崇教真光からの脱出

今まで巧妙巧みに隠されてきた崇教真光の実態を暴露するためにブログを書いています。



福島原発事故やその背景について、これほど重要な情報を30分弱で、しかも、分かりやすくまとめている番組は珍しいです。日本人だけでなく世界中の人に観てもらいたいビデオです。























上記ビデオを観れない人のために、文字書き起こしを転載します。転載元は、下記のリンクです。
転載始め
*********************
我々は放射能から身を守り、警察から外人と見破られないよう防護服を着こんだ。
汚染され、破壊した原発が立っているのは立ち入り禁止区域だ。
そこに連れて行ってくれることになっている男性と落ち合った。
なにが本当にそこで起きているか、彼に見せてもらうためだ。
ナカ・ユキテル氏は原子力分野のエンジニア会社の社長で
もう何十年間も原発サイトに出向いて働いてきた。
フクシマでも、だ。
私たちは見破られず、無事チェックポイントを通過した。
作業員たちが作業を終え、原発から戻ってきたところだった。
3月11日に起こったことは、これから日本が遭遇するかもしれぬことの
前兆に過ぎないのかもしれないことが次第にわかってきた。
そしてその危険を理解するには、過去を理解することが必要だ。
(タイトル) フクシマの嘘
(監督) ヨハネス・ハノ
私たちは立ち入り禁止区域の中、事故の起きた原発から約7キロ離れたところにいる。
ナカ氏はここで生活をし福島第一とフクシマノ第二の間を股にかけて仕事をしてきた。
ナカ氏と彼の部下は、何年も前から原発の安全性における重大な欠陥について注意を喚起してきた。
しかし、誰も耳を貸そうとしなかった。
(ナカ氏)
私の話を聞いてくれた人はほんのわずかな有識者だけで
その人たちの言うことなど誰も本気にしません。
日本ではその影響力の強いグループを呼ぶ名前があります。
原子力ムラ、というのです。
彼らの哲学は、経済性優先です。
この原子力ムラは東電、政府、そして大学の学者たちでできています。
彼らが重要な決定をすべて下すのです。
私たちは東京で菅直人と独占インタビューした。
彼は事故当時首相で、第二次世界大戦以来初の危機に遭遇した日本をリードしなければならなかった。
彼は唖然とするような内容を次々に語った、たとえば
首相の彼にさえ事実を知らせなかったネットワークが存在することを。
マスメディアでは彼に対する嘘がばらまかれ彼は辞任に追い込まれた。
彼が原子力ムラに対抗しようとしたからである。
(菅前首相)
最大の問題点は、3月11日が起こるずっと前にしておかなければいけないものがあったのに、何もしなかったことです。
原発事故を起こした引き金は津波だったかもしれないが当然しておくべき対策をしなかったことが問題なのです。
この過失は責任者にあります。
つまり、必要であったことをしなかった、という責任です。
では原発事故の原因は地震と津波ではなかったのか?
原子力ムラの足跡を辿っていくと、嘘、仲間意識と犯罪的エネルギーの網の目に遭遇する。
調査は2つの大陸にまたがった。
まずカリフォルニアに飛んだ。
目的地はサン・フランシスコである。
私たちはある男性と話を聞く約束をしていた。
彼は長年原子炉のメンテナンスの仕事でフクシマにも何度も来ており
かなり深刻なミスや事故を東電が隠蔽するのに遭遇した。
フクシマの第1号原子炉は70年代初めにアメリカのジェネラルエレクトリック社が建設し
それ以来アメリカのエンジニアが点検を行ってきた。
そしてフクシマでは何度も問題があった。
(ハーノ記者)
東電は、点検後、なにをあなたに求めたのですか?
(スガオカ氏)
亀裂を発見した後、彼らが私に言いたかったことは簡単です。
つまり、黙れ、ですよ。
何も話すな、黙ってろ、というわけです。
問題があるなど許されない
日本の原発に問題など想定されていない
アメリカのエンジニア、ケイ・スガオカ氏も
それを変えようとすることは許されなかった。
(スガオカ氏)
1989年のことです、蒸気乾燥機でビデオ点検をしていて
そこで今まで見たこともないほど大きい亀裂を発見しました。
スガオカ氏と同僚が発見したのは、それだけではない。
(スガオカ氏)
原子炉を点検している同僚の目がみるみる大きくなったと思うと彼がこう言いました
蒸気乾燥機の向きが反対に取り付けられているぞ、と。
もともとこの原発の中心部材には重大な欠陥があったのだ。
スガオカ氏は点検の主任だったので
正しく点検を行い処理をする責任があったのだが
彼の報告は、東電の気に入らなかった。
私たちは点検で亀裂を発見しましたが、東電は私たちにビデオでその部分を消すよう注文しました。
報告書も書くな、と言うのです。
私はサインしかさせてもらえませんでした。
私が報告書を書けば、180度反対に付けられている蒸気乾燥機のことも報告するに決まっていると知っていたからです。
(ハーノ記者)
では、嘘の文書を書くよう求めたわけですか?
(スガオカ氏)
そうです、彼らは我々に文書の改ざんを要求しました。
スガオカ氏は仕事を失うのを怖れて、10年間黙秘した。
GE社に解雇されて初めて彼は沈黙を破り日本の担当官庁に告発した。
ところが不思議なことに、告発後何年間もなにも起こらなかった。
日本の原発監督官庁はそれをもみ消そうとしたのだ。
2001年になってやっと、スガオカ氏は「同士」を見つけた。
それも日本のフクシマで、である。
18年間福島県知事を務めた佐藤栄佐久氏は当時の日本の与党、保守的な自民党所属だ。
佐藤氏は古典的政治家で皇太子夫妻の旅に随行したこともある。
始めは彼も、原発は住民になんの危険ももたらさないと確信していた。
それから、その信頼をどんどん失っていった。
(佐藤前知事)
福島県の原発で働く情報提供者から約20通ファックスが届きその中にはスガオカ氏の告発も入っていました。
経産省は、その内部告発の内容を確かめずにこれら密告者の名を東電に明かしました。
それからわかったことは、私も初めは信じられませんでした。
東電は、報告書を改ざんしていたというのです。
それで私は新聞に記事を書きました。
そんなことをしていると、この先必ず大事故が起きる、と。
それでやっと官僚たちもなにもしないわけにはいかなくなり
17基の原発が一時停止に追い込まれた。
調査委員会は、東電が何十年も前から重大な事故を隠蔽し安全点検報告でデータを改ざんしてきたことを明らかにした。
それどころか、フクシマでは30年も臨界事故を隠してきたという。
社長・幹部は辞任に追い込まれ、社員は懲戒を受けたが皆新しいポストをもらい、誰も起訴されなかった。
一番の責任者であった勝俣恒久氏は代表取締役に任命された。
彼らは佐藤氏に報告書の改ざんに対し謝罪したが佐藤氏は安心できず、原発がどんどん建設されることを懸念した。
そこで佐藤氏は日本の原発政策という「暗黙のルール」に違反してしまった。
2004年に復讐が始まった。
(佐藤前知事)
12月に不正な土地取引の疑いがあるという記事が新聞に載りました。
この記事を書いたのは本来は原発政策担当の記者でした。
この疑惑は、完全にでっち上げでした。
弟が逮捕され、首相官邸担当の検察官が一時的に福島に送られて検事を務めていた。
彼の名はノリモトという名で
遅かれ早かれ、お前の兄の知事を抹殺してやる、と弟に言ったそうです。
事態は更に進み、県庁で働く200人の職員に圧力がかかり始めました。
少し私の悪口を言うだけでいいから、と。
中には2、3人、圧力に耐え切れずに自殺をする者さえ出ました。
私の下で働いていたある部長は、いまだ意識不明のままです。
それで、同僚や友人を守るため、佐藤氏は辞任した。
裁判で彼の無罪は確定されるが
しかし沈黙を破ろうとした「邪魔者」はこうして消された。
これが、日本の社会を牛耳る大きなグループの復讐だった。
そしてこれこそ、日本で原子力ムラと呼ばれるグループである。
(菅前首相)
ここ10〜20年の間、ことに原子力の危険を訴える人間に対する
あらゆる形での圧力が非常に増えています。
大学の研究者が原発には危険が伴うなどとでも言おうものなら出世のチャンスは絶対に回ってきません。
政治家はあらゆる援助を電力会社などから受けています。
しかし、彼らが原発の危険性などを問題にすれば、そうした援助はすぐに受けられなくなります。
反対に、原発を推進すれば、多額の献金が入り込みます。
それは文化に関しても同じでスポーツやマスコミも含みます。
このように網の目が細かく張りめぐらされて原発に対する批判がまったくなされない環境が作り上げられてしまいました。
ですから原子力ムラというのは決して小さい領域ではなくて国全体にはびこる問題なのです。
誰もが、この原子力ムラに閉じ込められているのです。
東電から献金を受け取っている100人以上の議員に菅首相は立ち向かった。
その中には前の首相もいる。やはり彼と同じ政党所属だ。
ネットワークは思う以上に大きい。
多くの官僚は定年退職すると、電事業関連の会社に再就職する。
1962年以来東電の副社長のポストは原発の監査を行うエネルギー庁のトップ官僚の指定席だ。
これを日本では天下り、と呼んでいる。
しかし反対の例もある。
東電副社長だった加納時男氏は当時与党だった自民党に入党し12年間、日本のエネルギー政策を担当し
それからまた東電に戻った。
このネットワークについて衆議院議員の河野太郎氏と話した。
河野氏の家族は代々政治家で彼の父も外相を務めた。
彼は、第二次世界大戦後日本を約60年間に渡り支配した自民党に所属している。
原発をあれだけ政策として推進してきたのは自民党である。
(河野議員)
誰も、日本で原発事故など起こるはずがない、と言い続けてきました。
だから、万が一のことがあったらどうすべきか、という準備も一切してこなかったのです。
それだけでなく、原発を立地する地方の行政にも危険に対する情報をなにひとつ与えてこなかった。
いつでも、お前たちはなにも心配しなくていい
万が一のことなど起こるはずがないのだから、と。
彼らはずっとこの幻想をばらまき事実を歪曲してきた
そして今やっと、すべて嘘だったことを認めざるを得なくなったのです。
この雰囲気が2011年3月11日に壊れた。
日本がこれまでに遭遇したことのない大事故が起きてからだ。
14時46分に日本をこれまで最大規模の地震が襲った。
マグニチュード9だった。
しかし、地震は太平洋沖で始まったその後のホラーの引き金に過ぎなかった。
時速数百キロという激しい波が津波となって日本の東部沿岸を襲った。
津波は場所によっては30メートルの高さがあり町や村をのみこみ消滅させてしまった。
約2万人の人がこの津波で命を失った。
そして福島第一にも津波が押し寄せた。
ここの防波堤は6メートルしかなかった。
津波の警告を本気にせず処置を取らなかった東電や原発を監査する当局は
警告を無視しただけでなく、立地場所すら変更していたのだ。
(菅前首相)
もともとは、原発は35mの高さに建てられる予定でした。
しかし標高10mの位置で掘削整地しそこに原発を建設したのです。
低いところの方が冷却に必要な海水をくみ上げやすいという理由で。
東電がはっきり、この方が経済的に効率が高いと書いています。
巨大な津波が、地震で損傷を受けた福島第一を完全ノックアウトした。
まず電源が切れ、それから非常用発電機が津波で流されてしまった。
あまりに低い場所に置いてあったからである。
電気がなければ原子炉冷却はできない。
(菅前首相)
法律ではどの原発もオフサイトサンターを用意することが義務付けられています。
福島第一ではその電源センターが原発から5キロ離れたところにあります。
これは津波の後、1分と機能しなかった。
それは職員が地震があったために、そこにすぐたどりつけなかったからです。
それで電源は失われたままでした。
こうして送電に必要な器具はすべて作動しませんでした。
つまりオフサイトサンターは、本当の非常時になんの機能も果たさなかったということです。
法律では原発事故と地震が同時に起こるということすら想定していなかったのです。
菅直人はこの時、原発で起こりつつある非常事態について、ほとんど情報を得ていなかった。
首相である彼は、テレビの報道で初めて、福島第一で爆発があったことを知ることになる。
(菅前首相)
東電からは、その事故の報道があって1時間以上経ってもなにが原因でどういう爆発があったのかという説明が一切なかった。
あの状況では確かに詳しく究明することは難しかったのかもしれないが、
それでも東電は状況を判断し、それを説明しなければいけなかったはずです。
しかし、それを彼らは充分に努力しませんでした。
2011年3月15日、災害から4日経ってもまだ
東電と保安院は事故の危険を過小評価し続けていた。
しかし東電は菅首相に内密で会い、職員を福島第一から撤退させてもいいか打診した。
今撤退させなければ、全員死ぬことになる、というのだ。
(菅前首相)
それで私はまず東電の社長に来てもらい、撤退はぜったい認められない、と伝えた。
誰もいなくなればメルトダウンが起き、そうすれば莫大な量の放射能が大気に出ることになってしまう。
そうなってしまえば広大な土地が住めない状態になってしまいます。
菅は初めから東電を信用できず、自分の目で確かめるためヘリコプターで視察した。
しかし首相である彼にも当時伝えられていなかったことは、フクシマの3つの原子炉ですでにメルトダウンが起きていたということだ。
それも災害の起きた3月11日の夜にすでに。
(菅前首相)
東電の報告にも、東電を監査していた保安院の報告にも、燃料棒が損傷しているとかメルトダウンに至ったなどということは一言も書かれていなかった。
3月15日には、そのような状況にはまだ至っていないという報告が私に上がっていました。
事故からほぼ1年が経った東京。
世界中であらゆる専門家が予想していたメルトダウンの事実を東電が認めるまでなぜ2ヶ月も要したのか、私たちは聞こうと思った。
自然災害が起きてからすぐにこの原発の大事故は起きていたのである。
(ハーノ記者)
「原子炉1号機、2号機そして3号機でメルトダウンになったことを、東電はいつ知ったのですか」
(東電・松本氏)
「私どもは目で見るわけにはいきませんが、上がってきましたデータをもとに事態を推定し燃料棒が溶けおそらく圧力容器の底に溜まっているだろう、という認識に達したのは5月の初めでした。」
膨大なデータに身を隠そうとする態度は今日も変わらない。
東電は、毎日行う記者会見でこれらのデータを見せながら、事態はコントロール下にあると言い続けている。
しかしこれらのデータの中には、本当に責任者たちはなにをしているのかわかっているか、疑いたくなるような情報がある。
たとえばスポークスマンはついでのことのように、放射能で汚染された冷却水が「消えてしまった」と説明した。 
理由は、原発施設ではびこる雑草でホースが穴だらけになっているという。
(ハーノ記者)
「放射能で汚染された水を運ぶホースが
雑草で穴が開くような材料でできているというのですか?」
(東電・松本氏)
「草地に配管するのは私たちも初めてのことですが、穴があくなどのことについては知見が不十分だったと思っています。」
しかし原発の廃墟をさらに危険にしているのは雑草だけではない。
私たちは富岡町に向かった。
ゴーストタウンだ。
原発廃墟の福島第一から7キロのところにある。
私たちはナカ氏に便乗した。
彼のような住民は、個人的なものをとりに行くためだけに短時間だけ帰ることが許されている。
彼は、地震に見舞われた状態のまま放り出された会社を見せてくれた。
今では放射能のため、ここに暮らすことはできない。
(ナカ氏)
この木造の建物はとても快適でした。
とても静かで、夏は涼しく、冬は暖かかった。
私たちは皆ここで幸せに暮らしていました。
80人の原発専門のエンジニアが彼のもとで働いており
原発事故後も、事故をできるだけ早く収束しようと努力している。
ナカ氏と彼の社員は、原発廃墟で今本当になにが起きているのか知っている。
(ナカ氏)
私たちの最大の不安は、近い将来、廃墟の原発で働いてくれる専門家がいなくなってしまうことです。
あそこで働く者は誰でも、大量の放射能を浴びています。
どこから充分な数の専門家を集めればいいか、わかりません。
しかし、まだ被爆していない原発の専門家を集めなければ事故を収束するのは不可能だ。
例えこれから40年間、充分な専門家を集められたとしても、日本も世界も変えてしまうことになるかもしれない一つの問題が残る
(ハーノ記者)
今原発は安全なのですか?
(ナカ氏)
そう東電と政府は言っていますが
働いている職員はそんなことは思っていません。とても危険な状態です。
私が一番心配しているのは4号機です。
この建物は地震でかなり損傷しているだけでなく、この4階にある使用済み燃料プールには約1300の使用済み燃料が冷却されています。
その上の階には新しい燃料棒が保管されていて、非常に重い機械類が置いてあります。
なにもかもとても重いのです。もう一度大地震が来れば建物は崩壊してしまうはずです。
そういうことになれば、また新たな臨界が起こるでしょう。
このような臨界が青空の下で起これば、日本にとって致命的なものとなるだろう。
放射能はすぐに致死量に達し、原発サイトで働くことは不可能となる。
そうすれば高い確率で第1、2、3、 5、 6号機もすべてが抑制できなくなり、まさにこの世の終わりとなってしまうだろう。
東京で著名な地震学者の島村英紀氏に会った。
2月に東大地震研が地震予知を発表したが、それによれば75%の確率で4年以内に首都を直下型地震が襲うと予測されている。
(ハーノ記者)
このような地震があった場合に原発が壊滅して確率はどのくらいだとお考えですか?
(島村教授)
−はい、とても確率は高いです。
(ハーノ記者) 
−どうしてですか?
(島村教授)
計測している地震揺れ速度が、これまでの予測よりずっと速まってきています。
私たちはここ数年千以上の特別測定器を配置して調査してきましたが
それで想像以上に地震波が強まり、速度も増していることがわかったのです。
これは日本の建築物にとって大変な意味を持つだけでなく、原発にとっても重大な問題となることを島村氏は説明する。
(島村教授)
これが原発の設計計算です。
将来加速度300~450ガルの地震が来ることを想定しています。
そして高確率で発生しないだろう地震として600ガルまでを想定していますが
この大きさに耐えられる設計は原子炉の格納容器だけで
原発のほかの構造はそれだけの耐震設計がされていないのです。
しかし私たちの調査では、最近の地震の加速度がなんと4000ガルまで達したことがわかっています。
想定されている値よりずっと高いのです。
(ハーノ記者) 
電気会社は、それを知って増強をしなかったのですか?
(島村教授)
今のところ何もしていません、不十分であることは確かです。
これだけの地震に耐えられるだけの設計をしようなどというのは、ほとんど不可能でしょう。
ここは原発廃墟から60キロ離れた場所だ。
フクシマ災害対策本部では東電、保安院、福島県庁が共同で原発の地獄の炎を鎮火するための闘いの調整をはかっている。
私たちは東電の災害対策部責任者にインタビューした。
ことに彼に訊きたいのはどうやって今後これだけ損傷している原発を大地震から守るつもりなのか、ということだ。
ことに、危ぶまれている4号機について訊いた。
(東電・白井氏)
4号機の使用済み燃料プールには夥しい量の使用済み燃料が入っています。
これをすべて安全に保つためには、燃料プールの増強が必要です。
燃料プールのある階の真下に、新しい梁をつけました。
(ハーノ記者) 
原発はほとんど破壊したといってもいいわけですが
原発が健在だった1年前ですら大地震に耐えられなかった構造で
どうやって次の地震に備えるつもりなのでしょうか?
(東電・白井氏)
我々は耐震調査を4号機に限らず全体で行いました。
その結果、問題ないという判断が出ています。
(ハーノ記者) 
でも地震学者たちは4000ガルまでの地震加速度が測定されていて、これだけの地震に耐えられるだけの原発構造はないと言っています。
半壊状態のフクシマの原発の真下でそのような地震が来ても全壊することはないと、なぜ確信がもてるのですか?
(東電・白井氏)
その4000ガルという計算は別の調査ではないでしょうか。
それに関しては、私は何とも言いかねます。
(ハーノ記者) 
原発を日本で稼動させるだけの心構えが、東電にできているとお考えですか?
(東電・白井氏)
それは答えるのが難しいですね。
(ナカ氏)
これがやってきたことの結果です。
この結果を人類はちゃんと知るべきだと思います。
一緒に未来の政策をつくっていくことができるように


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転載終わり
 本記事の拡散を是非ともお願い致します。同じ間違いを人類がこれ以上繰り返さないために、ご協力をお願い致します。
以上

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崇教真光では今から20年前までは世界総本山への個人参拝が自由に認められていたため、バスだけでなく自家用車や電車など公共機関での参拝が広く行われていました。

しかし、オウム真理教事件以降、新興宗教への風当たりが悪くなりだした頃から個人参拝を認めなくなり、原則参拝は教団がチャーターしたバスだけになりました。
しかし、現在も教団幹部だけは個人参拝が自由に認められており、私がかつて所属していた道場の道場長と導士は月始祭や大祭への参拝を毎回道場車(各道場にある教団の公用車)で行っていました。




なぜこのようになったのか?

結論を言うと、組み手と高山市民との接触を避けるため。(情報操作)
組み手を疲れさせて、洗脳しやすくするためです。後述する世界総本山内での断食も同じ効果。




教団は、「バス参拝しか認めていないのは、教団行事時に世界総本山前で発生する渋滞を緩和するため」だと主張していますが、これが間違いです。

高山市民ならご存知だと思いますが、余計に渋滞が悪化しているからです。
今まで電車で高山駅まで来たり、周辺のホテル・民宿に泊まって(車はホテル・民宿の駐車場に停めさせてもらう)、歩いて世界総本山まで来ていた組み手が全てバス参拝になるのですから、その分バスが増えて渋滞が悪化しているのです。

渋滞緩和が目的なら、電車参拝をさらに増やして高山駅から歩かせる組み手を増やせばいい話。
バス参拝で渋滞緩和出来るなら、まずは教団幹部全てを組み手と同じバスに乗せて下さいね。
組み手は窮屈なバス参拝を強いられている中で、教団幹部だけは優雅に乗用車で参拝し、高山観光(幹部から聞いたことがある)までして来る始末。
崇教真光ではこのようにカースト制度が存在します。
感謝自由なんて口先だけ。




崇教真光のバス参拝は完全車中泊であり、一般の夜行バスと違い自由に座席を倒すことができませんし、音楽も流れませんし、出入り口と客席を隔離するためのカーテンもありません。そして、通路席まで組み手で埋まることもあります。
(脱会後、一般の夜行バスに乗った時は、余りの乗り心地の良さに感動したくらいです)

しかも、飲食は世界総本山に来るまでに立ち寄るサービスエリア又は車内で済まさなければなりません。
何しろ、世界総本山の敷地内はご飯を食べることが禁止されており、世界総本山にいる間は断食状態となるからです。
(ただし、岡田光玉がヘビースモーカーだったため、禁煙が叫ばれている今日でも神聖であるはずの世界総本山敷地内に喫煙所があります。世界総本山行事の御奉仕者は、ご飯のことを「例の件」という呼び名で伝え、ターミナル棟のティーサーバーの裏の部屋など組み手から見えない所でご飯を食べる。組み手から「ワシらは何も食べてないのに、お前らだけ食べるとは何事か」と不満を持たせないための工夫)


世界総本山の教団行事中は、組み手であっても事前に所属道場長の許可を得た者だけしか敷地中に入れないよう厳重に警備されていますが、
さらに、世界総本山の行事中は、休憩時間であっても世界総本山の敷地外へ一歩たりとも出てはいけないのです。
これは、内部情報が外部へ一切漏洩しないように、秘密主義を徹底しているため。


だから、組み手は高山市内を自由に歩くことができないどころか、世界総本山から一歩たりとも出ることすら出来ないのです。
バスで世界総本山内に入ったら外に出られず、教団行事が終わればそのままバスまで直行。
まるで組み手がバスで護送される刑務所の囚人みたいに見えて来ます。


組み手は高山市民と接触していない上に、インターネットを禁止されているため、崇教真光は高山市民から歓迎されていると思い込まされています。




前述しましたが、バス参拝の強制は高山市民との接触を避けるという情報統制が主目的ですが、
疲れさせて洗脳しやすくする目的もあります。


かつてアドルフヒトラーは講演を行う時、必ず夜に行いました。
何故なら、観衆は仕事が終わって疲れており、疲れている人間は洗脳しやすいと心理学上明らかになっています。
さらに、夜の真っ暗な中で焦らせて観衆を待たせ、「ヒトラーはまだ出てこないのか!」という苛立ちがピークに達した時にライトが照らされヒトラーが出現する演出は、心理的効果をもたらしました。


崇教真光の月始祭や大祭に参拝された方ならわかると思いますが、まるで崇教真光の行事そのものなのです。

崇教真光のバス参拝では、世界総本山からの帰りのみビデオを見ることがあるのも、帰りは疲れさせる必要がないため、むしろ世界総本山参拝してよかったー、と思わせるためだと考えられます。






余談ですが、ひるがの高原サービスエリアの女子トイレが、教団行事がある第1土曜日(第1日曜になることもある)の午後に非常に渋滞することがありますが、全て崇教真光のせいです。

高山市内には、高山中道場(錬成館や統監部も入っている)という五階建ての鉄筋コンクリート造りのビルがありますが、高山市内には組み手は殆どいません。
何故なら、世界総本山前が建立される前から高山市民の崇教真光に対する評判が悪く、多くの組み手が高山市外へ引っ越したからです。
だから、高山市内に中道場が建つはずがないのですが、教団としてのメンツから建てているに過ぎません。

本当に崇教真光が高山市民から愛されていたら、高山市が真光市になっているはずです。天理市みたいに。

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山本五十六さんの名言

イメージ 1




「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。」
はどこかでみたことがある人は多いのではないでしょうか。


しかし続きがあるんです。


後半部分の
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。」

「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」は今回初めて知りました。

人を育てる秘訣は共感であり、信頼がなければならないのです。

「信頼と感謝」は人間関係の基本ですね。


崇教真光は口では信頼感謝と言いますが、信頼と感謝とは無縁のお互いを監視し合う世界でした。





山本五十六さんは海軍ですが、海軍には立派な将校が多いと聞きます。


一方、陸軍には水木しげるさんの漫画にもありますが、あまり立派な将校は出て来ません。
海軍とは対照的で力で部下を抑え込む将校が多いです。

戦後、陸軍将校から数多くの新興宗教の教祖が発生しました。
真光の岡田光玉は陸軍中佐でした。


なぜ海軍と陸軍でここまで違うのか?
現在調査中ですが、将校の見聞の広さが関係しているのではないかと考えています。

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日本は国政の立候補費用を海外先進国とは比較にならぬ程高額に設定する事で貧乏人の立候補権を封じ込め、
一部の金持ちと親の七光りしか政治家になれぬようにしる。


無理に立候補しても、政府に文句が言えない報道機関が不公平な報道で世襲を当選させ、
庶民がこの人物ならまだマシだと言いながら投票しても公約違反に裏切られる。


そして、親の金で議席を買ったような連中が、公僕の給料上げたり使いきれない金は外国に捨てる等し、
自分の議席を守る為に必死で現状の格差を維持している。



カネ無くば国政立候補はできない海外移住もできない。
逃げられない逆らえないようにして納税と投票だけさせる手口。




で、雇われた下請けの広告代理店が
「貧困は自己責任☆怠け者の言い訳だ☆」等と言い回る。




議会制民主主義を模したカースト制度に民衆なすすべ無し!



まるで崇教真光そのもの。

ただ、崇教真光には「不幸な目に遭えば、過去世で自分がやってきたことが返って来ただけだから、加害者に感謝お詫びせよ」なんてキチガイ教義と医療否定殺人まであるから、日本・中国・北朝鮮の方がまだマシなんです。





以前から指摘していましたが、
日本会議を通じてカルト宗教から得られたマインドコントロール術を、国民を支配するために利用しているのではないか。

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以前、真光被害者の会にてコメントしましたが、再度ブログでも公開します。


私がまだ子供の頃、道場の御神前で直会があった時のことです。

酒に酔った一般組み手のジジイが「○○ちゃん誘惑したろうか」と私の乳首や股間を触ってきたのです。

しかも、周りの大人組み手は全くやめさせようとしませんでした。


なぜやめさせようとしないのか?
それは、真光では不幸な目に遭えば過去世で自分自身がやってきたことが返ってきただけだから、加害者にお詫び感謝せよ。というキチガイじみた教義があるからです。
そういえば、オウム真理教にも同じ教えがありましたね。
この教えが拡大した結果、崇教真光やライフスペースでも起きている信者殺害から始まり、とうとうサリン事件まで起きたのです。




性的嫌がらせは多くのカルト宗教内部で起きていますが、「不幸な目に遭えば加害者に感謝お詫びせよ」なんて教えているカルト宗教は中々ありません。
むしろ、創価学会や幸福の科学では「攻撃するものには論破せよ」と教えています。

普通のカルト宗教では、お偉いさんが信者から性的搾取が出来ても一般信者がそんなことをすれば周りから糾弾されるのが普通です。

しかし、崇教真光の一般組み手のジジイは周りから一切糾弾されない。悪いことをした者勝ちなのが、崇教真光の実態です。


崇教真光はオウム真理教と酷似していると言われますが、崇教真光もいつテロ事件が発生してもおかしくない危険集団であることを自覚する必要があります。




ちなみに、そのジジイは自宅に御神体を奉体し祭主でもあるのですが、今から十数年前に癌で苦しみ悶えて亡くなったと遺族からこっそり聞きました。
崇教真光では、組み手の病死変死は一切公開しませんし、遺族に口止めするため、なかなか公になりません。

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