DVドメスティック・バイオレンス・・これは本当の愛ですか?
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とても残念なのは、この映画のタイトルです。
あまりに直接的すぎる。まあぼかしてもなんだか変かもしれませんが、これだと文字だけで客足が遠のく気がするんですが…考えすぎでしょうか? なんていきなりごちゃごちゃ書いてしまったのは、この作品、意外に良かったからです。 B級の、なんというか、Vシネマみたいな(ごめんなさい、関係者の方!)印象だったんですよ。 そんなことはなくって、とてもよく出来ていたので、たくさんの方にぜひ観て欲しいと思った作品です。 【あらすじ】 最初に違和感を感じたのは3年目の結婚記念日の夜。泰子(英由佳)は29歳。夫・昭吾(遠藤憲一)は41歳のサラリーマン。会社帰り、花束を手に妻の勤め先の前に立つ昭吾。彼はショーウィンドウ越しに働く妻の姿をジッと見つめていた。夫の視線に気づかない泰子は年下の同僚と親しげに言葉を交わしている。それがすべての始まり。勝手に銀行口座を解約、強引に妻を退職させ、風邪でダウンした妻の体調も構わず一方的に体を求め、調味料が気に入らないと怒鳴り叩き落とす──。どんどんエスカレートしていく夫の暴力。泰子は自分と同じように夫の暴力に苦しむ女性(りりィ)の紹介で宗方(小沢和義)という男を訪ねるが・・・。 心を病んでいる時代だから、誰に起こっても不思議じゃないでしょう。 きれい事を言えば、 あんな形でしか愛を伝えることが出来ないことが哀しい。 加害者にも彼なりの理由があります。そこもこの映画では描かれていて、切ないです。 ここ数年で「DV」という言葉はすっかり市民権を得ました。 「DV」とはすなわち“ドメスティック・バイオレンス”を意味し、一般的に日本では 「夫やパートナーが、妻や恋人に対してふるう暴力」と説明されています。 殺人事件の被害者女性のうち約3割は、夫や内縁の夫の手によって命を落としているのが現状。このショッキングな数字からも分かるように「DV」は病める現代日本が抱える、最も大きな社会問題のひとつなのです。 本作は、そんな混迷する現代が抱える社会問題を正面からとらえた映画。 DVはDVの連鎖を生む──。 「そういうふうに育てられてきたんだ!」そういくら男が訴えたところで彼の思いは相手に恐怖を与えるだけです。 それは簡単に修正できるものではない。 いくら「愛してる」と叫んでも、その形がねじれて“愛”として伝わらないのです。 平凡な夫婦の日常がいかにしてDVで壊れていくか、とてもわかりやすく描かれています。しかもDVから逃れらないシステムもちゃんと解説してくれる。 (近所の住民、警察、カラオケBOX…被害者のSOSはことごとく空回りし、観ている側はとってももどかしいです) 大都市が抱える闇、延いては結婚制度のあり方まで数々の問題提起を投げかけています。 宗方(小沢和義)は泰子に言います。 「DV被害者が一番に乗り越えなくてはならないこと。それは“自分自身が被害者である”ということに気づくことです」 妻はなかなか夫の暴力を「愛」と切り離せない。 「私に落ち度があるの?何を直せばいいの?愛して結婚した夫に妻の私が“犯罪者”というレッテルを貼るの・・・?」 泰子が宗方の言葉を理解し、受け入れるまで。 そしてラストの宗方と夫・昭吾の面会シーンは圧巻です。 とても考えさせられる作品でした。 ●2005/日 ●監督:中原俊 ●脚本:小沢和義 ●キャスト:遠藤憲一、英由佳、小沢和義、高野八誠、高橋かずみ、りりぃ、でんでん、山本浩司 ●トピックス:オランダ・カメラ・ジャパン映画祭/ドイツ・フランクフルト、ニッポン・コネクション映画祭/フランス、リヨン・アジア映画祭/2005ドイツ、ケルン・シネアジア映画祭正式招待作品
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