私が転職した理由(1)
|
私は去年の11月に転職しました。 以前勤めていた会社も今と同じ製造業でしたが、今とは比べ物にならないほどの 安定企業の子会社で、今では評価の低い「無借金経営」を長年実現してきたほど 資本的なスタミナのある企業でした。 組織は完全な成果主義で、毎年2回自分の行ってきた仕事と成果のレポートを提出し 上司と面談して査定を行うという手法でした。 この手法には欠点も多く存在しますが、私にとってはやりがいのあるシステムでした。 本気で努力すればそれなりの評価が与えられ、努力していなかった人間と区別できるという 日本ではあまり受け入れられないイメージのシステムが、一応は機能している会社でした。 業績に関しては、製造している商品の売れ行きが年々怪しくなってきてはいましたが、 企業としてはいくらでも修正可能な位置にあり、親会社もグループ全体で一丸となって会社を 立て直そうと、アグレッシブに企業内構造改革を始めた矢先に事件は起こりました。
それは突然の出来事でした。去年の8月にいきなり従業員が全員呼び出され、 親会社Aからの使者が今後の方針を一方的に発表しました。 内容は、
売れない商品を作り続ける社員たちに期待することをやめ、さっさと信頼出来る別会社Bへ 吸収してもらおうという、まさに神しか成せない戦略です。 表向きは親会社A側に別会社が経営統合されるという形ですので、親会社Aの社員の一部は 残留しています。恐らく実権は別会社B側が完全に握るという同意のもと、親会社Aへの配慮と ネームバリューを考慮して親会社Aが上位のように見せているのだと思います。 発表の直後は皆、いったい何が起きたのか理解出来ませんでした。 しかし話を聞いているうちに事の重大さに気づき、その場の雰囲気がだんだんと 凍り付いていきました。 シーンとする、とはよくいったもので「静かな状態よりも音がしない」という感覚を 久しぶりに感じました。 そして2ヶ月以内に全ての従業員を退職させるという発表に呆然となり、 中には怒鳴り出す従業員もいました。私はあまりの驚きに震えが止まらなかったのを 覚えています。 その説明会の場で何人かの従業員が使者に詰め寄り、抗議を行ったことで 後日、期間的な猶予と退職金の上乗せが追加決定されました。 しかしこれは親会社A側の対応の速さから考えて、既に想定していた対策だったようです。 結局のところ親会社Aからの最終的な決定は、「3ヶ月後に全従業員を整理解雇」と 「退職金の上乗せを増額」で確定しました。併せて、これ以上の要求は受け入れられないとの 通告もありました。 しかし私は、そもそも解雇自体が納得できませんでした。 最初の説明会の時に抗議を行った数人もさらに抗議を続けるとの話を聞き、 その中の一人である従業員代表Cさんの人柄の良さもあって、私も参加することを決意しました。 (続く)
|


