野鍛冶屋弐号店

ここんところクラシックなカメラにはまっています。

Auto-Takumer 35mm F2.3

イメージ 1
PENTAX K-X
AutoTakumer35mmF2.3
1/5000 開放 ISO200

オートタクマー35mmF2.3は1958年にアサヒペンタックスK用の広角レンズとして世に出ました。
一眼レフ用広角レンズは、ファインダーにレンズからの光路を導くミラーのスペースを確保するために、実際の焦点距離よりもレンズ全体を前方に配置する必要があり、前群に凹レンズを組み込むことによって、それを実現させました。
最初に開発されたのが1950年のP.アンジェニュー社(フランス)の35mmF2.5で、旧東ドイツのカールツァイスイエナは、同様の手法で1952年にフレクトゴン35mmF2.8を出したのでした。
日本では1958年になって、フジタ35mmF2.5が発売され、そして旭光学工業がこのオートタクマー35mmF2.3を発売したのです。
このタイプをP.アンジェニューの商標から転じて、広く「レトロフォーカスタイプ」と呼ばれるようになるのですが、このレンズはそんな初期の「レトロフォーカス」の特徴を強く持っています。
写真は絞り開放で撮影。周辺部にかけて光量不足と収差が大きく出ており、フレアがかかっています。
ボケも異様なざわざわとしたもので、どこにもピントが合っていないような甘い写真になります。
ボディはデジタル一眼のPENTAX K-Xで、中央部重点のマニュアル測光で、適正値とされる状態で撮りましたが、露出アンダーとなってしまいました。
収差の出方が「ソフトフォーカスの華麗なにじみ」というほど整理されている訳ではなく、「濁った、暗い塊」といった感じですが、写真の花びらの端のにじみ方は、それなりにふわりとした味があるので、これはこれとして作画に生かしたいというところでしょうか。

イメージ 2
ペンタックスK→M42マウントアダプターでK-Xに取り付けた姿で、全く35mmと思えない長さと、ラッパのように飛び出した前玉の迫力に惚れ込んでいます。K-XはKの末裔ということで、これほどのマッチングも無いと思います。
絞りはレバー式の半自動ですが、普通絞りと同様に扱えます。絞り込んで撮影すると、実用的にシャープとなりますが、ボケ味が独特な雰囲気を醸し出します。

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金環日食

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5月21日(月)生まれて初めて金環日食を見ました。
もう二度と見ることは無い。と思います。
気に入っている旧東ドイツ・ツァイスのゾナーで撮影しました。
ゾナーとはドイツ語で「太陽」を意味するSonneから名づけられたといいます。
まさにこの一瞬は、このレンズが似合いですね。

東京都中央区にて
PENTAX K-X
Carl Zeiss Jena MC Sonnar 135mm f3.5
1/6000 f16 ISO100

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「有りがたうさん」清水宏監督

伊豆半島のとある港町から、汽車の出る町(熱海か?。)まで、峠を越えて走るバスの運転手は、「有りがたう」さんと皆に呼ばれ、慕われている。それは、行き交う人に道を譲ってもらうとき、いつもそう声をかけるからだ。女性たちによると、彼ほどいい男はいない。。。(1936年松竹)

キャスト 上原謙 桑野通子 築地まゆみ 二葉かほる 忍節子 堺一三 石山竜嗣

話は2日間の出来事で、ほぼ全編バスの走行中でドラマは展開されます。
その切り口がとても素晴らしく、昭和11年の世情というのはこういうのだったのかと、興味をわかせます。

ジョン・フォード監督の「駅馬車」を初めに、様々な種類の人達を、「乗合」という枠の中に、偶然という条件で居合わせた時に生じる状況で、社会を浮かび上がらせるという手法は、良く映画で取られ、これもまたその一つでありますが、清水監督のカメラ目線は、他に観ることのない、特筆すべきものがあります。

それは、人を追い越すバスから見たとされる、道行く人々の正面の姿であり、後姿です。

このカメラは、バスの窓を通して見たものではない。というのが明白な位置にあり、このカメラはそこだけドラマから外れて、人を写していると思われる不自然さが意図的に繰り返されるのです。

乗合バスを運転するという制度に沿った「有りがたうさん」の動きと、その制度を維持するために、バスの外を通り過ぎていってしまう、道を歩く人々へ、「有りがたう」と声をかける、もう一人の「有りがたうさん」。

当然バスの乗客も目的を持ってバスに乗っている訳で、バスに乗ることで、すべてが完結するとは、良しとしないので、身の上話をしたり、酒を飲んだりする。

バスが追い越す人々も同じく、目的があるのだが、歩くことだけでは全てが終わらず、バスを止めては、「有りがたうさん」に言付けをしたりする。

そういった決して調和的とは言えない人のつながりを、移動する風景、移動する人の姿、入れ替わる乗客を交互に配して、立体的に見せています。

それに必要なのが、その「不自然な」カメラ目線。言うなれば、あの目線は今でいうとATMに付いている「監視カメラ」の目線ではないかと思えるのです。

定点撮影と言い換えても良いですが、そのカメラに、朝鮮半島からきた道路建設の労働者たちを写しださせたのに、監督の強い思いを感じずにはいられないのです。

(DVDで鑑賞)

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「幻の湖」橋本忍監督

琵琶湖の西岸、雄琴のソープランド嬢道子は、いつしか出会った犬「シロ」と一緒に走ることに、生きがいを見出していた。しかし、シロが何者かによって、殺され、悲しみに暮れた道子は、その犯人を探し出そうとする。東京へ出て、犯人を見つけだし、ランニングする彼を執拗に追跡し。。。(1982年東宝)

キャスト 南條玲子 隆大介 光田昌弘 長谷川初範 かたせ梨乃 デビ・カムダ 室田日出男

懐かしい。この作品公開されて丸30年。公開時、私は高校生で、地元滋賀県の映画館では全国公開の前に先行上映していたのを良く覚えています。
あの黒澤監督の「羅生門」の原案者である、脚本家橋本忍さんがメガホンをとった作品とあって、観に行こうかと思っていたのですが、あっという間に公開が終わってしまって、観ることが出来ませんでした。
当時陸上をやっていましたので、ランナーの話で、全面的に琵琶湖を舞台とした作品なので、関西人の私は関心が高かったのですが。全く不評で、早々に打ち切りになってしまったようですね。

ソープランド嬢、走ることのエクスタシー、戦国時代の悲劇、何故かNASAの宇宙開発。

もの凄い飛躍で、現在と過去、そして未来がフラッシュバックすると書けば、もっともらしいですが、大家の作品としては、支離滅裂と言われても致し方なしか。

でも、観てみると、凄くいいですよ。走ることが好きな人は、この主人公の気持ちは良く分かるのではないでしょうか。2回にわたるランニングシーンは、好きですね。

ポスターにも大書きされたテーマは「何を追って、何を求めて、人間 は走り続けるのか・・・?」

すごく、思い込みが激しく、傍から見るとクレージーですが、そこにロマンを感じるというのは、ある意味普遍的な人間の感情ではないかと思います。

1980年代、スペースシャトルが、冷戦後の新しい宇宙開発の象徴で、時代の気分としての表現で、そこに持って行くのは相当乱暴でしょうが、あの「羅生門」(つまり「薮の中」)の橋本さんだもの。脚本家としての、発想の爆発が、何のフィルターもなしに発散した、感情を直撃する、ロードムービーです。

この作品の公開日は1982年「9月11日」。因縁じみていますが、19年後の同時多発テロの日です。深層心理にあるテロリズムを扱った。と思うのは考えすぎ?(苦笑)。

(DVDで鑑賞)

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「青い青い空」太田隆文監督

浜松の高校に赴任してきた「ヤンキーな」教師。彼は見かけによらず、校内に書道部を立ち上げる。大学進学を親から押し付けられ悩む娘、芸能人志望娘、スリム願望娘、話をしない娘、れっきとした優等生娘ら、生徒達が集まり、「書道」に邁進するのだが。。。。(2010年 日本)

キャスト 相葉香凛 草刈麻有 波岡一喜 橋本わかな 平沢いずみ 冨田圭輔 田辺愛美 鈴木砂羽

以前にもこのブログで投稿した、太田隆文監督の劇場映画第2作目です。
「ヤンキーな」書道教師を波岡一喜さんが熱演しています。
この人の「ヤンキー」な大阪弁が、なかなか味があって、いいです。
冒頭のヤンキーな浜松の高校生達と張り合う場面から、太田監督らしい「分かりやすさ」が炸裂します。
むつかしい言葉や、むつかしい表現は使わず、人の情熱、想いを語り、盛り上げる力強さは素晴らしい。
この映画は、浜松の地元有志の出資だけで作られており、既成の映画の目線とは違う、素朴な味わいがあります。
数名の少女達の人間模様が丹念で、それぞれのキャラクターの違いがきっちり出ています。
ここは太田監督ならではの、見どころですね。
相葉香凛さんは、太田作品では不可欠な、普通の美少女の典型でした。
私は「トンコ」を演じた田辺愛美さんのキャラクターに圧倒されましたよ。
何と言っても、書道部の活動が分裂しかけて、雨中、娘たちが川の堤防に、無意識に集まってくるシーンは、素晴らしい。
ここの「話をしない娘」のアクションと、トンコのショットが、いい。
それと「ヤンキー教師」の書道をめぐる逸話や、書道作品の扱いもいいです。
ふと、戦前の松竹の清水宏監督を思い出しました。

観たのは東日本大震災の前日でした。今こそ観るべき映画だと思います。

(3月10日 お台場メディアージュにて鑑賞)

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世界の中古カメラ市を覗く

上のコメントに書いておりますとおり、ここのところクラシックカメラにはまっておりまして、先週の週末は、銀座の松屋で開かれております、「第33回世界の中古カメラ市」を覗いてきました。

東京には実に名高い中古カメラ屋さんが多く、そのうち私も浅草や上野近辺のお店に行ったことがあります。

この「中古カメラ市」はそのようなお店が銀座の松屋に一同に会して開かれるイベントで、8階の催物会場を埋め尽くす、クラシックカメラの数々に、クラクラとしてまいりました。

ああお財布が。

開かずに帰るのは、苦行と言ったところ。カメラの美を堪能するには、これも修業なのだ。。

クラカメの王様、M型やバルナックライカは当然のこと、連動距離計カメラのコンタックスやカスカ、非常に小さく、いかにも手の込んだコンパスのような稀少なもの、ジナーやリンホフのような大型機、果ては、35mmムービーカメラまで、見ていて飽きることはないボリュームでした。

まあ、目で楽しませて頂きましたよ。。帰るとき、たぶん、目が吊りあがっていたのでしょうけど。(苦笑)

個人的には、スクリューマウントの一眼レフレンズに興味があり、旧東ドイツ・カールツアイスイエナのゾナー(オリンピックゾナーがあった!)やフレクトゴン(珍しい25mmF4があった!)に涎流してきました。

しかし、このカメラの物量は半端じゃない。まさに東京中のクラカメ店がこの期間だけは店を閉めて、全力を挙げてぶち上げる、大イベントとという趣きですね。

興味のある方はここまで。http://www.matsuya.com/ginza/topics/110209_camera/index.html
明日3/1(火)までやっています。

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ギブソンJ160EとエピフォンTEXANを試奏させていただきました

今月仕事が「めちゃ」忙しく、緊張が途切れることがしばらく無かったのですが、やっと一区切りつきました。
退社後、気晴らしに、自然と足は、お茶の水の楽器店へ。
中古のアコースティックギターを眺めに行ったのです。
見るだけのつもりでしたが、店員さんに勧められて、思いがけず、60年代もののギブソンJ160EとエピフォンTEXANを試奏させて頂きました。

2台ともビートルズが使用した楽器で有名です。
J160Eはジョン・レノン、TEXANはポール・マッカートニーが使ってましたね。

J160Eは、今の「エレアコ」の元祖のようなギターで、アンプにつなげてエレクトリックな音を出すための仕様となっています。
ピックアップは、エレキと同じタイプのシングルコイルのもので、エレアコのサドル埋め込みピアゾタイプとは趣きが違います。トップの板はラミネートの合板で、目視でもかなり厚みがあるのが分かります。
音質調整用の丸いボリュームがトップに2個付いていたり、サドルがアジャスタブルだったり、ルックスは個性的です。
ラインに繋げない生音は、アコースティックらしい鳴りはなく、アンプ出力を主眼にしないと意味がないギターと思われます。私には向かないギターですね。
I feel fine などで使われたと言えば、ああ、あの音か。と分かりますね。
電子オルガンのような音に近いかな?。
加藤和彦さんの「白い色は恋人の色」の典型的スリーフィンガーで試しましたが、それはそれで、面白い音ではありました。
90年代のJ160Eの生音も聞かせて頂きましたが、こちらは、アコースティック的に音は響きます。ブリッジの形状、ボリュームの形、ピックガードの大きさとも60年代のものと異なり、全く違うギターという印象がありました。60年代の方はピックガードがネジ止めで、凄く迫力があります。

さて、TEXANといえば、ポールのYesterdayのバッキングがすぐに頭に浮かびます。
イントロが泣けますね。
試奏させて頂いたのは、ポールのものより1年前のもので、ヘッドの形状がそれとは異なるとのことでした。
バックまで良く振動して、低音はグワーンと余韻が広がる感じがしました。
ストロークで弾いても、反応がよく、マホガニーギターの甘さと、芯のある深みが同居する、魅力的なギターと思います。
ポールは後年BlackBIrdでマーチンD-28を使いますが、ダブルストップの和音のテクニカルなキレを際立たせる上では、D-28は適していると思います。
あのYesterdayのちょっとボヤけた感じの低音の広がりは、消えつつある「過去」を感傷も含めて歌う、ポピュラーソングの聴きやすさという点で、TEXANの音は適していた。と改めて思いました。

まあ、本当はYesterdayでTEXAN、BlackBirdでD-28が注目されたと言うのが正しいのですがね。

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NHK大河ドラマ「新選組!」第33回「友の死」第34回「寺田屋大騒動」

NHK大河ドラマの幕末もので人気の高い、「新選組!」(2004年)
三谷幸喜が新選組の隊士をひとりひとり丁寧に描き、新選組にとって重要な一日を一話で描く手法は、毎回がドラマとして完結しており、その充実した群像劇の積み重ねが、近藤勇や土方歳三ら佐幕にかけた若者たちの生き様を生き生きと描き出した。

キャスト 香取慎吾 山本耕史 藤原竜也 オダギリジョー 中村勘太郎 山本太郎 堺雅人 山口智充

2004年度のNHK大河ドラマ「新選組!」をリアルタイムでDVD録画していましたのを、6年半ぶりに観ました。第33回「友の死」は堺雅人演ずる新選組総長・山南敬助が、法度に背き、脱走を企て、自ら切腹の死を選ぶという回です。

「新選組!」の中で、もっとも視聴者の反響が高かった回であり、秋には「芸術祭参加」作品になってしまった、涙無くしては観られない回です。

この時、8月の本放送、再放送、その年の年末のアンコール放送の3回も観て、3回とも号泣しましたよ。
当然、山南敬助は、主人公ではありません。香取君の近藤勇が主人公で、彼も最終回で処刑されてしまうのですが、これはこれで感動ものです。

ですが、「新選組!」は、堺雅人の「にやけ顔」。思慮深く人のはなしを聞いて、腕を組んで、首を傾けて、二マッとする笑顔。これが最高。

鈴木砂羽演ずる遊女・明里が、切腹前の山南と、壬生・前川邸の出窓で最後の出会いをするシーンには、また号泣。山南が新選組を脱走する心理の過程が、この回に至るまで、丹念に描かれていたのですが、今はかなり忘れてしまっているのもかかわらずですよ。

明里の「あの人はアホや。」の涙声に、ガツンとやられて、やっぱりボロボロ泣いてしまいました。

さて、何故に山南が、新選組に失望したか。

この「新選組!」。近藤勇と坂本龍馬が江戸の道場で修行していた時代からのお友達であるという、とんでもない設定で、昨年「龍馬伝」を観終わった今の私には、ちょっと信じがたい。

しかし、意見の相違というのは、そもそも仲間内から現れるもので、同じ立場、境遇であればあるほど、その相克も深くなる。という点で、主義の対立を描くには、知り合いであるということは、よりその対立を際立たせて見せることができるのです。
剣術道場が、そこに集う若い武士達の政治サロンとして機能していたので、同じ江戸にいた、近藤と坂本が面識がある可能性が無い訳ではない。というのが、三谷・新選組!の前提であり、知り合っているからこそ、争いも笑いもある。

「あっ」から始まる出会い。その一言からドラマは始まる。三谷さんの脚本は、そこを省くことがないですね。

「友の死」の翌週放送の第34回「寺田屋大騒動」は、坂本龍馬が奉行所の捕縛から逃れた「寺田屋騒動」をもじって、近藤勇の妻と妾をめぐる、隊士達を右往左往させるドタバタコメディーなのです。

どうして、近藤の妻、つねと沖田総司の姉、みつが、京まで来るのか。そんな史実はあるのか。?
そんな疑問は無視して、とにかく近藤勇と妻と妾の深雪太夫を、龍馬の常宿寺田屋で会わせること。
この舞台設定で、何かが起こる。出会いから、驚き、訝しみ、考え、言葉にする。

つねと深雪太夫との心の探り合い、そして、関係の切り直し。苦痛と認容と決定を必死に探り合う二人。
その一方、偶然に同じ風呂に入ってしまう、近藤勇と坂本龍馬。「もうおまんとは敵同士ぜよ。」の江口洋介演じる龍馬の言葉に、唇を噛む香取・近藤。

さよならだけが人生だ。という言葉がありますが、ひとつ、ひとつ出会いがあれば、また出会うために別れがあるということで、ひとつ物事を成すということは、ひとつ別れがある。

三谷幸喜の凄いところは、「友の死」の底知れぬ悲劇を「大騒動」のコメディーでお別れして、次のドラマに次元を変える、剛力さでしょう。この剛力さこそが、人を見る力というか、人が生きる力というか、それと共通するような、体に流れるパワーという感じですね。

で、何故に山南が、新選組に失望したか。

やっぱり、余裕が無くなったのでしょうね。思考停止で突っ走ることが出来なかったのでしょうね。
立ち止まってしまった山南への悲しみを乗り越えるためには、別の価値観で違った面を見なければ。ということで、三谷さんは、あえて、つねさんを上京させて、近藤勇を慌てふためかせたのではないでしょうか。

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「SPACE BATTLE SHIP ヤマト」山崎貴監督

西暦2199年。人類は謎の異星人ガミラスからの「遊星爆弾」の攻撃を浮け、放射能汚染によって、絶滅の時を向かえつつあった。その時イスカンダルからのメッセージを受け、宇宙戦艦ヤマトは、放射能除去装置を求めて、宇宙に旅立つ。(2010年 TBS)

キャスト 木村拓哉 黒木メイサ 柳葉敏郎 堤真一 西田敏行 山崎努

暗黒の宇宙の広がりの中、宮川秦の憂いに満ちたあの旋律が流れると、反射的に涙が出てしまった。

嫁と小学生と保育園の子供達を連れて、お正月の映画観賞にしては、人が死にすぎる。忘れていた。宇宙戦艦ヤマトは、生死をかけた戦争映画だったのだ。

アニメでは抑えられていた流血と死体が、ざくりと胸をえぐる。しまった。しまった。一人で見にくるべきだった。

古代進の木村拓哉は、期待どおりだった。この人がいたから、ヤマトを実写にできたのだと、納得できるくらい、ハマッていた。

森雪の黒木メイサ。いい女優さんだ。たまたまTVドラマ「新参者」のロケで、本人を見た。画面で見るより、小造りの人だったが、早朝6時だというのに、昼間の顔をして東京の街を歩いていた。プロは大変。大変なことをするのでプロ。木村さんと黒木さんのツーショットが様になる。この二人のプロで完璧ではないだろうか。

ヤマトの造形は美しく、艦砲射撃で砲台が次々と旋回するシーンなど、見事な質感のある美を見せてくれる。

言うまでもなく、私たちの身にしみ付いた「ヤマト」なのだから、その体験と常に照合されながら見られるという、困難が予期される映画ではあるが、再解釈する訳でもなく、「ヤマト」体験との連続性も無視することもなく、フィルムに再現するという作業は、まず成功している。

「ヤマト」という過去を構成する、音楽、声、デザインをもう一度組み立て直して、素直に演出して見せてくれた。という感じですね。感動しました。

(2011年1月2日 TOHOシネマズ 梅田 で鑑賞) 

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齋藤智裕「KAGEROU」(ポプラ社)

水嶋ヒロは子供と一緒に毎週テレビで「仮面ライダーカブト」見ていましたので、知っていました。だから買いました。

既に64万部を越えたセールスとのことで、販売戦略が見事に大当たりですね。ヒロさんの芸能事務所を辞めた話から始まって、作家活動宣言とか、文学賞受賞とか、「仮面ライダー」のヒロさんなので、そのゴシップに関心を持ち続けたのは事実です。
反射しました。仮面ライダーの作家に変身に。

面白い作品でした。主人公の紹介の文脈が素人ぽく、技術面ではなぜ大賞なのか良く分かりませんが、それも含めた脱力表現は、今の時代に生きる人間のリアルな一面が匂い立ちます。
労働の手ざわりを失った人間。想像力を失った人間。意味のない笑いに執拗にしがみつこうとする人間。
この多数の日本人、働きざかりであるはずの日本人、これは、この行き詰まった日本人が見いだす価値の物語と言えば、そんな大げさに考えるものではない、と突っ込まねばならないのですが、やはりリアルな私達のために書かれている。

コンビニで売れているようです。水嶋ヒロの物語を欲しがっている私達の目に触れるように置かれています。ちなみに、題名までが、どこかしら、仮面ライダーですね。あとに残るある種の幸福感というのが、「いい話」の条件なのか。

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