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今から1800年前の中国、三国志の時代

蜀を降伏させた立役者の魏の武将、艾(トウガイ)。

幼い頃より地図を見て、地形を観察して軍略を立てた名将です

そして現代、幼き頃のナチタ総統も地図が好きで社会科が一番得意であった軍事の申し子。

今では地元がグーグルマップのストリートビューにアップされ大喜びの地図マニア。

大抵のところは地図があればいける『マッパー』!山と川があれば現在地が分かる地形好き!

80年前に生まれていれば必ず偵察隊に志願したであろう『偵察員』

そんなナチタが今回おくるのは『65年前の現地に行こう!』地図を見ながら・・・・・・・・
というわけの分からん旅です。

イメージ 1
この写真は航空マニア、特に水上機に興味のある方なら一度は見た事があるであろう画像です!
『終戦後の破壊された水上機』とも言うべきこの写真に写っている機体は水上戦闘機強風と零式観測機であり、昭和20年の福岡空襲とその後の台風により破壊されたものである。




場所は『プライベート・ワンナイ』でおなじみの博多湾西部の今宿海岸である。





当時ここには水上機の基地がありました!・・・・・・・・ということで行っちゃいました!
イメージ 2
ご覧のように現在は残骸も無く←当たり前だ!! 海岸周辺は公園として整備されています。
遠くに見える風景も今と殆ど変わらず、あの白黒写真を撮った方も65年前に同じ場所でファインダーを覗いていたと思うと不思議な感じがしました。←散歩をしている人に不思議がられました!

今回の企画、時間的にハードスケジュールです。「次行ってみよー」

今宿海岸から西方に25分ほど車を走らせて着いた場所がこちら・・・・・・・・・・・
イメージ 3
昭和20年当時、ここには帝國海軍最大の秘匿基地がありました。

基地の名前を『玄海基地』と言い水上機(水上爆撃機瑞雲・零式水上偵察機等)が最大100機もいたとの事です。←零式水上偵察機はナチタ重工業でも製作しております。

飛行機は海岸の松林などに擬装秘匿されており、兵員は近くの民家や寺、学校などに寝泊りをしておりました。
この部隊は沖縄戦の時は鹿児島を経由して夜間攻撃や策敵に連日出撃していたそうです・・・・・・・

どこかで聞いた様な任務・・・そう同時期、鹿児島の岩川秘匿基地から艦上爆撃機彗星で夜襲を行っていた部隊『芙蓉部隊』の様にもてる機材の能力と、まだ残っていた夜間飛行のできるパイロットがいた水上機部隊の貴重な戦力がここ糸島半島に集結していました。

勿論、本土決戦時にも主力として戦えるほどの戦力を有しておりました。

現在では基地の遺構らしきものはありませんが、石碑と数点の遺物がありました。
イメージ 4
大きな石碑が幼稚園の横に建っています
イメージ 5
普通に撮影すると読み取りにくいこんな文字も我がリコーGX200を使えば
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またもやリコーの宣伝です。最強の戦場記録カメラ!まだまだ技が出ます。

石碑の裏はこんな感じです。
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『テカテカ』した石ですので撮影しようとするとナチタ総統の姿が・・・・・・

「そうか!下から写せばいいのか〜!」
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自分自身は写らなかったものの見難いです・・・・・・・そんな時はリコーGX200の秘儀!

イメージ 10
斜め補正で・・・・・・ほーらご覧の様の真正面から撮影したようになりました←簡単秘儀!

またこんなもの展示してありました
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当時水上機を陸に引き揚げるためのレールです。
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説明看板も・・・・・・ご覧下さい。

また係留ブイ用のアンカー(錨)もありました。
イメージ 13

イメージ 14


第2話に続く

この記事に

  • 顔アイコン

    亡き舅は、戦時中、群馬の中島飛行場に勤務していた縁から、
    いろいろなゼロ戦の模型や書籍やカセット、ビデオを集めていたと思います。実弟が、海軍航空兵(←正式名称が分からないので間違っているかもしれません)だったことも理由の1つでしょう。
    毎年、ゼロ戦が綺麗に撮影されたカレンダーを購入し、飾っていたのを思い出しました。あのコレクションはどうなっているかしら?

    [ scala & jd ]

    2009/12/3(木) 午前 2:18

    返信する
  • Scala様おはようございます。
    私の祖父は陸軍の整備兵として太刀洗飛行場にいました。
    妻の祖父は陸軍54師団の軍医としてビルマで戦死しています。
    国民が何らかの形で戦争に関係したのがあの時代なんです!私達はその方々の話を後世に伝える義務があるんです。

    ナチタ総統

    2009/12/3(木) 午前 6:20

    返信する
  • 顔アイコン

    糸島に水上飛行艇の基地があったとは知らなんだ。これは是非、行かねば・・・・ついでに牡蠣も食してくるとしよう。
    総統は郷土の歴史についてもかなりの博識であると見たが名島にも記念碑があるのをご存じか?(リンドバーク記念碑じゃないよ) 削除

    [ 薄田兼相 ]

    2009/12/3(木) 午後 11:20

    返信する
  • 薄田兼相様コメントありがとうございます!
    糸島の船越の牡蛎小屋のそばに石碑がありますよ。
    名島は私の母の地元ですが石碑はみたことありません!?
    名島飛行場の揚収クレーンは母が小さい頃まであったそうです。
    戦時中は千早の九州飛行機の工場から零式三座水偵や東海がはしけに載せられて西戸崎の博多航空隊の飛行場まで運ばれていたそうです。

    ナチタ総統

    2009/12/3(木) 午後 11:44

    返信する
  • 常に庶民の立場で近場の史跡を訪ねては、深い洞察と想像力とで歴史を語って下さるナチタ総統と、リコーの技術力に感謝します。

    ところで、私は同級生との忘年会から帰り、今、ベッドで睡魔と酔魔に邪魔されながら携帯と格闘しております。

    まだ、どっかが変なのです。二週間しても何だか身体がおかしいのです。
    もう少ししたら、いつものハイパー零細経営者になると思います。

    ナチタ同志に栄あれ

    [ サティ ]

    2009/12/4(金) 午前 0:10

    返信する
  • サティ同志こんばんは!ナチタ総統は常に庶民の目線で語って行きます!
    ところで体調は?……
    さぁ私もJINROでも呑んで寝るかXYZ!

    ナチタ総統

    2009/12/4(金) 午前 0:23

    返信する

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