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5週間の日本での休暇を終え、メルボルンに戻ってきました。
日本ではネットがなかったため、実家の近くのパチンコ屋まで行き、ちょこちょこネットしていました。
日本でのことを忘れないうちに書いておきます。
12月13日(火)
母校の大学の、日本語教育法という講義で、
恩師に1時間程時間をもらい、プレゼンしてきました。
学生は30名程。
全て女の子でした。
対象は大学3年生でしたが、日本語教員に本当になりたい4年生が2人、
卒論提出間近にも関わらず来てくれました。
テーマは「オーストラリアの日本語教育」
あらかじめパワーポイントで簡単な資料を作って話してきました。
20分程度でプレゼンを終え、残り時間は質疑応答などをする予定でしたが、
結局持ち時間全てプレゼンで使ってしまいました。
話した内容を大まかに書くと、
(1)自己紹介・経歴
(2)オーストラリアの日本語教育機関
→民間の日本語学校, 小・中・高校, 大学
(3)それぞれの日本語教育機関の説明
(4)それぞれの日本語教育機関で日本語教員になるにはどうすればよいか
(5)質疑応答
パワーポイントの背景に僕が撮ったメルボルンの写真を載せていたのですが、
学生たちは、日本語教育よりもメルボルンに興味津々でした。
ただ、そこは大学で、日本語教育法の講義。
そして先生は〇口先生。
理想や良い話ばかりしてはつまらないと思い、
日本国内並びに国外での日本語教員の待遇や、
日本国内の日本語学校と海外の日本語学校の違い、
海外の日本語学校で働いても、日本では職歴とみなされない場合があること、
Ausの小・中・高校での日本語教員アシスタントのこと、
海外ではビザが何よりも重要で、そのビザを取る難しさ、
などなど、あと2年後に彼女たちがぶち当たるであろう問題についても言及しました。
そういった話を正式な講義者でもない僕がするのはどうかと、
〇口先生の顔色を見ながら話しましたが、
先生は、寧ろそういう話の時のほうがよく頷いて聞いてくれていました。
そういう現実を基に、最後には、
「もし海外で日本語教員として働きたいのであれば、まずは日本の日本語学校で働いたほうがいいと個人的には思っています。」
とも言いました。
プレゼン終了後、先生と天神で飲みに行き、
今の福岡の日本語学校事情などを聞きました。
「あんな話してよかったですか?」と、
海外の日本語学校で働くということや、オーストラリアの公立の中学高校の日本語のレベル、日本語教員アシスタントなどに言及したことを確認したところ、
「寧ろそういう厳しい現実を話してくれてよかった。この話を2年生にもしてほしい。」
とのお言葉を頂戴しました。
今は日本語教員の知名度もドラマなどによって少しずつ上がり、
少なからず、半端な気持ちで日本語教員養成課程を受け、
脱落していく学生もいるとか。
僕がこういう話をしたり、先生が現実の厳しさを語ったりすることによって、
「本当に日本語教員になりたい人だけが残って欲しい」と先生は言っていました。
毎年何人くらいの学生が日本語教育に関わっていくのかを先生に訪ねたところ、
1-2人とのこと。
日本語教員養成課程はおそらく毎年20-30名程の中から、実際に現場で働いているのは
その10%程度。
僕自身の代でも、僕を含めても2人とのこと。
そういった数字を学生に教えることも、
学生が現実を知る良い機会だと思いました。
飲み屋を出て、
「またいつか呼んで下さい」と言ってこの日は終了。
大学入学から今年で10年。
僕も少しは成長したのかなぁ、と感慨深くなりました。
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