ぶろぐるぽ「国宝 阿修羅展」
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阿修羅展を鑑賞してきました。 開館時間に合わせて行ったんですが、すでに人が並んでいて人気の高さを感じました。 また、猛暑の中並んで待つ人のために、テントが設置され、ミストシャワーが設置されていて 配慮が感じられました。(天然パーマの人間にはミストはつらいのですが…(笑)) 展覧会の内容は月並みですが、素晴らしいものでした。 阿修羅の人気は想像通りで阿修羅の周りを何重にも人間の和が囲っていました。 合図と同時に少しずつ左にずれで鑑賞するという方法で混雑を緩和していましたが、 どんなに言われても動こうとしない大人がいるのにはがっかりでした。 見たい気持ちはわかるのですが、自分だけが見ているのではない、ということを まず念頭に置いてほしいものです。 この国宝展では阿修羅が目玉だったのですが、私は阿修羅と同じ、もしくはそれ以上に そのほかの像にも心を動かされました。 まずは「華原磬(かげんけい)」という仏教の儀式の中で打ちならす道具です。 写真の中央(写真がないので遠景からですみません)にあるのがそれなのですが、 像全体の形態、バランス、細部の細工などどれも大変素晴らしく、ほかの鑑賞者は すぐ左手にある阿修羅に吸い込まれるのですが、私はこの作品に見入ってしまいました。 入場後、正面に象徴的に展示してある意味合いもその役割も含め、分かる気がします。 阿修羅は凛とした雰囲気と筋肉質ではないけれども確かな力強さ、精神性の強さを感じました。 繊細な中に持つ荒々しい力とそれを抑制する精神力を見た気がします。 その他の八部衆も魅力的だったのですが、その次にある「四天王」に見惚れてしまいました。 康慶作の四天王は構図、姿勢、ボリューム感など秀逸で、仏教の守護者としての風格と威厳を 余すことなく表現していました。しびれました。しかも、鑑賞者も少なく、ゆっくりじっくり 堪能することができました。口を開けたまま感じ入っていると背後から「すごい!かっこいい!」 という子供の声が聞こえて、「子供にも伝わるほどの力があるんだ」とまた感動を深めました。 今回の展覧会で惜しいと思ったことは、像の配置です。 できることなら興福寺で配置してある状態に限りなく近い状態で見たかったと思います。 仏像や寺院にはその配置に意味があります。 想定された位置に置かれることを踏まえて像を造るわけです。 今回の八部衆はどうなのか分かりませんが、実際の配置で鑑賞することの意義は 小さくないと思います。残念です。 この点に関しては、興福寺の復興が終わり、八部衆が再び安置されてから 見に行く他はないようです。 これだけの国宝が関門海峡を渡ってこれたのも、国立博物館ができたからこそだと思います。 これまではほとんどと言っていいほど本州から渡ってこなかった。 これからも素晴らしい展示を期待してルポを終わりたいと思います。 記事の写真は九州国立博物館から提供していただいています。
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まだ見に行ってません。
2009/8/25(火) 午後 4:21
書道人さん
ぜひ、一度行かれることをお勧めします!
片手間に見れるものではないです〜。
2009/8/29(土) 午前 8:04
書道人さんのご紹介で参りました。
お名前はかねがね拝見しております。
照明といい配置といい、「素晴らしい」の一語に尽きますね。
ありがとうございました。
ファン登録させていただきます。
2009/9/21(月) 午前 5:07
大変だ、「おいどん」がブログルポに挑戦してるぞ!
2009/9/22(火) 午後 11:26