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【創世記34章】
34:25 三日目になって、男たちがまだ傷の痛みに苦しんでいたとき、ヤコブの二人の息子、つまりディナの兄のシメオンとレビは、めいめい剣を取って難なく町に入り、男たちをことごとく殺した。
34:26 ハモルと息子シケムも剣にかけて殺し、シケムの家からディナを連れ出した。
34:27 ヤコブの息子たちは、倒れている者たちに襲いかかり、更に町中を略奪した。自分たちの妹を汚したからである。
34:28 そして、羊や牛やろばなど、町の中のものも野にあるものも奪い取り、
34:29 家の中にあるものもみな奪い、女も子供もすべて捕虜にした。
シケムの地は、かつて主がアブラハムに現れて、「あなたの子孫にこの土地を与える」とお告げになり、そのためにアブラハムが祭壇を築いた土地です。ヤコブは、兄との再会を果たし、ようやくこの土地で落ち着いた生活をしようと思っていたのではないでしょうか。しかし、ここでもある問題が生じました。
ヤコブとレアの娘ディナが、その土地の娘たちに会いに出かけている間に、ヒビ人ハモルの息子シケムが、彼女を見かけて捕え、共に寝て辱めたのです。この土地では、このようなことが日常茶飯事で行われていたのかも知れません。そういう意味では、ディナはあまりにも無用心であり、そもそも土地の娘たちに会いに行ったことからして、異教的な風俗習慣に影響を受けていた可能性もあります。
ところで、シケムはディナに心を奪われ、父ハモルを介して、ディナとの結婚を申し込んできました。この辺りは、一見丁寧な対応にも思えますが、そもそも自分のした行為についての謝罪はまったくありません。おまけに、結婚の条件として割礼を受けるように言われると、シケムは同族の人々にこう告げたのです。
「そうすれば、彼らの家畜の群れも財産も動物もみな、我々のものになるではないか。それには、ただ彼らの条件に同意さえすれば、彼らは我々と一緒に住むことができるのだ。」(23節) この辺にシケムの本音が見え隠れしているようです。やはり、以前から警告されていたように、カナン人とは、距離を保って生きるべきだったのです(創世記24:3、37、27:46、28:1、6、8他参照)。
一方、ディナの兄シメオンとレビは、この事で激しく憤っていました。そして、シケムたちが割礼を受けて痛んでいる間に、彼らをことごとく殺して、町中を略奪してしまったのです。たとえ妹のためとは言え、これは決して許される行為ではありません。結局、そのために、ヤコブたちは周囲の民族から憎まれるようになり、それ以上その土地にいることができなくなってしまったのです。
こうなると、どっちもどっち!という気もしてきますが、大切なことは、神様の祝福の下に生き続けるには、悪しき影響を受けぬよう、距離を保つことが必要とされることがあるということです。私たちの生きている社会を見れば、それは明らかなことに違いありません。
神様の祝福がありますように。
平塚修久
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初めまして。記事の結論に共感しております。
創世記34章はクリスチャンの親に対して警告を与えていると思います。子供たちが悪しき習慣を持つ人たちと分離していなければ、子供たちは誘惑と妥協の場に曝されてしまい、恥と災害の帰結を受け取ることになりかねません。
2011/8/6(土) 午後 4:02
コメントありがとうございます。確かにここには、クリスチャンの両親に対する警告があるに違いありません。この世の悪い影響を避けると共に、宣教、隣人愛など、この世に良き影響を与えていくことも、大切に伝えていきたいですね。
2011/8/11(木) 午後 10:49