なおりんの日記帳

ブログ始めました!写真は愛犬のクーたん(﹡ˆ﹀ˆ﹡)♡
先月で、今までの事務所は廃業。
今月から、新しく登録した事務所でスタート。
2ヶ所の登録。
1ヶ所は、大きな事務所で、本店、支店と2つの場所に分かれている。
なので、実質、3ヶ所の事務所。
今、担当している利用者さんは、6人。
サービス責任者は、5人に。
今までは、サ責1人だったのに、見事に振り分けられた。
慣れなきゃ、しょうがないけど、まだ緊張するなあ〜。仕事も何度も同行されて、見られちゃうし。。
利用者さんの中には、新しい人を拒否する方もいる。新しいサ責を受け入れてもらうよう働きかけもしなくちゃいけないし。
また、新しい仕事のオファーがあり
断るのも気を遣っちゃう…。
これ以上、仕事は増やさず、気軽に仕事をしたいから、意を決して断った。

そんな中、14日のホワイトデーに、大きい方の事務所では、社長からと、チョコをいただいた。

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なんて、優しい社長さん
登録ヘルパー、50人もいるのに、大変だったろうな…。

単純な私は、これ一つで、頑張ろう
って、気になった。

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小学校で読み聞かせ

昨日、水曜日は小学校の朝読書の日。
早いもので、今年度最後の読み聞かせとなった。
前回は、父の葬儀で急きょキャンセルさせてもらった。
昨日、その日の予定表を見たら、私の名前を消しただけで、誰の名前も書いてなかったから、交代で入ってくれた人はいなかったのかな?
3年1組にみんなごめんね🙏
しょうがないとはいえ、残念…。

昨日は、特別支援学級での読み聞かせ。
1年生から6年生まで、12人くらいかな?
読んだ本。

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「てのりにんじゃ」

「キャベツがたべたいのです」

忍者の方は、笑いもあったけど、
細かい絵のところは、わかりにくかったかな?

キャベツ…の方は、大爆笑

あんまりウケがいいので、
私も楽しく読むことができました

作者のシゲタサヤカさん。
調べると、可愛い女性。
この方の描く絵は、目が白目。
不気味なんだけど、そのこだわりが、
自分の作品への思い入れを感じた。
低学年、中学年の読み聞かせにオススメ。
高学年でも、単純に笑える。
私が読んで、面白いと笑えたから。
帰り際に、先生に、
「こんなに子どもたちみんなが大笑いしたのは、久しぶり!ありがとうございました!」と言って下さった。
嬉しいひと時でした

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先日、娘の中学校で、公開授業で、認知症の話があったことを書いた。
ちらっと、娘が、的外れなこと言ったとも書いた。

認知症の人を、地域で支える。それがサポーター。

その勉強会のグループワークで、考えたことの発表で、
娘のグループは、認知症にならないようにする。
と発表したらしい。

驚きと、悲しみしかなかった。
おばあちゃんが認知症なのに、
同級生の誰より、認知症について理解してると思っていた。
だのに、どう優しく向き合うかということではなく、
ならないようにすると……。

自分のことを忘れられたことがあった、おばあちゃんだからか…。
今は、落ち着いてきてるから、名前もちゃんと言えるんだよ。
全く忘れたわけではない。
思い出せない時もあるけど。
認知症には、なりたくない。そういうことだよね。
そう、誰だってなりたくてなってるわけではない。
だけど、病気だから、誰だってなりうるのだ。
高齢化社会で、なる人が、多いから、地域で支えが必要なのに。
悶々としていて、こんなサイトを見つけ、
目から鱗だった。


(勝手にリンクさせていただきました)

町永俊雄さんのコラム
(抜粋)
↓↓↓
私は、認知症に「なりたくない」と言う大多数(多分)の声を大切にしたい。「そんなこと言ってはいけません」という私のかつての小学校のセンセのような空疎な建前では、「認知症にやさしい社会」が空回りするだけだ。いきなり「認知症になっても大丈夫」って言われても困る。「大丈夫なのか」とか「なりたくない」と言った本音から私達の「認知症社会」を組み上げていくしかない。本音こそ、この社会の土台なのだ。
↑↑↑
私は、自分でも、母のようになりたくないと思っているのに、その気持ちを押し殺していた。
娘の本音と、向き合って考えていかないと。
頭ごなしに、理解するよう言ってもうわべだけになってしまう。自分の本音も。

なりたくない を 考えたくない  と同じにしてはいけないとも書かれていた。
広い視野で、自分ができることは何か、もっと考えていきたい。
自分の本音も蓋をせずに。

公開ブログにこういうこと書くこと…、自分って、何がしたいのかな…
なんだか、中途半端だね。

明日は、小学校読み聞かせ。楽しんで来よう!

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2月25日(土)
父が亡くなる前から、予定していて、
準備もしていたので、
読む練習はしていなかったけど、
忙しくしている方がいいと思い、行ってきた。

朝6:30過ぎの東京発新幹線。
今は、スキーじゃなくて、ボードなのね。
ボードを担いだ若者が、東京駅にいっぱいだった。

10時過ぎに、母のいるグループホームに到着。
みなさんの笑顔に癒される
母も落ち着いているようだ

読んだ紙芝居。

うらしまたろう
みいちゃんの春
つるのおんがえし


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昔話は、読んだら、思い出すかな?と思ったけど、
そうでもなさそう…。
やっぱり途中飽きてきてる感じ

みいちゃんの春は、歌がたくさん出てくる

春よ来い
うぐいす
嬉しいひな祭り
春の小川
春が来た

今日も姉が助っ人で、ピアニカを吹いてくれたけど、
伴奏弾くだけで、歌がスラスラ〜♬♬
母も歌っていた
父の葬儀では、棺に入った父を見ても、わからなかった母が…。

音楽の力ってすごいな

次回は、紙芝居より、歌、メインかな?

レクリエーション介護士という、資格 もあることを知った。
ちょっと気になる。
どんな感じかな?
資料取り寄せてみようかな



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父の旅立ち

2月19日、先週の日曜日、
父は旅立って行った。
85歳だった。
その日は、いつもと変わらず日曜の朝を
ゆったり過ごしていた。
10時半ごろ、兄嫁から電話。
いつもは、ラインのやりとりなのに、
電話ということは!と、ドッキリ。
「病院からの呼び出しで、今から行ってくる」と。
そして、お昼前に、兄から電話。
聞きたくなかった。もう想像ついたから。
「あかんかった」と。
兄たちも、最後に間に合わなかったとのこと。
ただただ涙が溢れ嗚咽…
一昨年、年末に肺炎で入院し、昨年、胃ろうを造設してからは、覚悟を決めいたけれど、やっぱり、この世を去ってしまったことは、とても深い深い悲しみでショック。
私は、すぐ大阪の実家へ。
葬儀場が混んでいたこともあり、
父は、葬儀場にはすぐに行かず、
自宅に無言の帰宅。
おかげで家に帰らせてあげることが出来て良かった。
通夜までの2晩、父の側にいることが出来た。
21日にお通夜。22日に葬儀。
涙涙だったけど、
葬儀場は、とても良い人ばかりで、
身内だけの通夜、告別式と、しめやかに済ませることが出来た。
悲しいけれど、ご飯を口から食べられなくなってからは、可哀想だったから、これで、天国で色んな物を食べられるよねと思うと、気持ちも少し落ち着いた。
告別式に哀悼のDVDを流すので、写真を15枚ほど用意してと言われ、夜遅くまでアルバムをめくっていた。
色んな出来事を思い出し、今もまたふと蘇る度に涙が出るけど、人はいずれこの世を去るのだから。
私もいつか父の元へ行くまで、
しっかりと生きないとな。
東京にもどると、なんだか夢のような出来事。
今日、25日、もともと面会に行く予定にしていたので、日帰りで大阪へ。
(今は帰りの新幹線の中)
実家に帰ってきている父の骨壺と、遺影を見て、側に父がいる、実家に父がいるという安堵感のようなものがあった。
不思議な感覚。
お父さん、お家に帰ってこれて良かったね。遺影の父は、私を見て微笑んでくれている。今まで深い愛をありがとう。
これからも見守っていてね。
それにしても、今の葬儀はみんな、故人を偲んでというDVDを作って上映するのかな。20枚になっちゃったけど、とっても泣ける素晴らしいDVDを短時間で作って下さった

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