のびパンチ

あっという間に過ぎていく。。。

青森の神社・寺

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

注連縄もいろいろ

イメージ 1

鋤(すき)、鍬(くわ)、鎌(かま)。。。

鬼が使う巨大な農具が掛けられた
鬼神社の拝殿には、
真っ赤なリンゴが3個、供えられていました。



神社の注連縄(しめなわ)って、独特なものがありますよね。
青森の神社の、ごく一部ですが。。。

イメージ 2

春日神社。
弘前市鬼沢の鬼神社の境内社です。



イメージ 3

妙堂崎の八幡神社。



イメージ 4

弘前市土堂の熊野社。



イメージ 5

青森市の久須志神社。



神社を訪ねると、
社殿だけではなくて、
ちょっとしたところで独特な様式に気がついて、
それぞれに、長い時を経て培われた歴史や文化を見る思いがします。

注連縄は、
年に何度か掛け替えられますが、
そのたびに、氏子たちによって作られているのでしょうか。
とても貴重な技術を、長く伝えていってほしいですね。。。



イメージ 6

この記事に

開く コメント(22)

岩木山神社の狛犬

イメージ 1

うふふ、なんとも不思議な表情ですが、愛嬌がありますよね!


青森県弘前市街から西へ10辧
岩木山の南東の麓に鎮座する、
岩木山神社には、
以前から楽しみにしていた、有名な狛犬がいました。


岩木山神社の記事はこちら →  http://blogs.yahoo.co.jp/nobikit/54995730.html


イメージ 2

楼門のの手前には、


イメージ 3

皇紀2600年と銘記された、
1対目の狛犬が、
蹲踞のポーズで向いあって鎮座しています。


皇紀とは、
西暦紀元前660年を皇紀元年として、
明治5年に制定された、
記紀に記された神武天皇即位を紀元とする日本独自の年号です。
ただし、
考古学的には、ヤマト王権の成立は西暦2世紀ごろともいわれ、
神武天皇がその年に即位されたとは実証されていないそうです。

なので、
皇紀2600年を換算すると、
西暦1940年、つまり昭和15年にあたります。



イメージ 4

そして、
楼門の威容に見とれて、
足元に気付かずに石段を登る人が多いのですが。。。


イメージ 5

参道を覗き込むように、
楼門の玉垣にしがみついている2対目の狛犬。

狛犬界(?)では有名な、

通称 玉垣狛犬!!!


イメージ 6

これです!これです!

いわゆる狛犬のような阿吽像ではなく、
左側は逆立ちになっていますが、
なんともいたずらっぽくて、愛嬌がありますよね!



イメージ 7

拝殿の手前には、3対目の狛犬。


イメージ 8

ガハハ!

という声が聞こえてきそうな、陽気な笑顔。。。


イメージ 9

台座には、明治22年8月1日と銘記されていました。





参道入り口に戻ってくると、
一の鳥居の脇に置いてあったリヤカーのカバーが外されて、
アイスクリーム屋さんになっていました!

昔ながらのサラッとしたアイスクリンです。

私は、
鳥居の左側のアイスクリーム屋さんで買いましたが、
右側にも同じようなリヤカーがあって、
どうやら、ライバル関係?!

買っている人を横目で見てると、
どうもアイスクリームの盛りが、ちょっと違うような。。。(笑)


イメージ 10


この記事に

開く コメント(18)

開く トラックバック(1)

イメージ 1

弘前市街から、
岩木山を正面に見ながら、西に向かって10kmほどで、
旧社格は国幣小社で、現在は別表神社。津軽国一宮。

岩木山神社

参道の手前は、駐車場を兼ねた広場になっていて、
鳥居に向かうと、正面に岩木山がそびえています。


イメージ 2


参道は、岩木山に向ってまっすぐに進みます。

岩木山は、
長い裾をひいた美しい姿から、津軽富士とも称され、
山頂は、岩木山・鳥海山・厳鬼山の三峰が「山」の字に連なり、
山全体がご神体・霊山として、古来、津軽における山岳信仰の中心だったそうです。

宝亀11(780)年、中央の岩木山山頂に社殿を造営したことが起源とされ、
延暦19(800)年、坂上田村麻呂によって山頂の社殿が再建され、
これを奥宮として、
岩木山北側のふもとに、下居宮(おりいのみや)つまり里宮が建立され、
この下居宮は、十腰内にある現在の厳鬼山神社。
寛治5(1091)年、神宣により、現在の社地に遷座し、
別当寺・真言宗百沢寺(ひゃくたくじ)が建立されましたが、
明治の神仏分離により、百沢寺は廃され、現在の岩木山神社となったそうです。


イメージ 3


参道に面して、
出雲神社と、守山三柱大神が鎮座していました。

楼門の手前には、
左手に、守札授与所
右手、社務所の大きな建物は、以前は別当寺・百沢寺の庫裏だったそうです。


イメージ 4

楼門の右手奥には、神水が湧き出しています。
奥宮参拝の登山者は、邪気を神水で清めて入山することから、
禊所と呼ばれています。

神水は湧き出て、枡に溜められているので、
普通の柄杓では届かないため、
柄の長〜い柄杓が用意されています。


イメージ 5

岩木山神社楼門は、
別当寺・真言宗百沢寺の楼門として、
寛永5(1628)年に造営され、五間三戸の形式、総高は17.85m。


イメージ 6

イメージ 7


拝殿は、
もともと百沢寺の本堂として造営されたもので、
慶長8(1602)年、津軽藩祖為信から、寛永17(1640)年、三代信義の代にかけて建てられたそうです。

また、本殿・奥門・瑞垣(みずがき)・中門などは、
貞享3(1686)年から元禄7(1694)年までをかけて、四代信政によって建立。
本殿、奥門、瑞垣、中門、楼門は重要文化財に指定されています。


イメージ 8

イメージ 9

祭神は、
顕国魂神(うつしくにたまのかみ)(=大己貴命)
多都比姫神(たつびひめのかみ)
大山祇神(おおやまつみのかみ)
坂上刈田麿(さかのうえのかりたまろのみこと) (=坂上田村麻呂の父)
宇賀能賣神(うかのめのかみ)
大山咋神(おおやまくひのかみ)


イメージ 10

社殿の右手奥には、境内社の、白雲神社と稲荷神社が鎮座しています。

白雲神社のまわりの池の中には、たくさんの卵が沈んでいました。
龍神への奉納として投げ込まれたものでしょうか。。。



岩木山神社では、
ご神体の岩木山に見守られているような気がしました。
岩木山山頂の奥宮と、
北麓の厳鬼山神社へも訪れたかったのですが、今回は時間切れ。。。またの機会を狙います!



最後の画像、

禊所の、神水の注ぎ口です。

サルかしら。。。。。珍しいですよね。

イメージ 11



この記事に

開く コメント(19)

猿賀神社の狛犬

イメージ 1

鼻の穴を正面から見ると、おもしろい。。。


青森県平川市猿賀に鎮座する、

猿賀神社の境内には、

個性的な狛犬が勢ぞろいで、睨みを利かせていました。


イメージ 2

三の鳥居の脇には、

一番手前に吽像だけの狛犬。
続いて3対の狛犬が並んでいます。


イメージ 3

これは、吽像一体だけで、
台座もなく、あまり大きくないんですが。。。


イメージ 4

大正9年8月15日と銘のある、狛犬。

胸を下げて、腰を後ろに引いているように見えたのですが、
このポーズは、初めて見ました。
地域独特のポーズかしら。。。
しかも、
ブロッコリーみたいなこんもりした尾が腰の上に乗っています。


イメージ 5

大正15年8月15日と銘のある、狛犬。

普通なら「石工」なんですけど、
これは、「彫塑 畠山直也」と彫られていて、
彫刻家の作品なのでしょうか。。。

ちょっとやつれたような風情も個性的ですよね。


イメージ 6

昭和5年8月15日の狛犬は大きくて、
やはり、
腰を後ろに引いたような独特のポーズでしたが、
台座がとても高くて、
下からだとよく見えませんでした。。。




イメージ 7

猿賀神社の拝殿の手前から鏡ヶ池に向かうところには、
2対の狛犬が、境内に向かって鎮座していました。

狛犬は普通、外敵から守る体勢なので、
鏡ヶ池の中島に鎮座する胸肩神社の狛犬ということになるのかしら。。。




イメージ 8

手前は、
明治28年8月15日の銘がありました。
なんとなくゴリラっぽいというか、
ごっついけど愛嬌のある狛犬でした。


イメージ 9

奥は、
明治44年8月15日の狛犬。
こちらは、うって変わって、スマート!

参道の狛犬は大正以降ですから、こちらの方が先輩なんですね。



イメージ 10

鏡ヶ池の中島に鎮座する胸肩神社の鳥居の脇に鎮座しているのは、

昭和34年旧7月15日の狛犬。
足の付け根が離れて胸が広く、顔つきも独特の風貌ですよね。


イメージ 11

胸肩神社の拝殿に鎮座していた狛犬は、
こちらでもよく見かけるタイプでした。


猿賀神社の境内には、
狛犬がたくさんいて、びっくりしました!


猿賀神社の記事はこちら → Uhttp://blogs.yahoo.co.jp/nobikit/54923915.html

猿賀神社の境内社の記事はこちら → http://blogs.yahoo.co.jp/nobikit/54949652.html


イメージ 12

この記事に

開く コメント(16)

猿賀神社の境内社

イメージ 1

猿賀神社の境内社をご紹介します。

青森県平川市猿賀に鎮座する猿賀神社の境内には、
鏡ヶ池という大きな池があり、
蓮が池いっぱいに繁茂していました。
この鏡ヶ池は、古代にまで遡るといわれる猿賀信仰の中心となる池だそうです。

猿賀神社の記事はこちら → URL: http://blogs.yahoo.co.jp/nobikit/54923915.html


イメージ 2

参道の左側には、
かつての別当寺である天台宗猿賀山長命院神宮寺があり、
江戸時代、津軽藩の祈祷所だったそうです。
山門に掛けられた大きな草鞋が印象的でした。

右側の画像は、
神宮寺の向い側にある、天台宗猿賀山蓮乗院


イメージ 3

猿賀神社拝殿の西側には、
主祭神・上毛野君田道命の神霊碑が祀られていますが、
その鳥居(?)は、馬の蹄を模っているのか、逆U字型をしていました。


イメージ 4

左側の画像は、
みじかい参道の奥に神霊碑が祀られていました。
画像が小さくて神霊碑は見えにくいですね。

中央の画像は、
神霊碑の手水鉢です。
ひょうたん型にも見えるのですが、
左右の大きさが同じなので、ほかの物を模っているのでしょうか。。。
文政2(1819)年8月15日の銘がありました。

右側の画像は、
参道の東側に鎮座する池上神社(薬師さま)で、
祭神は少彦名神(すくなひこなのかみ)。


イメージ 5

拝殿の手前から池へ参道を下りると、
鏡ヶ池の中島に、胸肩(むなかた)神社が鎮座しています。

ムナカタ神社は、
福岡県の宗像大社と総本社として、
宗像三神は、海の交通安全を守る神さま。
ムナカタの表記は、記紀では、胸形・胸肩・宗形などの文字で表されているそうです。


イメージ 6

左側の画像は、
中島の胸肩神社の左側に鎮座する日吉(ひえ)神社で、
祭神は、事代主神(ことしろぬしのかみ)。

右側の画像は、
胸肩神社(弁天堂)の社殿で、
祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。


イメージ 7

鏡ヶ池の畔には、
あかい堂(水天宮)が祀られています。
祭神は、水波能女神(みずはのめのかみ)。


イメージ 8

お社の後ろの壁には柄杓が掛けられていて、
裏へまわってみると、
霊水が湧き出していました。



最後の画像は、
覆い屋の天井から睨みを利かせている、蛇の彫刻。
ときどき見かける蛇って、とぐろを巻いているような気がするのですが、
ここの守り神は、とても長くて、自由な形をしていました。。。。。

イメージ 9



この記事に

開く コメント(20)

開く トラックバック(1)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.


みんなの更新記事