旧満洲
『開拓者たち』(NHK BSプレミアム放送 第1回〜4回 満島ひかり主演 2012)
今年1月に日中国交正常化40年記念のドキュメンタリードラマとして放映された『開拓者たち』。満島ひかりが満蒙開拓移民の嫁として旧満洲へ渡る女性を演じている。
実際に「千振開拓団」で開拓した人々の証言を元に構成されたドラマで、随所に当時の関係者たちの証言が入る。千振以外の開拓民、元関東軍など様々な立場からの証言は興味深く、ただ中国側の証言はないのか?(国交正常化記念なのに)とは思いつつ、満蒙開拓団に対する認識は新たにさせられた。
千振は現在の中国黒龍江省樺南市に位置し、開拓団はとうもろこし(包米=ポーミー)、さつまいも、大豆、小麦、高粱、南瓜などを、地平線まで続くほど広い畑で栽培した。猟はキジ、ノロジカを狩り、漁はナマズやフナが取れた。
しかしその土地は、満州国が中国農民から強制的に土地権利証を集め、安く買い上げたものだった。中国農民たちが関東軍によって追い立てられた後の土地に、日本からの開拓移民が入植。中国農民たちは困窮化し苦力(クーリー)になる者も増えた。
そうした農民たちが抗日運動や匪賊に身を投じ、土地を奪った日本人を襲うことも度々あった。開拓民は匪賊との戦いにも苦戦したという。
日ソ中立条約を破ってソ連軍が満州に侵攻したのが、1945年8月9日。開拓民たちは開拓地を捨てて逃げなければならなかった。逃避行の中、8月15日の終戦を迎えるが、情報のないまま戦闘状態が続いていた。
主人公のハツも幼児を抱え着のみ着のまま逃避行を続けた。ハツのように逃げた者もいれば、千振に残った者もいた。彼らは最終的には集団自決に追い込まれたが、開拓民を守るはずの関東軍は、残った者も逃げた者も同様に見捨てた。逃避行中、腹を空かせた子どもを連れて逃げることができず、中国人に託して逃げた開拓民もいた。それが後に中国残留孤児となり、多くの悲劇を生む。
ソ連軍侵攻の前に開拓民も徴兵され、終戦を迎え捕虜になるとソ連軍にシベリアへ連行された。抑留から還れたのは1947年〜1956年、最長11年抑留された者もいた。ハツの夫・速男も徴兵、抑留された。同じ千振から徴兵された者たちが帰還する中、速男はシベリア抑留中亡くなりハツの元へ帰ることはなかった。
シベリア抑留者の帰還はハツが無事日本に引き揚げてからの話だが、ハツの方も引き揚げるまでの逃避行、極寒の難民収容所、そして長春の日本人街での生活は、壮絶なものだった。ハツの弟妹たちも、軍や炭坑での留用で、終戦後も中国に留まる。
ハツの弟は元憲兵として戦犯になっていた。ソ連から撫順戦犯管理所に移送され、過去に犯した罪を何度も何度も書かされた。検察の上申により起訴155人、最高刑は死刑。しかし周恩来が却下し、起訴45人、最高刑は懲役20年になった。1956年、起訴されなかった者は釈放された。ハツの弟も日本に帰ることができた。
留用者たちの帰国は、日本赤十字のはからいで実現した。ハツの妹は帰れたのに、結婚して中国に留まった。
ハツたち千振開拓団は、日本に引き揚げてから再び那須へ集結した。再開拓のためである。一度は満洲の広大な土地を開拓してきた、その意地と誇りで、現在の酪農盛んな千振地区を築いた。
ハツが速男との思い出のキキョウの種を那須に撒き、ささやかながらひっそりと咲いているのを眺めて物語は終わる。開拓者たちを、このキキョウが表しているようだ。しっかり根を張って大地と共に生きている。
昔から旧満洲について何かと縁もあり調べていたが、このドラマを観て、またその熱が上がった。
旧満洲を偽満洲、満州事変を九・一八と呼ぶ中国の歴史。日本側と中国側で主張も異なる点が多いことは承知の上、真実が知りたいと常々思っている。 |
