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ブコウスキー&メリメ

8月20日以降の分。あれ、ちょっと少なめかな。

「酔いどれ詩人になる前に」を観た余韻で、頭の中はまだブコウスキー。当然、いまもビール飲んでます。


「ありきたりの狂気の物語」チャールズ・ブコウスキー

ブクはやっぱり飲んでばかりいる。女とやることだけを考えている。競馬のことを考えているとき以外は。でも書いた。書き続けた。☆4


「パルプ」チャールズ・ブコウスキー

めちゃくちゃ。酒飲むか、ケツのアナをののしるか、宇宙人の相手をするかしていると、なぜか事件が解決。☆4


「エトルリヤの壺」メリメ

1830年頃に執筆された短編集。運命的なあらがえないものを感じます。もしくは土地の呪縛。「マテオ・ファルコネ」と「タマンゴ」に☆4


「サイバージャーナリズム論 「それから」のマスメディア」

ネットとジャーナリズムについて論じているように思われるが、この本にある議論は、何も分かっちゃいない、の一言。情報をどう伝えるかという媒体論に過ぎないね。おまえのハートには、伝えたいことがあるのか? それ以上でも以下でもないんだよ。☆1.5


「短歌を楽しむ」栗木京子

31音の宇宙。☆3

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お読みいただいたようで、ありがとうございます。

>ネットとジャーナリズムについて論じているように思われるが、この本にある議論は、何も分かっちゃいない、の一言。情報をどう伝えるかという媒体論に過ぎないね

おっしゃるとおりかもしれませんね。
媒体論だけでは、いまのネットとジャーナリズムを語ることはできぬ。それが2007年なのでしょうね。

ありがとうございました。 削除

2007/9/3(月) 午後 0:12 [ スポンタ中村 ] 返信する

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スポンタ中村さん コメント有り難うございます。媒体論そのものは必要でしょうが、合わせて論ぜられるべきブログジャーナリズムの「ism」って何なのかということがスッポリ抜けていたことにガッカリしました。ブログの出現で「ism」を誰でも持てるようになったのに、批評ならぬ批判、主張ならぬ押しつけがジャーナリズムだと勘違いされているのが現状ではないかなと。一種圧力団体のようになりかねないネット上の言論が、いつか「ジャーナリズム」と呼べるようになることを信じつつ。

2007/9/9(日) 午後 5:14 no_**su 返信する

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リプライありがとうございます。

izmですか。おもしろい視点ですね。
おっしゃるとおり、izmというのが、一番の問題でしょうね。

オウム真理教などはizmの極地であった…。

圧力団体化の問題は、クレーマーマーケッティングのことであり、圧力団体の提出する言論に、重要度のリモートタグがついていないのに、被圧力者は重要度の高いものと誤解して対応せざるをえない。それが問題でしょうね。

オウム真理教も2007年の今ならリモートタグがつけられていたはず。
M氏関連がいまだにリモートタグを付け続けられている現状をみれば、ウェブの健全性は守られていると感じる…。

1993年のオウム批判のムーブメントはパソコン通信のsns的コミュニティーに閉じられて存在したが、いまは2ちゃんねるを通じてマスコミまでにも浸透しやすくなっています。




リモートタグのオーソライズというムーブメントが今後起こってくるだろうし、起こさなければならないと思っています。

ありがとうございました。 削除

2007/9/16(日) 午前 8:45 [ スポンタ ] 返信する

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