出石通坂下の決闘
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萩は夏みかんの匂う街である。といっても、わたしの訪れたのは、季節を外したころばかしではある。 名物の夏みかん一個を丸漬けにしたのは美味しい。あの大きなのをぺろりと食べる快感は、おもわず生唾 ごっくんである。 萩から瀬戸内海の三田尻までの道を萩往還という。、その昔には、この道を通って京へといそいだ「長州 脱藩」浪人が多くいた。桂小五郎しかり。頬が落ち、目だけがやけに光っている、そんな痩せ浪人、長州 脱藩浪人というと、そんな姿しかわかない。しかも行動と思考は狂である。この狂が明治維新を生み、こ の国をあの敗戦まで突き動かす国の礎とした。 「そこの痩せ猫、このあたりでは見かけぬ顔だが、まさか長州脱藩の不逞浪人ではあるまいな。」 「お前こそ誰だ」 「名を聞いて驚くな。市中見回り、新撰組局長近藤ビワタローだ。どうした、刀に手をかけて、止めて おけ、そこじの腰つきでは、わたしを切ることはできぬ。悪いことは言わぬ、藩にでも帰って二親の 面倒でもみてやれ。さっさと、この場を去れ。」 「局長、何故奴を切りません。面体といい、たしかに長州浪人です。」 「沖田、もういい、時代の流れは、わしらの刃を振っても止めることはできぬ。ただただ、自分らの死に 場所を探すだけだ。」 なんてというわけで、階段のとこで出会った猫を、ビワの眼光いっぱつで退散させてしまいました。
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はははは、ビワちゃん、すごいじゃない!?
2012/2/8(水) 午後 10:02
わたしの町には新撰組隊士をご先祖にお持ちの人がいます。いぜんいただいた名刺には「新撰組副長助勤何野誰兵衛」の子孫と書かれていました。なんでも維新後も生きて、西南戦争のおりには、政府軍の一人として西郷軍と戦ったそうです。近藤局長や隊士の敵討ちやと獅子奮迅の活躍をされたそうです。もうシッチャかメッチャカですね。
2012/2/10(金) 午後 5:03
先代のことなんか知らないわ。私は私の道を行く・・・・だったのでしょうか?
2012/2/13(月) 午後 2:52
この、おちゃんのご先祖さんは、永倉新八です。新撰組幹部のなかでは維新後も生きたひとりだそうです。
いまは××維新なんてのが威張ってるそうです、俺も新撰組に入れてもらいたいです。何が御維新だ!
2012/2/14(火) 午後 2:11