久しぶりの集会とデモ

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運動不足から体重が増え、足腰に負担がきている昨今であります。
歩くことはいいことだとはいえ、ちんたら歩くデモは疲れる。
緊張感もないから余計に疲労感が増す。
でも、まわりの4大学共闘の諸兄は、私よりも年上なんだよねぇ〜。
いかに自分が怠惰な生活をしてきてしまったことか・・。
まぁ、しょうがねぇかぁ!ポツポツと参加させてもらうべぇ。
今回は数人の無記名の赤ヘルがいて、中には第4インターの草刈鎌もいた。
ありゃなんだったんでしょうな。若者が混じっておったなぁ。
 
ともあれ、久しぶりの更新ネタでした。

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今年のデモ納め

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2012年師走。
 
デモ納めをする
4大学共闘のデモ隊。
 
 
寒かったあぁぁぁ!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 早くも3・11が風化されていこうとしているなか、今年最後の脱原発集会とデモが日比谷野音で行われました。
この雨による寒さで今日はヤメておこうかなぁ!と考えていたのですが、来年に続くためのデモ納めだということでモモヒキ(←死語?)を引っ張り出して重装備で家を出ました。
 翌日が選挙ということもあり、政党関係は出てこないだろうし、雨が降ってくる最悪のコンディションということで人が集まるのかと不安になりましたが、会場の半分ぐらいは埋まっていましたかね。
 主催者発表では1800名の参加ということでした。
 立っていると寒さで腰は痛くなってくるわ、トイレ行きたくなるわ、昼飯くいそこねたわ、疲れが倍増してくる。
 できることなら、前列に陣取って各発言に同意の意思表示をしたりヤジり倒したりしたいのだが、そんなことしたら出入り禁止グループに指定されちゃうだろうな。
 デモも最近ではパレードということで、緊張感のかけらも無く、のそのそ歩くだけで、しまりがない。
 迷彩服を着た経闘委の先輩が、いつもぶっ飛んだ発想でいながら、たまーに的を得たことを話してくれる。
 学生当時から、この人の話はぶっ飛んでいながらも裏の真理を突いていると思う。
 残念なのは話がすべて科学的で無いことだ。(爆笑) 
 4大学共闘は解散地にて、来年の再会を期してインターを歌って解散。
 お疲れさまでした。

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930の会

還暦をすぎてからというもの、気持ちが一気におじさんになってしまった。
耳が遠くなったかと気になって病院へ行くも、老化ですとか加齢によるナントカで・・・
腰が痛いので医者に行っても、老化によるウンヌンカンヌンで・・・
こう言われ続けていると、自分は爺さんなんだという自覚がイヤでもふくらんでしまう。
若い人のなかになるべく溶け込むようにして、エキスをちゅーちゅー吸ってやろう。
 
先日、930の会・座談会・同窓会に行ってきた。
参加者名簿を見ても、70年入学の私などは若者の部類だね。某新聞社の記者さんや、現役女子大生などの客分の参加者はその存在だけで、加齢の霧を吹き払ってくれているようでした。
 
日大全共闘・情報局の検証から座談会は始まったが、抜け弁天の存在は私でも知っていたので、72年頃まではまだあったのかも知れない。
当時の情報局員3人の証言も生々しく、それを検証する参加者の話も実にリアル感があって面白かった。
こんなことを言うと叱られるかも知れないが、話を聞いていての感想としては、情報局の存在は歴史の後付から生まれてしまったものじゃないかという気がプンプンするんですよねぇ。
膨大なメモが残されていたことがすごい幸運でもありますね。人の記憶って当事者同士であっても曖昧で微妙にズレてしまっている。各人の動き、情報が飛び交っていたであろうことは想像できる。たまたま伝達された情報が非常に有効に活用されたこともあるだろう。普通に考えればその程度で大成功である。
当日はプロジェクターで情報部の組織図が整然と表示されてしまったために、さも立派な情報部があったのだとそれを見た瞬間は刷り込まれてしまっていたが、実際の現場ではレポは何もできない。何箇所からかの報告を受けても、それを整理し、判断するだけの情報はそう簡単に集まるものでもない。
それらを実現するためには実力部隊の2〜3倍の人員を情報部に割かなくてはいけなくなる。
明瞭な証拠となるのは膨大なメモだけで、このメモから記憶が呼び覚まされ、関連付けがされていく。
それでも情報局の存在を日大全共闘の運動の中での核とするには圧倒的に不足している。
あったかも知れないし、あったような気がする・・・。という曖昧模糊としたもので良しとしときましょうよ。
 
このテーマが面白かったので、反原発、映画祭報告が私の中で吹っ飛んでしまった。
進行役の三橋氏の声がとんでもなく猫なで声になったので何事が起きたのかと思わず議事進行に戻ると、現役の日芸の女子大生3人にインタビューしていた。 うむ、若いということはいい。老闘士を豹変させてしまう。
 
その後、懇親会にて経済学部の太郎良さんとちょっと話をすることができた。気さくな方で嬉しかった。
反原発デモなどで半分ぐらいの方とは顔見知りになっていたが、さすがに50名を超えるとわけがわからん。
 
二次会にも参加させていただいたが、最大の感想としては、みなさんとにかくよくしゃべる。
人の話を聞く時間の5倍はしゃべる、人の話に割り込んでしゃべる。
還暦を過ぎた年寄り全員が席に着くなり全力走行のアクセルをべた踏みするがごとく、口角泡を飛ばして話し始める。この絵はなかなか見られるもんじゃないよ。今日一番の現実的な収穫かも知れない。
池上くんが静かにしてるのを初めて見た(爆笑)。

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今回のデモは、静かなるデモから、動のデモへと発展した!
当初、1車線での規制を受けていたが、青山通りに入ってから、規制がわずかに解けた瞬間があった。
写真では、右側が通常のデモ行進であり、左に4大学共闘の横断幕とともに6大学共闘に発展したノボリや旗の乱立した部隊がすかさず左車線に突出しフランスデモへ移行することで全車線を埋め尽くした。
前方のデモも、後ろがこんな状態であるのに気づくと、あわてて道いっぱいに広がった。
もはやこの状態から元の1車線に規制するのは制服警官ごときではダメだよね。
ジュラルミンの盾で威圧しながら武装機動隊で規制しなきゃならんだろう。
我々は真っ先に規制に従うかも知れないが、何も知らない一般市民は武装機動隊であろうが余計に張り切っちゃうんだろうな。 
何度か指揮車両を幅寄せさせたり、突っ込ませたりして規制を試みたものの、羊のように従順な市民デモは一度味わった開放感をそうたやすく手放したりはしない。
まさに、静なるデモから、動のデモへと昇華した記念すべき日になった。
主催者発表で参加者17万人ということだったが、その70%近くが爺婆ではないだろうか。学生層の取り込みにはアカバネ48とかをエサにしないといけないのだろうか、私個人的にはモモクロの後先を考えない元気さが好みであるが・・・話が飛びすぎている。かなり疲れてると自覚。 今日はここまで。
 

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7・16

今日は久々に大きな集会とデモがある。
この暑さで最後まで参加していられるか不安だなぁ。
さらにデモをするとなると、倒れる人もでるだろう。私も不安だ。
 
集合場所が会場入り口に近い、陸橋の下近辺となると、前回革マルがどでかい横断幕を広げてたトコじゃないかな? そこに4大学全共闘が陣取るということは、もし革マルがいたら排除してもいいってことですかね。
(排除されちゃうことは考えていない)
 
体力的にデモ貫徹できるか不安がっているのに、こういうことには俄然燃え上がる不思議な思考をしている。
大量の汗をかくだろうから着替えも用意しよう。 (対放水車対策でそんなことしたな)
4大学で3桁動員とは・・・大ぶろしきを広げちゃったんじゃないかなぁw
芸闘委では黒旗がデビューするとかw
 
再稼動阻止!の着実な一歩を感じながらもww  その根底は野次馬根性丸出しであります。(爆笑)
 
 

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再稼動への安全性

安全であるから原発を再稼動させる。
なんとも言えない発言を著名な政治家達は黙認しているもんだと思います。
日大経闘委の中では最右翼を体現している先輩のIさんが先日話していた冗談ともつかない話を思い出した。
 
なぜ、あんなに安全な原発を東京や大阪という都市部に置かないのかといった内容だったと思う。
都知事は、少しでも危険性のあるものを首都の中枢うに置くわけにはいかないと言うだろう。
宮内庁は、皇族の方々に危険が及ぶことを懸念する。と言うだろう。
大阪府知事は。あんなもんは人の少ない地方にあればいいんだと言うかも知れない。
地方税や固定資産税は貧困している地方が受けるべきだと、赤字財政対策を売りに当選した彼は放言するだろう。
 
彼らに東京都や大阪府に原発を誘致する気は無いだろう。
危ないからである。 都民、府民を危険な目にあわせるわけにはいかないのだ。
だから黙っているのだろう。
 
野田某も、東京に原発を誘致する根性はないのだろう。
そんなことをしたら、我れ関せずを通してきた国民の総反撃をくらうことが目に見えているから。
無関心層の意識を目覚めさせてしまうと、政治生命が絶たれてしまうことを知っているから。
 
最大電力消費量を叩き出す都心部に原発を誘致しないのは、危険だからという証明だろう。
 
再稼動を認めた首長は膨大な資金の捻出に成功するわけである。
何も起きなければ、永代に渡る地元の名士でいられる。
起きたら、地元民の命と未来を金で売った売国奴である。
その選択に苦慮しただろうが、起きるかどうかわからないものと、確実に毎年入ってくる地方税では勝負にならない賭けである。雇用の安定と潤沢な資金の前に這いつくばってしまうのもうなずける。
ましてや、過去にその恩恵を受けていたところは、また受けることになる事態に抵抗は無い。
それでも再稼動を拒否できる首長は皆無だろう。
 
原発が危険である限り、首都に原発を誘致し、無関心層の反撃を抑えることのできる政治家はいない。

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2012年5月5日 さよなら原発1000万人アクションの集会とデモに参加してきました。
抜けるような快晴で汗をかくほどです。これから夏に向かい、デモで倒れる人が出ないか心配です。
今回の上記写真は私が撮ったものではないんですが事後報告で勘弁してもらいます。
会場の芝公園23号埋立地を出て、東京タワーの脇を行進してるとこですね。
ナイスアングル! いただきましたー!

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反核運動

ヒロシマ・ナガサキを代表とする世界でも有数の被爆体験国である日本は、過去に非核三原則という言葉を生み、原潜や原子力空母の日本寄港問題、沖縄への核の持ち込み疑惑というように、「核」というものに非常に敏感に対応してきていた。
1945年に敗戦となったとき、連合国から核開発が禁止され。
1952年のサンフランシスコ講和条約により核開発が解禁となる。
1955年に原子力基本法が成立する。この間、わずか10年のことである。
1963年、日本で初の原子力発電が開始される。
 
核は「持たず、作らず、持ち込ませず」というのが非核三原則であるが、政府はこれを兵器核に限定している。
核の平和利用はこの国是ともいうべき原則にあたらないという詭弁をもちいたのである。
当然ではあるが、広島・長崎に原子力発電所は無い。そこまで厚顔無恥ではないようだ。
石原都知事ならば、原子力発電所は日本の国益となるものだからと言って東京に原子力発電所を誘致するかも知れないが、そうなったら確実に政治生命を絶たれることは理解できるらしい。
まさに反対の無さそうな地方を選んでの設置となったのだろう。成田空港の場所選定と同じ政府による国益のためというゴリ押しである。
地方交付金である電源立地地域対策交付金が545億円、固定資産税が348億円で、合計約893億円ほどが原発を設置した県に入ってくる。雇用も見込めるというので、結果、金で命を売ってしまった地方行政の罪は重い。
震災さえ無ければ、津波さえ無ければ・・・と関係者は嘆いたことだろう。
そのうち人災さえ無ければ・・・とまで言い出すのだろう。
人知の及ばぬ危険なものに手を出しておいて、天災・人災に責任転嫁するのは政府の対応の常である。
それらを想定外の出来事という一言で括ってしまうのである。
野田政権がどうのこうのというより、過去60年間の政権である自民党が行った国民への負債である。
 
腹が減ったので、とりあえずここまで。

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3大学のノボリ
雨の中、主催者発表で6000名の参加者だそうです。
まぁ、半分と見ても3000名にはなるでしょうか。
日比谷野音のキャパは2600名ですから、立ち見を入れればそんなもんでしょうね。
ここでの集会はいつも立ち見のほうが多い。
入り口では、中核派と革マル派がぴったり横に並んで情宣活動をしていたのには驚いた。
ありえない光景に思わず足を止めて見比べちまったい。
世の中、変わったんだねぇ・・・。 両派あわせて120人も殺しあったとは思えない。
公式発表以外も含めれば200人はくだらないはずだが、両派の机は1mも離れていない。
ま・・・関係ないからいいか。
集会が始まっても、雨は一向に止む気配を見せない。
厚手の上着も雨が染み込んでズッシリと重くなってくる。
デモの出発直前になってようやく雨はやみ。日差しがでてきた。
今回は右翼も出てこないし、いきがった兄ちゃんもいない、おとなしいデモでした。
最後にインターを歌って解散。

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私は東京居残り組です。
土曜日からバスで福島へ向かった3大学連合、また当日電車で参加した方もおられたようですね。
前日の夜勤で、いつもだとしっかり寝てしまうはずだったのに寝そびれてしまい、今日は家に帰って寝ないとヤバいかなという状態で、しかも当日まで参加する集会場所を決めてないという状態でしたが、結局、日比谷に参加してきました。
3・11当日、日比谷は3つの団体によるそれぞれの集会が持たれており、集会というよりはイベントですね。
色々な企画満載で、楽しそうで、ワクワクしてきます。
 
ピース オン アースが公園噴水前にステージを作りまるでコンサート状態。
けっこう有名どころが出ていたし、無名でもいい演奏を聴かせてくれてたり。
公園を最大限使っての模擬店も200店以上出ていたでしょうか。
以前は調理をするには保健所の許可が下りないということで食べ物の販売は出来なかったと思ったが、しっかり売ってましたねぇ。若者中心でかなり多勢の参加者がいました。
 
ピープルズ・プランは国会を囲もうヒューマンチェーンに取り組み、各集会やデモが終わってから合流できるようになっていました。 渋谷での集会もこれに合流するとか。
 
首都圏反原発連合は中幸門で、私はこれに参加。
旗旗の(かな?)白地に脱原発がでかいし、よく目立つ。
ピースオンアースのコンサートを堪能してから向かうと既に日大全共闘のノボリが3本。
私も手製の旗を出して準備万端。 結局、9人ぐらい集まってたかな。
歯学部の人も飛び入り参加。
デモの途中から芝工大のノボリが湧いて出てきた。1人で参加だそうです。
今回は3大学連合はみんな福島行っちゃったからねー。
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日比谷にライトブルーが2本に
赤いのが1本出てたってことは・・・
福島は?
 
 私と闘病ちゅーの方との2名は
デモ終了後のヒューマンチェーンとその後のキャンドルナイトもすっぽかして逃亡したそうです。
 
 
すんごく疲れたんだよね。
東に、右翼とケンカしてる人が居れば飛んで行き。
西に、生意気な兄ちゃんがいれば恫喝し。
花壇を踏み抜く報道に人の道を説き・・・
あいかわらず、闘病マンは大活躍だったのですー。

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