原発ファシズム
原発容認は子孫への犯罪である 税金をもちいた多額の交付金によって地方議会を切り崩し、地方自治体を財政的に原発に反対できない状態に追いやり、優遇されている電力会社は、他の企業では考えられないような潤沢な宣伝費用を投入することで大マスコミを抱き込み、頻繁に生じている小規模な事故や不具合の発覚を隠蔽して安全宣伝を繰り返し、ボス教授の支配の続く大学研究室を寄付講座という形でまるごと買収し、こうして、地元やマスコミや学会から批判者を排除し翼賛体制を作りあげていったやり方は、原発ファシズムともいうべき様相を呈している。
(中略)
一刻もはやく原発依存社会から脱却すべきである。
こういうことを言うと、かならず生産活動に支障が生じるとか、これまでの快適な生活が持続できなくなるという反論(恫喝)が出される。
(中略)
それでも原発はやめなければならないと思っている。事故のもたらす被害があまりにも大きいだけではない。いずれウラン資源も枯渇するであろう。しかしその間に、地球の大気と海洋そして大地を放射性物質で汚染し、何世代・何十世代も後の日本人に、いや人類に、何万年も毒性を失わない大量の廃棄物、そして人の近づくことのできないいくつもの廃炉跡、さらには半径何キロ圏にもわたって人間の生活を拒むことになる事故の跡地、などを残す権利はわれわれにはない。そのようなものを後世に押し付けるということは、端的に子孫にたいする犯罪である。
山本義隆 「福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと」 みすず書房 より |



