|
人恋しくなる季節に、よけいにそう想える歳にもなっては来ている、いまとなっては詮ない話ではある。
昨年の、暮に亡くなったワンちゃんは、この時季になると、夜はわたしの傍らに来て寝入っていた。
柔らかな毛を、わたしの顔にぴたっと貼りつくように寄せていた。こら、すこし離れろ、といっても、わ
れ関せずで体を動かそうともしなかった。わたしのほうがベットのわきのほうに体をずらしていた。
いまのワンちゃんは、早朝5時ころに、わたしを起こしにベットにとびあがり、顔をなめる。
今年の4月に来たワンちゃん、来て以来、朝のこの時間くらいに起きてくる。起きると牛乳をすこし与え
ていた。その習慣が冬になっても忘れずに、牛乳を飲みたさにわたしを起こすらしい。
飲むものを終えると安心するのか、ベットの上のわたしの足の間に納まって寝入る。
わたしの傍らに来るのは、そのときだけである。それ以外は床で寝ている。
いまのところ、人恋しさのかわりで犬肌恋しさで気持ちをまぎらしている。
一月まえから、寝る前の読書で和田芳恵の小説を読んでいる。
5,6冊ばかし、和田の本を持っている、奥付けをみるともう30年も前になる発行。
わたしも若く、三十まえの歳でもあった。読んだということだけは記憶にあるのだが、内容はまるっきり
忘れている。
和田も書いているが、自分の作品は、老人と若い女性との情痴話である、評論家や、人によっては毛嫌い
される内容だが、一部の人には支持されて読まれていると、わたしなどは支持ではないが、エロっぽい話
ゆえ、読んでいた、くちである。
和田の小説に出てくる老人と近い歳となったいまでは、まえとは違った思いで読んでいた。
ほとんどの作品が原稿用紙三十枚足らずの長さである。これらを一夜、二、三篇づつ読んでいた。
飛ばし読みするのもありで、精読といふわけでもないが、なかには再読する作もありで、まんざら他人事
ともおもえない内容の小説もありで、この一月ばかし、自分には好い読書時間を持てたとおもえた。
妻との性的な関係を拒否され続けられている熟年オヤジの話「抱寝」や最後の一行の、作品のなかには
でてこなかった女性の名前に続いて青酸カリにて死、などという、ハッとする終わりというか、落ちの
「厄おとし」など見事というしかない作品であった。
一葉の研究家でもあった、和田芳恵がほんとに晩年の三、四年に何かに憑かれたように書いた作品集、こ
れらの作品によって、川端賞をはじめ、いくつかの賞を獲った。
わたしの本棚にある、和田の本、この先もう手にすることもないかもしれないが、なにかの気まぐれで
読み返したのだが、気まぐれもいいときもあるものである。
|