分かりはじめたMy Revolution 明日を乱すことさ

ずっと探していた理想の自分って もうちょっとかっこよかったけど 僕が歩いてきた日々と道のりを 本当は自分って言うらしい

鬱を治す

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夜明け

 
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すっかり更新をさぼってしまいました。久しぶりの更新です。
 
この2ヶ月の間にいろいろありました。
6月初めから勤めていた特許事務所を7月末で退職し、途方に暮れました。カウンセリングもだめだった。どうしても、何をやっても治らない。もう自分には何もできない。最悪死ぬしかないのかとまで考えました。
 
うだるような暑さの中で、1ヶ月を泥のように過ごしました。
就職活動をする気にさえならなかった。何もかもが虚しくて、仕事の意味どころか、生きていくことの意味さえ分からなくなっていました。社会から完全に切り離されて、孤独感ばかりが強くなっていきました。
 
何とかしなくちゃという思いで、先日「内観療法」というものを受けました。
実は3月頃に母から聞いていたのですが、そのときは不信感もあって踏み切れませんでした。ですが今回、もうどうにもならないところまで追い込まれ、すがるような思いで決心しました。
 
内観療法というのは、内観研修所というところで行われるもので、部屋の隅に屏風を立てて半畳ほどのスペースを作り、その中に朝6時から夜9時まで15時間座り続け、自分が生まれてから現在までに、両親や兄弟、配偶者などの身近な人に対して「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」を徹底的に調べるというものです。これを一週間連続で行います。今回は、栃木県にある瞑想の森内観研修所というところでお世話になりました。
 
始める前までは、これで本当に良くなるのか、そんなに長いこと座っていられるだろうかと、とにかく不安でした。しかし、いざ始めてみると次第に慣れていき、いつの間にか屏風の中が心地のいい空間になっていました。
 
内観の目的のひとつに「自分を知る」というのがありました。
自分のことくらい自分が一番よく分かっているつもりでしたが、それは大きな思い違いでした。内観を続けていくうちに、自分がどれだけ多くの人に愛されてきたのか、自分がどれだけ多くの人に迷惑をかけ、その罪を赦されてきたのかということを、これでもかと気付かされました。感謝と懺悔の気持ちが次々に湧いてきて、屏風の中で何度も涙しました。
 
一週間の集中内観が終わったとき、僕の心はとても満ちていて、喜びに溢れていました。それまでどうしようもなく感じていた孤独感や不安、恐れ、焦り、苛立ちなどは、いつのまにか小さくなっていました。すべての原因は自分の心の中にあって、それを解消する最良の薬も実は自分の心の中にありました。そういうことに気付かせていただきました。胸のつかえがすっかり取れたような気持ちでした。
 
帰りの電車では、流れる景色がこれまでとは違って、とても新鮮で美しく見えました。人混みの中を歩いても、これまで感じていた息苦しさや周囲への敵意といったものが消え、とても穏やかな気持ちでいられることがとても嬉しかったです。
 
7年間の苦しみから、ようやく解放されました。生きにくさもすっかり無くなりました。ずっと失くしていた心をようやく取り戻せたような、地に足がついたような、とても落ち着いた気持ちです。今まで本当に多くのものを失ってきましたが、これからは少しずつ取り戻していけそうな感じがします。

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青に染まる

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家から駅へ向かう途中でいつも小学校の前を通る。
ちょうど登校時間と重なることもあり、歩道は毎朝子供たちで占拠されていて少し歩きにくい。
 
校門では若い男の先生が大きな声で朝の挨拶をしている。彼はいつもTシャツに短パンというラフな格好なのだが、今朝はサムライブルーのレプリカを着ていた。なるほどと思いながらも少し微笑ましかった。
 
事前の試合で結果が出せずにあれほど苦しんでいたサッカー日本代表が、いざW杯本番となって見事に復調し決勝トーナメントに進出した。岡田監督の言う「ベスト4」なんて何を絵空事を、と正直思っていたが、こうなると俄然応援にも熱が入るし、ぜひ実現してほしいと思う。そんなわけで今日は心なしか青い服の人が多かったような気がした。
 
どん底の状態を打開するために思い切って戦術を変え、予選突破という結果を出した日本代表に、自分を投影させたとしたらあまりにおこがましく恐れ多いのだろう。だけど、投薬治療をあきらめ思い切ってカウンセリングに変え、環境を変えて一気に暗闇を駆け抜け、ほんの少し光が見えてきたこのタイミングがそれと重なれば、あながち他人事とは思えない。
 
今日で仕事開始から3週間が過ぎた。
この3週間で、自分なりのワークライフバランスが確立しつつある。毎日同じ時間に起き、同じ電車に乗り、同じ時間に出社する。同じペースで仕事をして、同じ時間に退社し、同じ時間に帰宅する。驚くほど単調な毎日だけど、抑鬱を抱えながら仕事をする僕にとってはこれ以上ありがたいことはないのだろう。
 
唯一の懸念は、資格を取れという上司からのプレッシャーなのだが、今はまだその時期じゃない。すべてを一気にこなすことは危険だし、まずは体力を保ちながら仕事に慣れることのほうが大事だ。同じ轍を踏まないためにも、今度は過剰なほどロースタートでいい。
 
そして今日は日割りではあるが最初の給与が出た。
額にすればほんのわずかだが、今の僕にとっては額の大小は問題ではなく、生活の糧を自力で得たという事実のほうが何より大きな自信となった。引越しなどで出費が続いていたが、失業保険以外で懐が潤ったのは久しぶりで本当に嬉しかった。
 
これまで、煮えたぎるような痛みや苦しみ、先の見えない不安で真っ赤になったりグレーに支配されていた僕のココロも、ここにきてようやく少し穏やかなブルーに落ち着きつつある。まだときどき鬱の波に襲われることもあるけれど、真っ暗闇に落ち込むことも少なくなった。
 
もう悲しい色は要らない――。
ココロのキャンバスには穏やかな色だけを描いていきたい。

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最悪のときはもう

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街にはそれぞれの表情があり、一つとして同じものはない。
 
その表情は、たとえば駅前のにぎやかさだったり、そこに住む人たちの雰囲気だったり、電車の窓から見える景色だったり、街路樹の匂いだったりする。新しい街に来ると、今まで感じたことのない表情に少し戸惑う。
 
先月末に内定をもらってからここまで、決断の連続だった。
 
まずは住むところについて、いろいろな人にアドバイスをもらった。仕事に慣れるまでは実家から通ってみてもいいのではないか。あるいは親類の空き家を提供してくれると話してくれた友人もいた。本当にありがたかった。
 
でも僕はこの半年間、自分の居場所のようなものを感じることができずにいた。そして、誰かの世話になるということに負い目を感じていた。だからこそ僕は、本当に落ち着いて心静かに暮らせる自分の居場所が欲しかった。僕は部屋を借りることを決断し、内定後の1週間で不動産屋に通い、部屋を決めた。
 
その次の1週間で引越しをした。
今回は予算的なこともあって、業者に頼まずにトラックを借り、家族に協力してもらって引越しをした。あまり荷物は多くなかったものの、やはり引越しは大変な作業だった。半年前、撤退を決意したときは絶望感でいっぱいだったが、今回は不安に支配された引越しだった。
 
引越しのとき、母が僕に言った。
「こんなに早く家を出ることになって、本当に申し訳なく思っているのよ。」
でもそれは違う。母のせいじゃない、誰のせいでもない。これは仕方のないことなんだ。そう思いながら、僕は返す言葉が浮かばなかった。
 
 そして今週から仕事が始まった。
不安な気持ちで押し潰されそうだったが、何とか最初の1週間をやり遂げることができた。以前勤めていたときの経験が僕を助けてくれ、これから何とかやっていけそうだという手応えを感じることができた。中断していた弁理士試験の勉強も徐々に再開していきたいと思う。
 
また、実家にいたときに通い始めたカウンセリングも今後継続して受けることにした。
担当の先生が信頼できそうなことと、やはり収入の目途がついたことで経済的な不安が軽くなったことが大きい。抑鬱の軽減を目指しつつ、仕事でしんどくなったらしばらくは駆込み寺としてお世話になりたいと思う。
 
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この数週間は本当に苦しかった。
 
本当にこれでいいのか。この決断で間違っていないか。僕は間違っているんじゃないか。誰かに相談すると自分の信念が揺らいでしまいそうだった。生活環境と仕事が一気に変わり、ついていけるのか不安で倒れそうだった。もしまた仕事に行けなくなったら、いったいどうするんだ。もう戻れる場所はないんだぞ。そう考えると食欲も落ち、夜も寝付けない日が続いた。
 
でもその苦しい時期を乗り越え、今こうして自分の落ち着ける居場所を得て、心静かにブログを書くことができている。僕はここにいてもいいんだ。そしてこの場所で生きていくために、この生活を維持するために、仕事をして給料をもらう。まだまだ不安は大きいけれど、そんな当たり前のサイクルがこれからの生活の中に取り戻せたとき、僕は今度こそ立ち直れるような気がする。ここで生きていけるような気がする。
 
大丈夫、最悪のときはもう過ぎている――。
光あふれる未来へ歩き出そう。

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My Revolution

半年前、僕は失意とともに地元に戻ってきた。
 
仕事を失い、家を失い、自尊心もプライドも何もかも失って、心身ともにフラフラになってやむなく撤退を決意した。あのときの僕は、たぶん冷静な判断力をも失っていた。とにかく何も考えずに休みたい。その思いだけですがるように実家に戻った。
 
しかし、ここでも僕は挫折にまみれた。焦りの気持ちからとにかく仕事を決めなければ、といくつか就職したもののいずれも長続きせず、その度に両親とぶつかった。やっぱりこの病気は理解してもらえない。やりきれない想いだけが募った。
 
僕はもしかすると、ココロのどこかで「少し休んだら」という甘い言葉を求めていたのかもしれない。ところが結局誰からもその言葉をかけてもらえなかった。むしろ「この先どうするんだ」とさらに尻を叩かれた。だがもし、僕が求めていた通りに展開していたらどうなっていたか。もしかすると僕は、鬱病を免罪符として親の庇護を受け、堕落した人間に成り下がっていたかもしれない。
 
それは僕が真に望んでいることじゃない。
僕はあくまでも自分の力で、自分の足でしっかり立って生きていきたい。だから両親の僕に対する態度は、本当は感謝すべきことなのかもしれない。それが両親の僕に対する愛情でありエールであったのかもしれない。
 
僕はもう一度、都内で働くチャンスを得た。
 
はたしてもう一度できるのか、という恐れがないわけではない。むしろ不安の方が大きいことは否めない。しかしこの半年の実家暮らしのなかで、僕は少しだけ自信を深めることができた。僕の履歴書は充分に強い。企業の採用を勝ち取れるだけの説得力があるということが分かった。そして、青梅の30kmを含む3度のマラソンを走り切った。不可能と思えることも、小さな一歩の積み重ねで必ず克服できることを知った。もうそろそろ、僕は自分の能力を認めてあげてもいいのかもしれない。
 
そして僕はあの光景を忘れない。
屈辱的な感情で地元の職安を訪れた日々。焦りとも苛立ちともつかない、言葉にしがたい苦い思いで駐車場を歩いた。あの景色だけは、あの退廃的な感情に支配された日々だけは、鮮明に記憶に焼きついている。僕はもう絶対に、あの頃には戻らない。
 
そして何より、家族の愛を知った。実家の押入れにしまってあったあの一枚の写真が、それを思い出させてくれた。感情の行き違いでぶつかったとしても、それでも僕は充分に愛されていた。その愛に応えなくてはいけない。もういい加減、自分の力で歩いていかなくちゃいけない。僕は自分のためじゃなく、家族のためにもう一度だけ頑張ってみようと思う。
 
きっと本当の悲しみなんて、自分ひとりで癒すものさ――。
 
自分を癒した数が多いほど、人は強くなれる。自分を癒すことの出来る人が、本当に強い人だと思う。
「My Revolution」の本当の意味が、僕にもようやく分かり始めた。
 
 

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不安と戦う

僕はカウンセリングが苦手だ。
 
というのも以前、親類の紹介で都内の某クリニックのカウンセリングを受けたのだが、そのときの印象があまり良くなかった覚えがある。そのときは「自分のいい所を100個挙げてみる」みたいな宿題を出され、本当にそんなので良くなるのだろうかという懐疑心を抱いてしまった。さらに、短時間の面談のわりに診察料が高額で、とても続けられるものではないと思ってしまい、結局通うのをやめた。
 
そんな折、mixiでやりとりをさせてもらっているマイミクさんから、カウンセリングの受診を勧められた。上に書いたようにカウンセリングを毛嫌いしていた僕は、話半分でその勧めを聞きながらも、最近は投薬治療に限界を感じつつあったので、少し考え直すようになっていた。
 
そして、地元でカウンセリングを受診できる医療機関を調べてみた。すると、僕がその効果に興味を持っている「認知療法」のカウンセリングを実施しているクリニックが近くにあったので、思い切って受診してみることにした。
 
担当のカウンセラーは、僕と同年代くらいの細身の男性で、長めの髪と淡々とした口調が印象的だった。今日は初回ということで、簡単な聞き取りだけで終わった。それでも、僕が仕事がうまくいかないことを話すと、「そのときどう思ったか」「なぜそう思ったか」といった感情の動機の部分にアプローチしてきたので、前回のカウンセリングとはまた違った印象を受けた。「あなたは大丈夫」みたいな根拠のないプラス思考が苦手な僕にとっては、「なぜ」というアプローチははるかに信頼できると思った。
 
また、カウンセラーは僕が仕事をしていないことを察して、経済面のことも視野に入れた治療計画を立ててくれた。収入がない現状では決して安くはないが、効果があらわれるまで出来る限り受診してみようと思った。
 
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GW前に応募していた特許事務所の書類選考は無事に通過し、先日面接を受けた。
面接ではこれまでの職務経歴などを一通り話し、そしてこの週末に実務の簡単なテストを受けることになった。
 
実務から離れてだいぶ経つので、かなり不安が大きい。その不安を打ち消すために、前職で自分が担当した文献をネットで見直したりする。苦労して書き上げた文献などを見ると、ほんのわずかに自信が戻ったりもするが、不安を払拭するまでには至らない。不安と自信がせめぎ合い、結局不安に支配されると、一睡もできない夜もある。
 
一番の理想は、仕事が決まるとともにカウンセリングの効果も出てきて、すべてが軌道に乗ることだ。今は何もかもがその過程の状態なので精神的に辛い。でも逆に考えれば、唯一書類を送った会社の選考がここまで進んでいるのだから、順調といえるのではないか。もう少し、もう少し辛抱すれば道が開けると信じて、一歩ずつ進んでみよう。

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