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セットアップウィザードとやらを使ってみようとした、けど
おい・・・・
この編成、なんだよ・・・・・
なんでラッパが in C なんだよ・・・・
なんでホルンに調号使ってんだよ・・・・・
なんでオーボエが1本でアングレが入ってるんだよ・・・・
その他いろいろ、ありえね〜。ってテンプレートが入ってまして。
・・・・ちゃんと自分で作った方がよさそうだ・・・・
しかしよくこんなの使って作曲する気になるなぁ・・・
親指シフト使いがケータイで大論文を書くようなものではないのかな。
うちらは親指シフトで入力して「手がしゃべる」感覚を持ってるから、
ローマ字やらJISかなやらは打てはするけどだいぶストレスがかかるし、
ケータイでの2タッチやT9も打てるんだけど、
発想そのもの
ことばのつかいかたそのもの
が、変わってくる感覚があるんだよね。
なんかね。ツールに縛られちゃう感覚があるんだよね。
発想が貧困になってしまうというか。
親指シフトで打っていると、手が勝手にしゃべる。
ほんとにしゃべってしゃべってしゃべってしゃべって、
ことばがあふれてあふれてあふれてあふれて、
そしてそこに苦痛はほとんどない。
もちろんTeslaや親指ひゅんQだとシフトミスも多くでるから、
専用キーボードを使っていた時代よりはストレスかかるんだけど、
それでもね。
ほかの入力方法とはぜんぜん違う。
ドイツ語を入力するときは、ドイツ語キーボードを使う。
z と y が英語とかと逆になるんだけど、zu とかそんなのが多いから、
とーぜんのようにドイツ語キーボードにしちゃう。
フランス語を入力するときは、あたしはドイツ語メインだから、
フランス語プロパーのキーボードより、スイスフレンチの方が楽。
それか、ドイツ語キーボードのままでアクサン打っちゃうか。
そんなこんなで、
ツールが、発想そのものを、決めてしまう。
という感覚が、ローマ字でパソコンを使っているひとよりは、
親指シフターの方が、強いのではないかと思う。
ローマ字でも打てるよ。切り替えもできるよ。でもね。
親指シフトが日本語の生理にあってるんだよ。
って感じ。
だからあたしは某くんとか某さんとかの Finale で書いた楽譜が大嫌い。
てか彼らのことは、作曲専攻出身者ではあるけど、まったく尊敬してない。
楽譜から伝わってくるオーラがまったくないか、薄すぎるから。
作曲科を卒業しました。院を出ました。とかいうのと、
作曲家です。というのとは、根本的に違うんじゃないかと思う。
もちろんそこに葛藤があれば、それはそれでよいのだけれども。
むかしのひとの楽譜だって、いろんな版をみて、なるべくいろいろ調達して、
そのひとの魂に迫ろうとしてるんだ。
浄書やさんの想いも、伝わってくるんだ。
そう。浄書やさんは、職人さんだった。
職人さんって、ほんとすごいんだ。
ドイツ語だってそうだ。
インターネットでドイツ語の勉強ができるのはうれしかったけれども、
インターネットなんかなかった時代に修行した世代に、あたしは勝てない。
わが尊敬する恩師のA先生に、どうしてもどうしても勝てない。
それは、才能とかアタマとかの違いだけではない気がする。
あたしは自分では作曲しないので、アレンジとか教材作成とかなら
楽譜作成ソフトを使うのは悪くない、とは思うけれども
オリジナルの楽曲、とくに芸術作品としての作曲をするひとにとって
楽譜作成ソフトを使う利点より、発想が貧困になる危険の方が、
ほんとは大きいんじゃないのかなぁ。
もっとハングリーになってほしいなぁ。
なんてことを思うのだった。
「Finale なんか使っちゃだめだよ。もがいてもがいて、いい曲を書いてほしい。」
ってFinale持ってない某作曲家に書いた年賀状、読んでくれたかなぁ。
挫折もコンプレックスも葛藤も、ぜんぶぜんぶ、芸の肥やしにしてほしいんだ。
あたしは、そういうひとの魂に対峙したい。
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