顕正会から日蓮正宗法華講へ移ったブログ

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本日、新潟県まで赴き、


元顕正会班長の女性の御受戒が叶いました


彼女は自分との電話ですぐに、素直に御受戒を決意されました


「顕正会では勉強ができない

「顕正会で功徳を感じるどころか不幸を感じた

「同志や先輩は良くしてくれたが、生命力がないように感じた

などと仰っておりました



御受戒をしてくださった御住職様も、奥様も、とても良い方でした



彼女は御受戒で御本尊様を頭に頂いたときには涙が止まらなかったそうで、

「頭の中のモヤモヤしたものがとれてすっきりしました

「視界が開けました

「理屈じゃなく日蓮正宗が本物と確信しました


と自分に感想を述べてくださいました



もっともっと力をつけて、
御本尊様の御加護をたまわり、

これからも多くの真面目な顕正会員を救っていきたいです




そして、御受戒とは別に…

今日は、新潟布教区のお友達二人とも初めてお会いでき、楽しい思い出もできました

同じ新潟とはいえ少し離れている場所から、わざわざ来て頂きましたm(_ _)m

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手抜きなのは申し訳ありませんが…


写真は全て、「冨士」昭和37年10月号 (冨士第4号)です


この号は、現浅井会長により、


「初級講習講本」


として特集が組まれており、その中の、


「第二章 仏法の実践」

の、一番始め、


「御本尊と観心」
(3枚目左上)


こちらに、写真4枚目の文証があります


いわく、


「日蓮正宗以外の諸宗の本尊は悉く内容のないデタラメ本尊か、或いは時機不相応の熟脱の御本尊、」


ときて、


「或いは大聖人からの付嘱もない者の勝手に作りあげた偽本尊である。」


と、浅井会長は重大なことを述べております


大聖人からの付嘱がない者が、勝手に御本尊様を作ってはいけないのです


それは偽本尊なのです



最近、顕正会員の中でも、


「顕正会の御本尊はコピー本尊だろう。だけど別に問題はない。」


などと言う人が多い


とのことで、


以前載せたことがある文証でしたが、

再掲させて頂きました

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「浅井先生だけを信じてれば良い」

と、顕正会員は良く言いますね



自分は幸運だったのか、顕正会入信当初から、

「“時の貫首たりといえども…”だから、浅井先生も間違えるかもしれない

「日蓮大聖人と戒壇の大御本尊様は絶対だけど、浅井先生はいつか池田会長のように魔に誑かされることもあるかもしれない


と思えておりました


それを先輩に話し、

「その考えは危ないよ。試練と忍従の歴史を読んだ方が良いよ。」

と言われて読んだ後も、ずっとその考えは根っ子から離れませんでした


ただし、何度か組織の問題が起きたことから、

「信頼していたあの人が。。誰を信じたら良いんだろう??」

となり、

「やっぱり上の幹部より浅井先生を見つめていこう」

くらいはありましたが。。



顕正会員は、浅井会長の上の日蓮大聖人をみつめようとはなかなかしません。

いや、できないようになっております。


大聖人の直接の教えである御書は、浅井会長によってしか勉強させてもらえない、読むことができない。


昔の顕正新聞・冨士を使って指導することも禁じられているため、


顕正会員が「学びたい」「後輩に学ばせたい」と思ったら、浅井会長が書いた書籍以外にはない。

せいぜい法門について専門的に勉強できるのは、「南無日蓮大聖人」と、「立正安国論」くらいで、

あとは法門のことは、「基礎教学書」で勉強するぐらいしかない



これは、普通に考えれば随分と狭いはずが…


「難しいことはわからなくて良い。一念信解で良い。」

「浅井先生しか御書は正しく読めない。」

「亡国まで時間がないんだから、学ぶよりも活動しよう。」

とだいたい説得されてしまいますね(>_<)



浅井会長しか御書を正しく読めないというその根拠は何なのでしょう


浅井会長に血脈はありませんよね


「日達上人は相承を授けることができなかった」

と浅井会長は言いますし、

日淳上人においても、妙信講再建から僅かで、
「試練と忍従」(自称)時代すら始まってない時期に御遷化されたわけですから、

ましてや血脈相承は僧侶のみ、しかも当然上の立場の方に限られるのですから、

浅井会長が日淳上人から血脈相承を受けている道理はありません


付嘱の法体たる戒壇の大御本尊様も、富士大石寺で厳護されており、
浅井会長はせいぜい祈って護るのみです


血脈がない人に、御書が正しく読める道理は、断じてありません


日蓮正宗では、在家信徒が御書を正式に講義することはできず、

僧侶となり、「教師」の資格を得ることで、

「執事」「副住職」「住職」などの立場として初めて正式に講義ができるのです
(もちろん、toyoda.tvの樋田さんのように組織内で御書を用いて感激を語ることは許されるはずですが。)


なので、


「浅井先生一人が正しく御書を読める」


は、絶対に間違いです



そして、こちらの記事に行きつくのです
(ガラケーでも読めるライブドアブログの方です)

http://blog.livedoor.jp/no_sleep502/archives/17520655.html

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写真1、2枚目は、顕正新聞平成16年6月5日号

写真3枚目は、顕正新聞平成17年1月15日号

写真4枚目は、顕正新聞平成24年5月15日号


浅井会長は写真の顕正新聞のように、

「追い詰めてはいけない

と指導します


しかし、


現実は、班長以上の幹部はほとんど、追い詰められる厳しい指導を受けます



そして、こちらのブログ

http://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/14724527.html

のSOPH…さん、暖楽鳥さんの証言のように、


「追い詰めたくなくても、追い詰めざるを得なくなる」


このジレンマを抱えた幹部さんもたくさんいるのだと思います


先日、現役区長のお立場から顕正会を除名になられた、

元女子部第3区長さんもそうだったようです

SOPH…さんのブログから引用させて頂きます


区員の結婚の話の事や、
それがなかなかさせてあげれない状況にある事。
もっと時間を与えてあげたい。
もっと自由にさせてあげたい。。
でも、それが出来ないこと。。。


重なる幹部への不信感に無慈悲な対応、
時には感情的と思われる様な怒りをぶつけられる事。
我慢に我慢を重ねても出口が見えてこない事。。

苦しい─


(ここまで。)



正しいはずの団体で、

白蓮華のはずの団体で、

御本尊の御加護があるはずの団体で、


このような苦しみが生まれるものなのでしょうか


悪いのはその上の幹部だけでしょうか


顕正会で一番上の幹部は、いったい誰でしょうか



区長・隊長を追い詰めるのは総務・部長などとなるでしょうが、

その総務・部長も、きっと本当は、区長・隊長を追い詰めたくて追い詰めているわけではないはずです


もちろん、総男子部長・総合女子部長においておや、でしょう


そもそも、「人を追い詰めるのが好きだ」なんて方が、そうそういるはずはないですし、

顕正会員は、真面目で責任感のある性格の方ばかりです



となると、元凶は何なのか!?



それは、


「浅井会長が、誓願という名の、力(ちから)以上のノルマを課していること


それと、


「偽本尊の害毒」


これ以外にありましょうか


数字(誓願)の逆算からの焦り、

そして、

偽本尊によって、一人一人が心の余裕を持てない人格になってしまい、

御加護もないから、いくら祈っても成果につながらない焦りから、本意ではないながらも、下を追い詰めてしまう
(そしてそれを自分の中で正当化する)


これだと思います



もちろん、顕正会版偽本尊を作った責任も浅井会長ですから…



全ての責任は、浅井会長にある


自分はそう思います

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第65世日淳上人は、

「仏法に於ては正法が混乱をしないやうに相承の道を立てて明らかにされてあるのであります。それで此の相承のあとを尋ねてゆけば正しい仏法か、間違った仏法かを知ることができるのであります」

(写真1枚目、「日淳上人全集」605ページ)


第64世日昇上人は、

「由来法門上の異説異見は何によつて起こるかといえば機根が猶お未だ熟さないうちに自らを省みず直ちに御書の一分一義に執して妄断するからである。即ち我見に任せて己義を立つるからである。古来仏法に於いて相承を尊び師伝を重んずるのは一に此の弊をなからしむるためである。聖祖は『法華経は相伝に非ずんば知り難し』と仰せられている。蓋し仏法の奥底は相伝によつて正しく理解することが出来るからである」

(写真2枚目、『日蓮正宗聖典』4ページ)


と仰せられております
(ちなみに2人とも、“国立戒壇”の名称を使ったことがある歴代上人ですね。)



さて…


相承があったと認めている日達上人を、

顕正会は信ぜず、

今や呼び捨てにまですることは、

この2つの御文から見てどうなのでしょうか


どう考えてもおかしいですよね


また逆に考えて、

相承されていない浅井会長が正しい道理は、

この2つの御文から見て、全くありません



顕正会員さん、


両上人のお言葉、心肝に染めてください



ご相談・ご質問などはお気軽にこちらまで
09067099368
no_sleep502goal@yahoo.co.jp
no-sleep.jcksmk@ezweb.ne.jp
(携帯アドレスは、携帯メール・ヤフーメール・Gmailのみ)

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