マラキ書3章―神様への全幅の信頼をもって生きる
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【マラキ書3章】 3:7 あなたたちは先祖の時代から/わたしの掟を離れ、それを守らなかった。立ち帰れ、わたしに。そうすれば、わたしもあなたたちに立ち帰ると/万軍の主は言われる。しかし、あなたたちは言う/どのように立ち帰ればよいのか、と。
3:8 人は神を偽りうるか。あなたたちはわたしを偽っていながら/どのようにあなたを偽っていますか、と言う。それは、十分の一の献げ物と/献納物においてである。 マラキ書と言えば…“什一献金”を思い浮かべるクリスチャンがたくさんいるのではないでしょうか。その御言葉がこの箇所です。それは、「立ち帰れ!」という神様の悔い改めの勧告に関連して教えられました。 神の掟を離れ、それを守ろうとしない人々に向って、神様は、「立ち帰れ、わたしに」と呼びかけ、「あなたたちはわたしを偽っている」と警告しました。しかし、人々は、「どのように立ち帰ればよいのか」、そもそも「どのようにあなたを偽っていますか」と、自分たちの罪や偽善を認めるどころか、気づいてさえいない状態だったのです。 このとき人々は、生活もままならない状況に不満を覚え、神様への不信感でいっぱいになっていました。十一献金なんかしちゃいられない、そんなことしたって何になるって言うんだ!と人々は思っていたのです。 しかし、神様は言われました。 3:10 十分の一の献げ物をすべて倉に運び/わたしの家に食物があるようにせよ。これによって、わたしを試してみよと/万軍の主は言われる。必ず、わたしはあなたたちのために/天の窓を開き/祝福を限りなく注ぐであろう。 「これによって、わたしを試してみよ」…これは「わたしを信頼せよ」という呼びかけです。つまり、十分の一の献げ物とは、神様への信頼を意味しているのです。神様は、主に信頼する者たちのために、必ず、天の窓を開き、祝福を限りなく注いで下さるという信仰、それが十分の一の献げ物の意味なのです。 神様は、私たちがそのような信頼と信仰を神様に置いて生きることを願っておられます。そのとき、溢れるばかりの祝福が天から注がれる、それが神様の約束なのです。 3:11 また、わたしはあなたたちのために/食い荒らすいなごを滅ぼして/あなたたちの土地の作物が荒らされず/畑のぶどうが不作とならぬようにすると/万軍の主は言われる。 3:12 諸国の民は皆、あなたたちを幸せな者と呼ぶ。あなたたちが喜びの国となるからだと/万軍の主は言われる。 あなたはこの約束を信じていますか。そして、神様に全幅の信頼を置いて生きていますか。 主の恵みと平安が豊かにありますように!
平塚修久 |
