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サッカーについて、楽しく語っちゃえ!
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サッカーの話

僕は小学4年生からサッカーを始めたのですけれど、
今と違って、中学からサッカーを始めるという人が多くて、
当時としては、サッカーをするのは早い方だったのですね。

http://blogs.yahoo.co.jp/naminori3nom/5108755.html
↑参照

例えば、小、中、高校在籍中に全部サッカーをしたとして12年です。
でも、たとえば大学でもサッカーを続けたり、
もちろん、社会人になってもサッカーを続けるならば、
高校を卒業してからも、20年くらいはサッカーを続ける事が出来ますし、
今のようにシニアリーグの活動も活発になってきたり、
フットサルなどの普及も考えると、、
サッカーというのは生涯スポーツとして成り立ちます。

僕自身、社会人リーグに在籍していた方が、
小、中、高とサッカーをしている12年よりも長いですし、
その中で、子供達にサッカーを教えるようになったり、
シニアリーグの1部リーグで活躍する為に30歳を超えてから体を鍛えたり、
それまで足元に及ばなかった元Jリーガーと同じチームでプレーしたりと、
いろんな経験や楽しい思いをしてきました。

確かに、ジュニア、ジュニアユースからユースのサッカーは激変します。
それまでの体の成長差というものが無くなりますから、
まさに、知力、瞬発力、筋力、体力、技術の総合的なスポーツになります。

でもー、ユースで終わりじゃないんですよねー。
そこから何を学び、経験し、自分の人生にどう生かし、どう楽しむか?です。

ねっ?
こんなオジサンでも、このブログの記事を読んでいると、
なかなか人生楽しそうでしょ?(笑)

これでも、小学生の時は補欠で試合にも出してもらえなかったんだゾー!

(* ̄▽ ̄*)ノ”〜♪

まっ、そういうワケで、サッカーはやろうと思えば、たとえ途中で止めたって、一生出来ますから、
ながーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい目で見て、楽しんじゃいましょう♪

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さようなら、アレモン

J2の05年シーズンは、京都に住みながらジュビロ好きの僕にとっては、
けっこう西京極のスタジアムに足を運んだシーズンだと思う。

僕の同級生の兄であり、少年サッカーチームの先輩でもある、
柱谷幸一が監督に就任した年であり、戦術的に、かなり面白いサッカーを、
サンガがしていたのが、大きな要素なのではあるが。

その05年の京都サンガの2トップを張っていたのが、
パウリーニョとアレモンの外国人助っ人コンビである。

小柄でスピードを武器とするパウリーニョに、大柄でポストも出来るが、
足技も持っているアレモンのコンビは、この年、J2リーグで大暴れをして、
見事、京都サンガをJ1復帰へと導いた。

僕はどちらかと言えば、アレモンのがむしゃらなプレーが大好きで、
9月のザスパ草津戦だったかなぁ?
パウリーニョが2得点を挙げて、試合は5−0、サンガの一方的な試合展開の中で、
僕はサンガサポーターに混じりながら、良い動きをしていながら、まだ得点を挙げていない、
アレモンの応援歌を必要なまでに歌い続けた。

その歌声がアレモンの耳には十分聞こえていたんだろう、
得点王を狙っているパウリーニョに、PKを譲れ!といった仕草や、
必要なまでに点を取りたいという気持ちのこもったプレーのアレモンに、
「アレモーン!点取れよー!」と笑いながら、なおもアレモンの応援歌を歌い続け、
アレモンをあおったのが印象深く、今もその光景が目に浮かぶ。

結局、試合は6−0の圧勝だったものの、アレモンは得点出来ずに悔しい思いをしたのだろう。

何はともあれ、アレモンは、その年、34試合で15得点をあげ、サンガのJ1復帰に大きな役割を果たした。
翌、06年、J1ではまだ力不足のアレモンは、他の戦力補強の為に解雇が決まっていたが、
シーズン当初は、解雇から一転、チームに残留となったものの、6月にJ2の横浜FCへと移籍する事となった。

もちろん、この年にも、24試合出場で18得点を挙げ、横浜FCのJ1復帰に活躍したのは言うまでも無い。

でも、きっとアレモンは、自分を愛してくれたサンガサポーターが大好きだったに違いない。
彼のがむしゃらで、人懐っこいサポーターを愛する姿勢やプレーは、グランドから十分に伝わってきていた。


2007年、7月7日、
ブラジルのパルメイラスでプレーを続けていた彼は、怪我のため9月に復帰を目指している途中だった。
友達を乗せて、車を運転中に事故で亡くなった。と報道で知った。

享年23歳。

サッカーを続けていれば、生きていれば、いつかまたアレモンのプレーを目にすることもあっただろう。
もう彼のサッカーをするプレーが二度と見れないと思うと、
すごく胸が痛い。
この年になると、いろんな別れを経験するけれど、若すぎる別れは、あまりにも非情な想いが募る。

アレモン、安らかに眠ってください。
楽しいプレーをいっぱいありがとう。

♪アレモーン、アレモーン、アレモン、アレモン、ララー♪
♪アレモーン、アレモーン、アレモン、アレモン、ララー♪


http://www.nikkansports.com/soccer/p-sc-tp0-20070709-224355.html

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サッカー大会が始まる

イメージ 1

「コーチ、これはいったいなんの練習なのですかねぇ」
笑いながら、サッカー教室の担任の先生が僕に話しかける。
それくらい、僕の教えるサッカーの始まりは、鬼ごっこやケンケンパが多い。

子供達が、必要なバランス感覚を身に着け、運動する事が楽しいと感じるまで、
サッカー教室でありながら、体を使った昔の伝承遊びが、メインのメニューとなる。
もちろん、最後はサッカーゲームで練習をしめるんだけれども。


サッカー大会が近づくにつれ、それは徐々にサッカーの練習に近づいてゆく。
もちろん、それは毎年の子供達のペースに合わせながら、それでいて、
迫ってくる大会に間に合わせるべく。

初めての練習試合。
子供達は、自分達と違うチームとの試合に戸惑いが隠せない。
今まで、同じチームの友達と笑いながらしてきたサッカーのゲームとは違うから。

相手はいっさい手を抜いてこない、どんどん攻めてくる。
先生達までがオロオロしていても、僕は心配していない。
「練習でしたことが出来たら、100点取られても良いっていっただろ?
攻める人は、練習通りにドリブルをしてごらん。失敗しても良いんだから。
守る人は、もっといっぱいボールを蹴りに行ってみよう!
キーパー!おしゃべりしてないで、ボールがくるかどうか、見ていないと。」

負けた試合の後、僕は子供達に練習でやったことを試合でするコトの大切さを話す。
もちろん、怒ってないし、いらない大人の知恵なんていっさい話さない。
子供達は、自分の力で、その殻を破らなくてはならない。
もちろん、試合に勝ちたいと思うならねっ!

2度目の練習試合。
キックオフと同時に、子供達はドリブルで攻めあがる。
たとえ相手に取られても、別の子供が、また奪い返してドリブルすれば良い。
練習で出来たことが、試合で出来るようになるまで、勝ち負けなんて関係ない。
「これは、練習試合。つまり、練習なんだから、失敗しても良いんだ。」と子供達に話す。

ドリブルで一気に相手のDFの前まで突き進む、DFの前で一度切り返して相手を抜くと、
またゴール方向に切り替えして、GKと1対1。
蹴りこまれたボールはゴールに吸い込まれていく。

子供達の歓声。
グランドで輪に成って、子供達がはしゃぐ。
ベンチも先生も全員が大騒ぎ。
初めての得点。
先日の練習試合がウソのようにノリノリ。

もう、ここまで来たら、あとはお祭り騒ぎ。
自信を持った子供達が次々とドリブルを始める。
前半8分、後半8分という短い時間の試合の中で、何度も相手ゴールを襲う。
結局、5−0の快勝。
子供達の笑顔がまぶしい。
試合が終わっても、もっと試合に出たいと、子供達が口々に話す。

さて、いよいよサッカー大会も間近。
今年は、どんなプレーを見せてくれるのか。
楽しみ♪楽しみ♪

(= ̄▽ ̄=)V

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考えたんだけどぉ〜!( ̄へ ̄lll) ウーム

全然、記事を更新してないでしょ?
実は、ちょっと考えていました。

考えるサッカーをする実践の方法や、練習方法はあるんですね。
こうすれば良いんだっていうのが・・・。

でも、教えすぎると、自分で考えて、判断して、
自分からサッカーが出来る子っていうのにならないんですよ。

僕が実際に出会って、実践の中でコーチングしたり、
声掛けしたり、それは子供の様子を見ながら出来るのですが、
これを文章にして、誰もが方法だけをマニュアルのように使用したら・・・。

きっとね、子供に押し付ける人が出てくるんじゃないかと・・・。
このブログって、いろんな人が見てくれていますからね。

子供にヒントを与える事と、教えすぎる事って、紙一重の部分があると思うのです。

理想を言えば、
「ほら、トラップってさ、いろんな方法が、状況状況でいろいろあるんだよ!
 考えてごらん?」

これでいいと思うのです。

ただ、僕の経験から言えば、それだけで出来る子と、出来ない子がいるのも事実です。

そこをどう書けば良いのか。
現在、考え中です。(もう駄目かも?)

そして、これを教えるのに、特定された年齢があるのも事実です。

サッカーにはマニュアルはありません。
サッカーの楽しみや、上達するってことは、
それぞれの子供達が自立して、自分で考えて、自分で判断して、
そして、自分から進んでサッカーをすることだと思います。

けっして、親に押し付けられたり、指導者の言うがままにプレーすることでもありません。
そして、それは、それぞれの子供の家庭環境や育て方にも、大きく影響を受けています。

間違ってはいけないのは、子供の成長というものは、それぞれであるし、
ある特定の時期(たとえば、6年生の1年間だけとか、3年生の1時期だけとか)
を見て、判断するものではありません。
いくらでも変わっていくチャンスはありますし、そういった子供もたくさん見てきました。

そういうコトを考えていたら、
なんだか、何も書けなくなっちゃいました。
あははは^^

少年サッカーを語るのって、そうそう簡単じゃないよぉ。
だってさ、子供の人生に大きく関わるのだからね。
教える側って、それくらい責任重大ですよねぇ?

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フォアローゼス

イメージ 1

イメージ 2

それはある日の舞踏会でのこと。


フォアローゼズの生みの親、ポールジョーンズは絶世の美女と出会います。

一目で恋に落ちたポールは迷わず彼女にプロポーズしました。


すると彼女はこう答えたのです。

『どうか次の舞踏会までお待ち下さい。
プロポーズをお受けするならバラのコサージュをつけてまいります』…と。


そして約束の舞踏会の夜。

彼女は4輪の真紅のバラを胸に、彼の前にあらわれたのでした。

それは愛が実ったすばらしい瞬間。


そんなすてきなエピソードから「フォアローゼス」と名づけられたのです。

ラベルには二人を結んだ真紅のバラのコサージュが

描かれたといわれているそうです。






いや・・(^^;

ボトルの後ろに書いてある有名な話なのですが、

時間が無いとか、とりあえずアップしておこうとか、

ま、実は、そんなトコです。(*`▽´*)にゃはは!

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