面に落ちないように苦労した思い出がよみがえりました。
2008/7/24(木) 午前 0:15