マロンの夢を見た。そしてマロンの傍にいるあなた様へ。
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今朝は夢にマロンが出てきてくれた。
久しぶりに会えて本当に本当にとても嬉しかった。
私を見つけると駆け足で近寄ってきて
2年前と同じように顔を寄せて尻尾を振ってくれた。
私に褒められたくてすぐにお座りをして私の目をじっと見て
『クーンクーン』と甘えるマロンのくせも変わっていなかった。
抱っこをするととてもとても軽くて小さくてフワフワしていた。
私が名前を呼ぶとマロンもとても嬉しそうにした。
2年前までは、これが自然な毎日だった。
悲しみや苦しみや後悔や反省よりも何よりも
マロンの幸せを、ただただひたすらに願っている。祈っている。
以下は書かない方が良いのかも知れないが
書かなければ後悔すると思う。書かずに後悔するなら書いて後悔した方がよい。
誰に何と思われようとマロンを想う気持ちを社会に伝えることが出来るならどうでもいい。
交通事故などで死んでしまったら書けない。書かなければマロンの傍に居る人には永遠に伝わることはないので
書きます。 2010年1月1日にマロンを連れて帰ったなら、それが連れ去りなら、それは誘拐と同じ。
何ものにも代えられない存在≒愛する我が子を誘拐された親の気持ちが解りませんか?
日本の歴史に残る凶悪犯罪の被害者のような被害に遭っているのではないかと考えるだけで
心臓がバクバク鳴り始めて焦点が合わなくなり、血の気が引いて気が遠くなります。
ショックで意識を失いそうになるのです。その絶望感が理解できますか。
強制的に交配させられ子犬を生まされて、
マロンの可愛い子犬は売り飛ばされているのではないか
もしも子犬が病気持ちなら目の前で殺されているのではないか、
そのような残虐な現状を考えたくなくても我が子を誘拐された親は
心配や不安から悪い方向性に物事を考えてしまうのです。
「幸せに暮らしている」と考えていれば気は楽です。苦しまずにいられます。
でも真実は?真相は?現状は?
マロンがひとりぼっちで苦しんでいるかも知れないのに、
その可能性がゼロではないのだから楽でいられるはずがない。
私たちが苦しむ分には構わない、マロンを苦しめたなら、苦しめているなら解放してください。
誘拐されたあと虐待されてすぐに殺されてしまったのではないかとも考えます。
誘拐したあなたが死ぬまでこの罪に罪悪を感じて生きることが
神があなたに与える罰。
時間が経てば、同じようなことを繰り返していれば忘れてしまうかもしれない。
でもあなたは覚えてる。何をしたか、どうなったかを全部知っている。
忘れても記憶から消すことはできない。
私はあなたに対する目的なんてないです。
私たちに謝罪することではないし賠償の問題でもない。
マロンがどこでどうなっているのかを知りたい。
マロンの姿を確認したい。 もしもマロンがもう居ないなら、マロンの死を持ってあなたには誠意のある人間になってほしい。
少なくとも私たちに対しては。
マロンが生きているならマロンを生涯愛し幸せにしてください。
淋しさや苦しみや不自由を与えず
好奇心を満たしストレスのない充実した人生を送らせてください。
それが出来るのは私達だけだと私は確信しているので連絡してほしいのが一番ですが。
罪は帰ってくる。
あなたに自分より大切な存在が出来た時、奪われてあなたが苦しむ。
人としてしてはいけないことを越えていることに
マロンと私たちの苦しみをもって気付いてください。
偉そうにすみません、また非や道徳を議論するのはこの現状では不毛。
あなたの罪を私たちと共有してあなたが罪を残さず感じず生きて欲しい。
私はマロンを愛している家族を心配や不安や悲しみ苦しみから救いたいし
マロンの幸せを願うよりもうちで、傍で、幸せにしたいのです。
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