喫茶去

オーストラリア、メルボルンの日本語学校で非常勤講師をしながら大学院生活しています。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全36ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

3年

今日で、オーストラリアに来て丁度3年。


毎年この日は何か書くことにしています。


2010 5/16「1年」
http://blogs.yahoo.co.jp/naoya_9071/3670459.html


2011 5/16 「2年」
http://blogs.yahoo.co.jp/naoya_9071/12472506.html


そして今日が3年。



最近は…

大学院の授業と課題
日本語学校の運営と授業
日本語補習校の授業
大学院卒業後のビザ
ここには書かないけど、もう一つ


上記の5つのことを考えながら、


一つ一つ片付けながら、


日々生活しています。



今年は本当に転機の年になると思います。





なーんてね。






なんてことを毎年思いながら、
「来年はどうなるんやろ?先が見えん。」
って、思いながら、



何だかんだで何とかなっとるんやけん、



このまま何とかするんやろ、と




根拠のない自信を持って日々過ごしています。













自信とは楽観的勘違いです。














3年前、右も左も分からなかった僕が、


1年前、右と左が分かるようになり、


今年、まだまだ1年後が想像できない中、


何とか前を見ようとしている最中です。




















なーんてね。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

一を聞いて十を知る

お久しぶりです。

約3ヶ月ぶりの更新です。






(1)新しい銀行口座

先日、新しい銀行口座を作ろうと銀行へ行きました。

「カードが1週間以内に送られて来ます」

と言われたので待つこと1週間。


新しいカードが遂に届きました。


日本に。





めでたしめでたし。






ではないので、


とりあえず銀行に行って、

「俺はオーストラリアに住んでいるから、オーストラリアの住所に届けてくれ。」

と言っておきました。



めでたしめでたし。




になることを祈っております。








(2)中国人クラスメイト

今日、17時から大学の授業があったので、
中国人のクラスメイトに銀行のカードのことを言いました。

すると、

「まじ?私がカード作った時も、中国に届いたよ!」

と言っていました。


仲間がいました。



めでたしめでたし。








(3)日本人のパクリ疑惑

今日の大学の講義は、リサーチプロジェクトについてだったのですが、

講義の最後に教授が言いました。

「昔、こんなことがありました。ある日本人の博士課程の学生が、日本語で書かれてある論文を全て翻訳サイトで翻訳して、提出してきました。結果は勿論、不合格。私はみんなを信じているけど、ドイツ語で書かれてある論文を翻訳するとか、スペイン語を翻訳するとか、本当にダメだからね。」


数名の学生が僕を見ていました。


僕は

「俺? 気を付けます。」

と言っておきました。






(4)僕は日本です


僕は今日本語を教えてお金をもらっているわけですが、

学習者にとっては、

僕は日本語ではなく、

僕は日本そのものであり、

学習者でなくとも、例えば大学の教授にとっても、


僕は日本です。



日本ではない国にいるとそれは特に顕著で、

自分自身の言動により、日本という国が形作られることもしばしば。












冒頭の銀行カードの話を聞いて、

「だからオーストラリアは…」

と言ってしまうのも簡単。



日本人が論文をパクッた話を聞いて、

「だから日本人は…」

と言ってしまうのも簡単。



僕を見て、

「あ、日本人ってこんな感じなんだ」

と思ってしまうのも簡単。





そのどれもがそうあるべきではないことは明白なんだけど、

そのどれもが日常茶飯事であることも否めません。





だから

余計、
更に、
一層、

自分の振る舞いが日本をつくりかねない、

と意識するよう努めています。













一を聞いて十を知ったかぶる人になるたくはないし、

自分が一になって、十を知ったかぶられる自覚悟も持ち合わせたい。











とりあえず



今日も大学の授業中、




机に「うんこ」と書いておきました。







めでたしめでたし。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

日本語教育法の授業にて

5週間の日本での休暇を終え、メルボルンに戻ってきました。
日本ではネットがなかったため、実家の近くのパチンコ屋まで行き、ちょこちょこネットしていました。

日本でのことを忘れないうちに書いておきます。




12月13日(火)
母校の大学の、日本語教育法という講義で、
恩師に1時間程時間をもらい、プレゼンしてきました。
学生は30名程。
全て女の子でした。
対象は大学3年生でしたが、日本語教員に本当になりたい4年生が2人、
卒論提出間近にも関わらず来てくれました。

テーマは「オーストラリアの日本語教育」
あらかじめパワーポイントで簡単な資料を作って話してきました。
20分程度でプレゼンを終え、残り時間は質疑応答などをする予定でしたが、
結局持ち時間全てプレゼンで使ってしまいました。


話した内容を大まかに書くと、
(1)自己紹介・経歴
(2)オーストラリアの日本語教育機関
 →民間の日本語学校, 小・中・高校, 大学
(3)それぞれの日本語教育機関の説明
(4)それぞれの日本語教育機関で日本語教員になるにはどうすればよいか
(5)質疑応答

パワーポイントの背景に僕が撮ったメルボルンの写真を載せていたのですが、
学生たちは、日本語教育よりもメルボルンに興味津々でした。


ただ、そこは大学で、日本語教育法の講義。
そして先生は〇口先生。

理想や良い話ばかりしてはつまらないと思い、

日本国内並びに国外での日本語教員の待遇や、
日本国内の日本語学校と海外の日本語学校の違い、
海外の日本語学校で働いても、日本では職歴とみなされない場合があること、
Ausの小・中・高校での日本語教員アシスタントのこと、
海外ではビザが何よりも重要で、そのビザを取る難しさ、

などなど、あと2年後に彼女たちがぶち当たるであろう問題についても言及しました。

そういった話を正式な講義者でもない僕がするのはどうかと、
〇口先生の顔色を見ながら話しましたが、
先生は、寧ろそういう話の時のほうがよく頷いて聞いてくれていました。

そういう現実を基に、最後には、
「もし海外で日本語教員として働きたいのであれば、まずは日本の日本語学校で働いたほうがいいと個人的には思っています。」
とも言いました。





プレゼン終了後、先生と天神で飲みに行き、
今の福岡の日本語学校事情などを聞きました。

「あんな話してよかったですか?」と、
海外の日本語学校で働くということや、オーストラリアの公立の中学高校の日本語のレベル、日本語教員アシスタントなどに言及したことを確認したところ、
「寧ろそういう厳しい現実を話してくれてよかった。この話を2年生にもしてほしい。」
とのお言葉を頂戴しました。

今は日本語教員の知名度もドラマなどによって少しずつ上がり、
少なからず、半端な気持ちで日本語教員養成課程を受け、
脱落していく学生もいるとか。

僕がこういう話をしたり、先生が現実の厳しさを語ったりすることによって、
「本当に日本語教員になりたい人だけが残って欲しい」と先生は言っていました。

毎年何人くらいの学生が日本語教育に関わっていくのかを先生に訪ねたところ、
1-2人とのこと。

日本語教員養成課程はおそらく毎年20-30名程の中から、実際に現場で働いているのは
その10%程度。
僕自身の代でも、僕を含めても2人とのこと。

そういった数字を学生に教えることも、
学生が現実を知る良い機会だと思いました。

飲み屋を出て、
「またいつか呼んで下さい」と言ってこの日は終了。


大学入学から今年で10年。
僕も少しは成長したのかなぁ、と感慨深くなりました。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

28歳の春に

ドイツの哲学者、ニーチェが、昔こんなことを言っていた。




最大のうぬぼれとは何か。

それは愛されたいという欲求だ。

そこには自分は愛される
価値があるのだという
声高な主張がある。

そういう人には
自分を他の人々よりも
高い場所にいる
特別な存在だと思っている。

自分だけは
特別に評価される
資格があると思っている
差別主義者だ。














昔からよくテレビで目にするテーマとして

「追いかけるvs追われる」

というものがある。



だいたいは恋愛ネタで使われるこのテーマだが、

よく言われるのが

「追いかけられたい人=愛されたい=自己愛が強い」

ということ。





しかしながら、

追いかけたい人(愛したい人)に、その理由を問うと、


「追いかけている自分が好き」



結局、人間なんてものは自己愛の塊だという結論に至る。





ただ、両者の自己愛はタイプが少し違う。


前者は、他人から認められることによって満たされる自己愛。
後者は、自分で自分を認めることによって満たされる自己愛。


僕はどちらだろう。


こんなことを考えていた時期が昔、あった。

























10月3日。

28歳の誕生日を迎えた。


メールや、MIXIのメッセ、そしてFacebookなどでたくさんの方からメッセージを頂いた。

本人は全く気にしていないだろうが、

そのメールの中で、

僕が今まであまり言われたことがない言葉をもらった。


「27歳は、どんな年だった?」



大晦日あたりに、今年1年を簡単に振り返る機会はあっても、

誕生日に、そういうことを考える人は多くないように思える。



誕生日を迎えると、ついつい、

これからの1年は〜。

と、未来の目標なり何なりを考える人が多いと思うし、
僕も例外ではなかった。


そんな中の、その一通のメールに、僕はハッとさせられた。



27歳のこの1年は、僕にとっては、忍耐の年だったように思える。

それは良い意味でも悪い意味でもなく、ただただ、そう思った。


大学院の授業
大学院の課題
教育実習
そして、アルバイトとして
日本語学校
土曜補習校

これらのことに、追われていた感が、ある。
多少の嫌悪感を、持ちながら。


大学然り、アルバイト然り、

僕は、「忙しい」とか、「追われている」という言葉をあまり好んでは用いない。


「追われている」という言葉は、常に後方を気にして走っているような気がするからだ。

そして、

「追われている」間は、自分の居場所ができたと錯覚し、そこにある種の心地よさを感じてしまう。


そんな、自分への嫌悪感。


僕は、いったい、何を追いかけているのだろう。

 


























思えば18歳の春。

大学の入学式。

学科で、一人一言ずつ自己紹介。


僕が言った言葉は、

「日本語教師になるために来ました。」

だった。



あれから10年。







僕は今も、追いかけることが、できているのだろうか。


















そして、今年もやはり、母にメールをした。

「無事28歳を迎えました。ありがとう。最近は教育実習中で、まぁ何とか元気にやっとるよ。最近はもうちょい栄養とらないかんと思って、リンゴばっかりかじってる。(神田川みたいやろ)」




母からの返事は、

「メール ありがとう。誕生日おめでとう!28歳かあ 早いもんだね 相変わらずで安心しました。元気でいればそれだけでいいですよ。 神田川…ケラケラ! ですね。神田川のキャベツばかり よかリンゴのほうがかなり栄養素高い なんたって1日1ケのリンゴは医者いらずって言うからね。」


なんて、リンゴをいつも僕に買ってきてくれるバイト先の同僚の人と同じことを言っていた。




母とのメールは、いつもどこか心地よい。



それはこの世で唯一の僕の家族だからという理由もあるだろうが、

それ以外の理由もあるように思える。

母は、僕が好まない「頑張れ」という言葉を使わない。


いつも、

「自分の思う場所で、自分の思う仕事をすればいいよ。」

というスタンスだ。


10年前、てっきり僕が大学へは行かずに働くかと思っていた母は、
僕が「大学へ行かせてほしい」と言ったとき、「勉強嫌いなあんたが…」と驚いた、と後から聞いたが、

これまで自分の通る道で、母親に反対されたこともないし、母親を説得する機会もほぼなかった。



本日二度目だが、

これが良いとか悪い意味とかではなく、

ただただ、そうだったし、多分、これからもそうだろう。



そして、せっかく何かを自由に追いかける機会をもらえているのだから、

17歳で初めてメルボルンに来て、
18歳の春に言った言葉を忘れずに、


何かに追われるのではなく、

何かをいつも追いかけている人でありたい。



「28歳は運命の転換期」と日本語学校のオーナーから言葉をもらったが、


この1年は、何かを追いかけ続けることによって、

自分で運命を転換する。


こういう心持ちで、ことに臨もうと、今思った。










そしてやっぱり、


こんなふうに考えられるように育ててくれた両親に、

そして、これまで出逢ってくれた、全ての人たちに、
















ダンケシェーン。

閉じる コメント(12)

閉じる トラックバック(0)

何のために生きている

僕「今日何日やったっけ?」



生徒「6日!」



僕「今日何の日か知っとう?」



生徒「広島に原爆が落とされた日でしょ!知ってる!」



僕「おぉよーしっとーな〜。じゃあちなみに長崎に原爆が落とされた日は?」



生徒「9日!」




塾に勤めていた頃で言えば夏期講座真っ最中に。
そして今年の今日、こうやって授業を始める。




中学1年に、「大人になれなかった弟たちに……」という題材の授業をした。

この題材は、戦争がテーマ。

終戦間際、乳飲み子の弟を亡くした「僕」とその「母」のストーリー。
弟のためのミルクを、空腹に耐え切れず隠れて飲んでしまった僕。
そして終戦2週間ほど前、栄養失調で死んでしまった弟、ヒロユキ。

弟のミルクを盗み飲みしてしまった自責の念と、戦争への憎しみ。



無論、5年前からかれこれ10回近くはやっている授業なので、
僕にとっては何ら新しいことはない。


冒頭の話に始まり、
「戦争」をキーワードにしたマインドマッピング。
そしてはだしのゲンや、以前僕が訪れた知覧特攻記念会館の話。


カミカゼ特攻隊が残した遺書をいくつか読み、
その心情を、同世代の彼らに考えさせる。


御国のため
皇国のため

喜んで散ってゆきます

と記した少年たち。







こういうことを言っては語弊があるのかもしれないが、
中1の中で、1番好きな題材である。
塾時代のロープレや塾長研修の時も、僕はこの題材をよく選んだ。


4月、中1の年間スケジュールを作っていたら、8月6日に運良くこの題材をはめることができたからこその冒頭の導入。














塾に勤めていた頃、

宿題を忘れた生徒や、
期末試験の点数が悪かった生徒は、

だいたい決まってこう言う。

「先生、ごめん!」


僕はこの言葉に対する返事に、いつも1つの葛藤があった。









教育をかじった人間や、
社員を教育する立場にある人間なら割と知っている言葉。

IメッセージとYouメッセージ


Iメッセージは常に「私」を主語にして、相手の行動に対する「私の感情」を言うもの。

Youメッセージは常に「あなた」を主語にして、相手の行動に焦点を当てるもの。





例えば、宿題を忘れた生徒に、

I「俺はお前が宿題をやってきてくれなくて、悲しいよ。来週はちゃんとしてきてくれると嬉しいな。」

You「お前が宿題のやってこんで困るのはお前自身よ。自分のためにちゃんとやってこいよ。」


という返しの違い。


これは、
なぜ勉強をしないといけないのか、
なぜ高校にいかないといけないのか、

と言った生徒の疑問に対するときも、しばしば用いられる。



一般的には、特に子供には、Iメッセージのほうが効果があるとされている。


もう一つ加えて「勉強をしない生徒を諭す」以下の4例を見てほしい。
皆さんがもしこの生徒の立場だったら、
教師に言われて1番嬉しいorやる気がでるのはどの言葉か考えながら読んで欲しい。

A「勉強せんやったら高校行けんくなるぜ。就職もできんくなるぜ。」

B「勉強すれば高校行けるぜ。就職もできるぜ。」

C「俺はお前が勉強してくれたらまじ嬉しいし、いい点とってほしいな。いい点とれんで高校いけんやったり、就職できんやったりするお前の姿は見たくないもんな。」

D「俺はお前が勉強してくれたらまじ嬉しいし、いい点とって欲しいな、いい点とって高校行って、就職していくお前の姿が俺は見られたら幸せよ」



この4つの例には、先に述べたI&Youメッセージの他に、ポジティブ&ネガティブを使い分けている。

ポジティブは「〜したら〜できるよ」といった言い回しで、
ネガティブは「〜せんやったら〜できんよ」といった言い回し。


つまり、

A:Youメッセージ&ネガティブ
B:Youメッセージ&ポジティブ
C:Iメッセージ&ネガティブ
D:Iメッセージ&ポジティブ


そして、僕の場合、1番嬉しいのはDだ。


Youメッセージは、基本的に、自分の行動、もしくは自分自身が否定されているかのような感覚に陥り、
更にネガティブな言葉は人にネガティブな印象を与える。


だから常に、ポジティブな言い回しで、Iメッセージを使おう、というもの。




僕は昔から、このIメッセージに疑問を感じていた。

「先生のために勉強する!」という本末転倒な生徒を作りたくなかったし、
「自分の自己実現のために努力を!」という生徒を育てたかった。


ただ、この考えは塾に入社して1年ほどで少しずつ変わっていった。


誰のためにせよ、努力をすることには変わりないし、
まず、社会にでたら、自分のためではなく、基本的に会社のために仕事をしなければならない場合が多い。

僕自身も、会社員時代には、それまでのアルバイトや大学などと全く違う感覚が病みつきになった。

上司に認められる、
会社に認められる、
自分がしたことが、自分のためだけではなく、何かの役に立っている、

という利他的なモチベーションに快感を覚えた。



現在大学院に入って1年、この1年ずっと僕は大学に対するモチベーションが上がらない。

一応単位は全部取れてはいるものの、かなり手抜きをしている。


これは「自己責任」の世界だから、と前々から言っていたが、
まさにその通りで、
27才の僕でさえそうなのだから、

14、5才の子どもに

「自己責任ぜ!」

なんて言ったら、

それこそ僕は無責任極まりない。














冒頭の戦争の話。


カミカゼ特攻隊が、カミカゼ特攻隊と成り得たのは、

遺書にもあった

御国・皇国・そして天皇陛下のために、という考えがあってこそだと感じる。



そう、まるで、

先生の為に宿題してやったよ!

と言う生徒のように。






人は、

自分だけじゃない、何かの、誰かの為に、

という利他的考え方がモチベーションの上昇に繋がっているのだろう。







そして、


人生に悩んだ人が


「何のために生きているんだろう?」

と自問自答するのも、


やはり人は、

「何かのため」という大義名文がなければ、

人生そのもののモチベーションも失ってしまうのだろう。









蛇足だが、


僕も昔、高校生のとき、この問いに直面したことがある。


そのとき出した自分への「なんのためにお前は生きているの?」の答えは、





「大したもののためじゃないよ。ただ、欲を言えば、人から【かっこいい】って言われたいからかな。」

だった。




そして、それは、

あれから10年経った今も変わっていない。

閉じる コメント(0)

閉じる トラックバック(0)

全36ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.

N.Y.
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

  今日 全体
メンテナンス中 - -
メンテナンス中 - -
メンテナンス中 - -
メンテナンス中 - -

ケータイで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

URLをケータイに送信
(Yahoo! JAPAN IDでのログインが必要です)

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

メンテナンス中

標準グループ

登録されていません

開設日: 2010/3/11(木)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.