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真似 Berlinde De Bruyckere

クリスマスの夜は毎度お馴染み暇人ボッチ君だったので
学生時代に買ったA MAGAZINEの
HAIDER ACKERMANNがキュレーターを務めた号に載っていた

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Berlinde De Bruyckereさんの作品をパックって作っていた。
リンクは日本語紹介のサイトが少なかったので、個人様のを勝手に、、、
ミュエックとこの人くらいしか人間リアル系の彫刻家さんは知らない^^

大きいわけでもなく、小さすぎるわけでもなく、大したサイズじゃないけど
暇っだたので2体作ってみた。

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所要時間は1体4時間くらいかな(成型1h、色&ニス塗り1h、髪造り1h、髪付け1h)
なんだかな…
ひどいな…
やっぱ、人の真似じゃなくて何か納得できるようなものは作れないもんかねー…

今回の制作を経て、クリスタルレジンとかポリマークレイとか
樹脂系の材料を使って型取りとか注型とか色々と挑戦してみたくなった

おしまい



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このCMが好き 



最近は「Google nexus 7」のこれ





少し前のスーモのCMの 「ココロの声ストーリー」



あとは、DoCoMo 2.0シリーズのこれ

他にもあった気がするけど思い出せないな…




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東京

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今更借りて聴きました。

話は大きく変わりますが、先日フジテレビで深夜にTHE ROCK MOVIESと言う企画で
3夜連続ロック映画が放映された中で、ビートルズの“Magical Mystery Tour”と
ディランの“DONT LOOK BACK”を録画しました(ストーンズは自分の好みのバンドではないので観てません)

“DONT LOOK BACK”を観るのは3回目でしたが、かなり久々に観たのでまた違った印象を受けました
数あるディランに関する映画の中で

“NO DIRECTION HOME ”

“THE LAST WALTZ”

“I'M NOT THERE”

と、まあ有名なものしか観てきていませんが
やはりこの人の関わっている映画を観ていると淡々と重要な表現が発見出来て
ただただ感動します。

それは、会話であったり、歌詞であったり、言葉によるものも勿論多く
それ以外に立ち振る舞いや行動のプロセスによる感動も多くあります。

ただ、そんなディランに憧れて旅に出てみても現実逃避で終わるのが落ちで
自分の役割なんてものは誰か他人に「其れ」を認めてもらえないことには不安で何もわからない。

若いうちは「根拠のない自信」が主なエネルギーで
なんだかんだ勘違いでもそれって重要なことだと思う。
それを昇華してかたちにできる人とできない人がいて
皆必死になってもがいて誰かに知ってもらいたくて頑張って…

『本物』と『偽物』は確実に在るとして、成功した人には沢山人が集まって
称賛されたり衝突したり嫉妬されたり色んな思いも集まってくる
だからきっと色んなことが観えてくると思う。


自分の今までを “振り返ってみる” と
「根拠のない自信」をこじらせて色んな人を巻き込んで
裏切られた被害者のように成功しない原因を環境のせいにしたり
終いには信じたはずの世界も疑って…

だからというわけではないのだけれど
スタートする時点で信じた道が無いことには正しくは進めない気がする
それだけでも成功しようが失敗しようが自分への誠意に嘘や無理がなく正しさを感じる。
ディランに限らず、ジョンやボウイのようなカリスマの発する言葉とか行動とかその真意を
ファンが本当にピッタリ重なる解釈で理解している必要もなくて
その構図全体を通して時代を感じたり、誰かに導かれる事が
正しいとか間違っているとかではなくて重要なんだと思う。

特に自分のように自称クリエイティヴな世界を「根拠のない自信」で走ってきて
2年とかそこらしか働かないで他のものに頼った裏切り者には
今まで忌み嫌っていたけど24歳になってようやくぼんやり見えてきた「社会」とか「責任」とか..
「大人」になっていくことに降伏した人間には本当に重要。

情景の感じるディランのプロテストソングにノスタルジーになってるだけなんだけど
“DONT LOOK BACK”の中でも流れている
“The Times They Are a-Changin”(邦題:時代は変る)や
“The Lonesome Death of Hattie Carroll”(邦題:ハッティ・キャロルの寂しい死) は好きです。とっても

そんなこんなで久々に自分の中のロック熱がまんまと燃えてきてたので
なんかCDレンタルしてこよう!!ということで、Radioheadの“The King Of Limbs”を借りてきました

rockin'onの2月号の【2011年のアルバム・オブ・ザ・イヤー】と言う企画でもNo.1に上がっていましたが
記事を読むと欧米でのこのアルバムに対する扱いに言及していたので
実際どんなもんかと聴いた時にあまりピンと来なくてそれっきりでした。
が、ディランのアルバム「時代は変る」によってロック熱が高まった今このアルバムを今一度聴いてみたら

ロックンロールは鳴りやまない状態に…(かまってちゃんはこれしか共感できる曲がありませんが。。。)
歌詞の対訳の付いたものが少ないのですがLotus FlowerがPVもあるので貼っておこう

ChillwaveやJames Blakeに現を抜かしてる場合ではなかった
まあなんだかんだやくしまるえつこのヤミヤミのリピート率には敵わないのかな^^;
声が…もう…

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春の君は目玉焼き

自信がないから誤魔化してる



今までの自分もこれからの自分も
何かを否定してばかりです

否定しても何も変わんないし、何もうまれない。

否定することでその対象を拒絶して、見下して、鼻で笑って、自分と遠ざけてるつもりだけど
否定することはその対象の存在を自ら認めて証明してることにもなる。
自分のなかで消せないから否定する。
消せてないから否定して、自分がその対象より「上」でいる気になって自惚れて
惨めな思考からまだ抜け出せてない。

そこが自分の弱さで、若さで、それこそが自分らしいとこだったりもする。(不本意だけど事実)

口ではなんとでも言えるけど、言わされてる。
否定をするエネルギーを使わされている。
勝負だとしたのなら、否定させられた自分の負けであり、その対象の勝ち。


本当の意味で「無関心」でいれて本当の意味で「黙れる」のはまだまだ今の自分には出来なそう。
口に出さないとか、匿名性のあるこういう場に文字に起こさないとかの次元ではなく無関心でいたい。

なんていうか、中立じゃないんだよね…

他人と比べて得た優越感を幸福感や満足感と勘違いしたり
純粋に何かと向き合えていなくて、安心するためなのか自己防衛のためなのか
いつの間にか濁ったフィルターを通して周りを観ないと不安になったりして…

群れたり狎れあったりはしないタイプではあると思うけど、心の中では他人に依存している気もする。
そういうのを色々ひっくるめて悔しい。
もう少し器の大きい自分に憧れて、愚痴や自慢話を控えようとしていることすら
劣等感がエネルギーな気もしてくるし、とっても卑屈。

コジコジ知ってる人ならわかると思うけど、ジョニー君はコジコジにはなれないわけで
そうなる必要もないんだけど、自分の場合は自分にはないものを持ってる人を観て
自分と比べて優越感なり劣等感を感じているだけのことで、視野と心が窮屈なだけなんだよね。


自信がないから愚痴や自慢や優越感や劣等感で誤魔化してる。
こうやって文字にしてる事でも自分に言い聞かせている部分もあるけど
今はそう思う事が無理のない考えなので、これすら忘れられるくらい当たり前にこう思える事が
自分にとってはとっても楽な生き方のような気がする。

日曜の朝からこんなまとまりのないことをダラダラと書いてるのもどうかと思うけど
今から仕事しなくちゃ…  午前中だけだけど。

午後は今日も走ります






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