・旅 2008年2月9日から10日 三つ峠山
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三つ峠山の頂上にある三つ峠山荘と云う所に行きました。
そこで大山行男さんに会いました。と言ってもネイチャーフォトに興味のない人はご存知ないかもしれません。 以下のURIをクリックしてみてください。
僕は大山さんに会うまでは彼のことは知りませんでした。山荘の同宿の人達にあの大山さんだよと教えられ、宿に置いてあった数冊の写真集を見せてもらい初めて知りました。
そのような訳で始め大山先生と言わずに大山さんと呼んでしまっていたので途中で先生にするのも変ですし、他の人達も大山さんと呼んでいたのでそのまま、さん付けで呼ばしてもらいました。
今回行った三つ峠山荘はそこへ行くまでは思いもよらなかったのですがプロ写真家とセミプロ写真家の集まる場所でした。
特に雪の日、雷の日、大嵐の日のような天候の変わり目を狙って行くと会える人達でした。
僕が行った日も日中から雪が降り出し夜もそのまま降り、翌朝は晴れる天気予報でした。
(実際は翌朝は思惑外れで晴れませんでしたが)
その日の宿泊客は合計15人で内一人が女性で他は全員男性でした。
山荘の主は40歳代の男性で他に高校生ぐらいの息子さん2人が仕事を手伝っていました。
そんな客達の中で僕ともう一人の50歳代の男性の2人だけがアマチアで他の人たち全てはプロかセミプロの人達でした。
僕らアマチア2人のカメラは35mmのフイルムカメラでしたが他の13人の人達のカメラは全て大型でブローニイフイルムを装填するもので画面が6x4.5か6x7のもの、あるいはいわゆる4の5と呼ばれる4(インチ)x5(インチ)のシートフイルムを入れて写すカメラでした。そして一番大きかったのは大山さんのカメラで8(インチ)x10(インチ)のフイルムを使用するカメラでした。
この山荘の主の先代は富士山写真の達人でした。そしてここを訪れる写真家たちのほとんどはその頃からの馴染みや先代の弟子たちで、山荘内の壁にはその様な写真家達の作品パネルが沢山掛けられていました。
今回の旅は自宅から河口湖までは電車を使い。河口湖駅から三つ峠登山口にある駐車場までは4WDでスタットレスタイヤ付のレンタカーを使いました。
駐車場から三つ峠山荘までは雪の積もった山道で2時間ほどの登りでした。
写真はJR富士急行直接乗り入れのJRホリデー快速河口湖1号です。
河口湖駅前のバス乗り場
三つ峠登山口、上の駐車場
本格的な登り道に入る前にある案内板です
雪の山道、このときずっと粉雪が舞っていました。
三つ峠山荘に一泊して翌朝、木無山の方に行きました。写真は山荘から木無山に行く道です。
小屋の前から見た富士山
写真撮影の前夜は大山さんを中心にしていろいろと話が弾み大変有意義でした。
僕はネイチャーフォトと大型カメラに大いに興味がわきました。
翌朝は5時過ぎに皆起きだし、身支度をして思い思いの撮影場所に出発していきました。
僕は初めての場所なので山荘の主人の勧めで大山さん達、数人と一緒に山荘の前から写真を撮ることにしました。
「富士山麓に眠る街」
昨夜降り続いた雪はもう止んでいます、でもまだ空にはだいぶ雲が残っています。眼下に富士吉田の市街の灯りが見えています。6時過ぎだったと思います。近くに居た大山さんがカメラの絞りと露出時間を読み上げていました。
僕たちは市街の明かりを見ながら夜明けを待っていました。家々の灯りは消えて街路灯が点々と灯り、道路の信号機が点滅しています。その時まだ街は眠っていました。
次の写真は「富士山麓に眠る街」の市街地の部分を拡大したものです。
この写真はいわゆる観光写真的評価基準で見た場合、失敗作だと思います。
ではネイチャー写真として見た場合はどうでしょうか・・・・・ 「富士山麓に眠る街」を大全紙(508mm x 610mm)に拡大してみたら案外良いかもしれません。
もっと鮮明で良い写真を大型カメラで撮りたいと思いました。 完
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夜景を投稿したら、こんな記事有りますで行き当たりました。
三つ峠の山行き、手に取るように情景が浮かんできました。
今年雪が降ったら、速攻山に急行しようと言う用意はあったのですが、余りにも雪が多くて、車が途中でスタックするのではと恐れをなして動けませんでした。
お疲れ様でした。傑作ポチ!
2008/3/7(金) 午前 6:13
ありがとうございます。
近々また富士山麓への旅の話をアップしようと思っています。
2008/3/7(金) 午前 7:21