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浮世離れの世迷言
主語はいつだって ワ タ シ です。

鹿芝居

らくだという噺は、圓生で聴いたのが初めだと思うけれど、たぶんその後だったと思うが、可楽の録音で聴いて、それ以来ずっと可楽を教則本なみに玉条にしている。

むかしワタシの部下にたいへん酒癖の悪いのがいて、とはいえなかなか面白い奴だったけれど、酒が原因であれこれ問題を起こして辞めた。
この男が可楽が好きで、ははあ、酒飲みは酒飲みの心が解るということだろうと理解していた。
ワタシは酒飲みではないが、可楽のらくだの屑屋の久六の三杯飲んで急変する様とか、酒に絡んだ噺のまくらに出るおかみさんの、

あだし、酔っぱらっちゃったの

なんてのを聴くと、もう心の底から、あー、このひと大好き、って思う。

だから、可楽のらくだで、だんだん酔って目が座っていく久六の姿に可楽の目付きが妙に似合い、ハラハラしつつワクワクしつつ、やくざ者の丁の目の半次と立場が逆転するところでなんだか溜飲が下がるようでもある。


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そのらくだが鹿芝居に掛かるので、国立演芸場に仕事場から急いだ。
もちろん開演に間に合うはずもなく、それでも入ったら蝶花楼馬楽の寄合酒がサゲにかかるところで、まず順調の内だろう。

らくだは笑いどころが多い噺だけれど、扱っている素材は凄惨なものだ。
黄金餅も同じで、普通は笑えない死体なんてものを笑いの素材にしてしまうところが落語の痛快なところだから違和感はないが、あれはらくだの役者はたいへんだろうなあと心配する。

ずいぶん以前、歌舞伎のらくだを観たことがある。
噺が元ネタの芝居と言えば当然菊五郎一座で、らくだは三河屋だった。
らくだは本名が馬で身体が大きいかららくだとあだ名されたわけだが、たしかに三河屋は大きい。おおきいからカンカンノウを踊るところに迫力が増すと言う寸法で、この鹿芝居では同じように身体が大きい金原亭馬久が黄色く塗ってやっていた。

なにしろ鹿芝居だからひどい扱いを受ける道理で、ドリフターズの全員集合ばりに盥を落とされるのだから盥がへこんでその都度修理するのでたいへんである。


(笑)




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この鹿芝居は座頭が正雀で花形が金原亭馬生、一座のお師匠番が蝶花楼馬楽という役どころなのだろうか。
それらしく、丁の目の半治が馬生で屑屋の久六が正雀、カンカンノウで魂消る家主源兵衛が馬楽、らくだは既に書いたように金原亭馬久。

なかにたらちねの入れごとがあって、でえくの八五郎が金原亭世之介、自らことの姓名は、たらちねの体内をいでしときは鶴女と申せしが成長の後これを改め清女と申しはべるなりのお清ならぬお長が古今亭菊春。
職人の亀吉が金原亭馬治で踊りを踊るお花が林家彦丸、家主の女房くまが金原亭馬玉。

お客さんも大半は度々鹿芝居を観て楽しみにしているという風情で、全体にほんわかとした雰囲気で、とても結構だった。
笑わせどころの客席の反応も好くて、好い時間だった。

途中でたらちねの入れごとと書いたけれど、筋も話の方のサゲを省いてスッキリと終らせた。
カンカンノウもわかりやすくかっぽれの総踊りに変えてある。

しかし、正雀は酒乱で目が座るのはニンじゃないね(笑)


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このシリーズの第一回をワタシは観ている。そのときは世話情浮名横櫛だった。
もちろんメモをひっくり返していま記憶が明瞭になったにすぎないのだけれど、与三郎が馬生でお富が正雀、馬楽はたぶんお富の兄多左衛門だったろうと思うが、もしかしたら蝙蝠安だったかもしれない。あるいは蝙蝠安が正雀だったのかしら。

ともかく、その後しばらく観ていないでこのたび二度目の鹿芝居は回を重ねて15回目だというのだからご同慶の至りである。


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演芸場で定式幕が引かれるなんてのは鹿芝居の時くらいだろうと思うけれど、いやいや、そもそも定席で定式幕があるなんてことが普通じゃないわけで、他に鹿芝居と言えば鈴本だけれど、あすこは定式幕はあるのだろうか?

さすがは国立だ。


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中入りまではこんなネタ。
なんとなくそれらしいネタ帳であるなあと思った。

そうそう、ヨノハルコンビで世之助が無くなった團十郎を真似たのだけれど、これが絶品だった。
噺家は声色が上手な人が多いけれど、ありゃたいしたもんだなあ。

成田屋!

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平家女護島で貝づくし

休暇の予定が、用務が押し押し延びて、もはやこれまですっかり諦めた、誰か代わりに行ってくれる人はいないものかと思って探していたところ、突然の再延期で予定どおり休みが取れてしまった。

おかげで平家女護島を観ることができた。

観ることができたばかりでなく、とても好かった。

今まで文楽で観たことは無く、俊寛(鬼界が島の段)を歌舞伎で幾度か観たことがあるだけ。その前の六波羅の段とその後の舟路の道行を観ることができて、この話の構成がようやく解ったうえに、これまでのこの話の印象がずいぶん変わったというほどの、とても心に響く機会を得ることができた。

観られることになった経緯もあいまって、なんだか観させられ観るべくして観たような気がして少々気分が高揚した。




まあ、勘違いだろうけどねー


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このところ、なるべく床に近いところに席を取るようにしている。
人によりけりだけれど、どうも近い方が詞章をはっきり聴き取ることができるような気がするからだ。
じっさい、以前は聴き取りにくかった太夫も、今日は快適に聴き取れた。
もっとも、時代と世話の違いがあるのかも知れない。
聴き取りにくいと思う時はたいてい世話で、武張った表現の方がワタシドモの言語に近いということなのだろう。

それらの諸事情があるにせよ、六波羅の靖太夫に錦糸、鬼界が島の英太夫に清介ともに人形がよく理解できて、それはもしかしたらワタシの嬉しいという感情なり、あるいは精神的なコンディションの好さがそう思わせたのかも知れないけれど、その後の敷名の浦の全12名もそうだったけれど、とても好い気持ちで劇場を後にして、満足満足。


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千鳥は蓑助で、こっちがそう思っているからだろうが、出てきただけでパッと明るくなってワクワクする。

もうだいぶ以前のことだけれど、秋田の康楽館という同和鉱業が社員福祉のために開設したという古い小屋で、蓑助がお初を遣った曽根崎を見たことがある。
もちろん電照だけれど、古い小屋だから灯りの回りも不十分だし、時代の付いた建物が明るさを吸い込むし、そんな中でもお初が出てきたら目に鮮やかでたいへん驚いた。

ワタシの老母は仁左衛門ファンで、孝夫だった昔から、あの人が出てくるだけで周りが白々と明るくなる、と言うので、まあそれはそうかも知れないが、照度が上がるなんてのは理屈に合わないとずっと馬鹿にしていたけれど、蓑助を観ると、そういうことはあるんだよ、と理解する。
重力場が光を曲げているんだろうな。

つまり、そういう質量のある人なのだ。


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そうして、やはり上手な遣い手が揃うと、太夫の発する詞章を説明する動きではなく、人形の動きを詞章が盛り立てているような舞台になるということがとても鮮やかにみてとれた。

俊寛の物語だと思っていたけれど、これも忠臣蔵と同じで、軸になる人に振り回されて運命が雪崩のように動いて行く人たちの物語なのだということがよく解った。

俊寛の叫びは未来への叫びではなく、己が巻き込んで滅びつつある全ての関わり合いの者に対する、それと気付かない運命への怒りの叫びなのだ、と、そう理解した。

和生の俊寛を観て、元に戻ろうとしてかえって戻れなくなる、人というものの運命に翻弄されて、それに意志を持って抗うことの無力さと切なさを思ったのだけれど、いやいやそんなこと、

 ワ タ シ が 書 く よ う な 感 想 じ ゃ な い

のでやめとく。

ワタシなんぞは、千鳥を見初めた丹波の少将が俊寛に馴れ初めを話すその内で、

汐干になれば洲崎の裾の腰丈、踵には蛤踏み、太股に赤貝挟み、指で鮑起せば、爪は蠣貝、黄累のふた云々

と言うところに反応するところがお似合いなのであった。



まあ、いいです。

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三宅坂の国立劇場と演芸場には、最近は永田町の駅から歩くことが増えた。

劇場に行くには、普通は演芸場を左に見て地下道みたいな道を歩いて大劇場の脇に出るのだけれど、小劇場の公演の時は、演芸場を右に見て関係者駐車場に入り、楽屋口の前を通って小劇場の脇に出る。

ドアの前を通ったら、ちょうど帰ろうとする鶴澤寛治が見えた。
12月の忠臣蔵はお休みだったので、元気な姿を見ることができて好かった。
今月は第二部の曽根崎心中で演奏している。

第二部と言うのは、国立劇場五十周年記念・近松名作集の第二部と言う意味で、一日三部公演の第二部がお初徳兵衛、第一部が平家女護島、第三部が梅川忠兵衛。

このたびはワタシは第三部を観に行ったので、ちょうど第二部・曽根崎心中の天神森の段でお初を演奏した帰りだったはずである。


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ワタシが観た第三部、外題は冥途の飛脚で、芝居だと改作の恋飛脚大和往来でも、封印切の場と新口村の場がしばしば架かる。

メモによると、冥途の飛脚は、ワタシは以前に一度観ている。
今回と同じ段組みで、梅川を蓑助、忠兵衛は玉男。玉男は先代。
淡路町の段は咲大夫、封印切りの段は綱大夫。

そうか、玉男と綱大夫だったんだ。

今月は梅川が清十郎で忠兵衛が当代玉男。
淡路町は松香太夫が病気で咲甫太夫から呂勢太夫、封印切りは千歳太夫。


淡路町から封印切りと続いた次の段、道行相合かごがとても好かった。
前もああだったのかどうか全く記憶が無いのだけれど、晩秋のすすきの穂がまだ落ちていない河内平野だか大和平野だかを、そろそろ懐もさびしくなった駆け落ち梅川忠兵衛が一つかごに相乗りで登場する。
ずっと背景がスクロールする装置が楽しく、昔の芝居の裏方たちは楽しんで装置を考え、作っていたのだろうなと想像する。

ワタシなんぞは根っからの助兵衛だからそう受け取るのだとは思うが、あんな狭い駕籠で脚を交わして抱き合って乗ってきたと、もう目前に死が控えている駆け落ち者のまさに濡れ場が散りばめられた詞章を理解することができた当時の大坂の人たちにはどのように受け取られたのか、そちらが気になる。

大衆小説の刑事ものだと、たいてい心中を前にした駆け落ち者の布団は激しく乱れているのが常で、そういうシチュエーションは昔から共通だったのかと、改めて現代は過去の延長線上をうろうろしているのだなあと感じた。

まあ、いいです。


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ともかく、芝居の方だと新口村で必ず出てくる、
 
 さりながら、私の父様母様は、京の六条数珠屋町←恋飛脚大和往来

が、

 ただいとしぼは私が母、京の六条数珠屋町←冥途の飛脚

となっていて、ああ、元はお父っつぁんは既に死んでいたんだね、
ああ、だからなおさら忠兵衛の実父である孫右衛門への心遣いが強いのかしら、
などと今になってあれこれ考えている。

観る前に考えないといかんね。


その京都の六条数珠屋町と言う地名に憧れて雪の京都に立ち寄ったことを思い出した。


その時のブログを読み返すと、おやおや、大阪の文楽劇場で、やっぱり蓑助が梅川を遣った、これは新口村、つまりこれも改作のけいせい恋飛脚の方だけれど、それを観た帰りに京都に寄っていると書いてある。

ほほぉ。
日記はつけておくものですなあ。



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淡路町というのはワタシの会社が淡路町にあったので、数えきれないほど通った町筋だから身近に感じるのかも知れない。
懐かしさなんてのはもちろんないけれど、あわじまち、という音がとても素敵だ。
どしょうまち、とか、こうらいばし、とか、いまばし、とか、ね。
大阪というときっつい思い出の方が多いんだけどね(笑)、ま、過ぎ去った昔はみな美しいというあれだろう。




今回は道行が心に残った。

調子の好い悪いはあるから。
聴く方にもあるし、やる方にもあるだろうし。

とにかく道行が好かったのでした、はい。

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昨日三宅坂で圓朝

圓朝に挑む、という国立演芸場の企画は今年で何度目になるか知らないけれど、ほぼ満員だった。


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このところ落語が楽しくて仕方ない。
以前は「まっちかく」な芸に憑りつかれていたのかしらと振り返りもするが、そうではなくて、ただなんとなく好みが狭かったのだろう。


今年の圓朝に挑むは牡丹灯籠の二席が中心で、中入り前に三遊亭天どんがお札剥がしを、中入り後くいつきで隅田川馬石が続くお峰殺しを話す。
トリの橘屋圓太郎が暗い雰囲気をパッと明るくするおかめ団子で追い出すという、とてもワクワクする顔触れ。
入場券を会員先行販売で確保するまでは瞬殺を覚悟していたので、発売当日は訪問先から訪問先への移動中に iPad でウェブサイトにアクセスしていたのだけれど、なかなかサーバーに繋がらなくてイライラいらいらイライラいらいらしていたのだけれど、15分も経ってから繋がった時には余裕で席を確保できたので拍子抜けだった。

と言っても、いつも演芸場ならここと決めている席は取れなかったのだけれど、もっと好い席を見つけたのでこれからの予約はここにすることにした。


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お!、今夜のお囃子は恩田えりなんだ。
まさか、どっちかで音を入れるのかな?そんな演出があるのかな?なんて期待したけれど、それは無かった。
無かったけれどさすがの撥で、ワタシなんぞはブイキのうえに下々らしく遊び知らずだから音締めの好い三味線の音なんてものが解らないのだけれど、それでもああ結構な音色だなあというような出囃子で、ちょいと得をしたようだった。

この人が音曲噺の下座で歌ったのを録音で聴いたことがある。
とても好いつん抜ける歌声で、ワタシなんぞが乏しい知識と経験で思い浮かべる端唄小唄都々逸長唄の理想的な声質だなあと思った。

ことし二代目の橘家橘之助を襲名する三遊亭小圓歌が高座で「こんな芸者呼んだら高いわよ」ってよく言うけれど、本当にそうだよなあ。
あれだのこれだのをお安く聴けるのは寄席ならではだよねー。


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開口一番前座は三遊亭あおもりの堀之内。

つづいて柳家わさびが、ネタをさがしてようやく圓朝の速記から小咄を見つけて落語にしましたけれど、持ち時間30分が長すぎるので交渉して5分削っても良いと言ってもらいました、なんて枕から始めた「西洋の丁稚と日本の小僧」。
面白くておどろいた。
あのひょろりっとした雰囲気も好いんだね。
やっぱりたいした顔付けだわ。

天どんは、去年の暮れに双蝶々のうち「小雀長吉」と「権九郎殺し」を聴いて、なんだ、この人は人情噺もうめえんだ、って知っていたので、楽しみにしていた。
うん、この人らしくて楽しかったな。
ところどころ現実に戻すくすぐりを入れるんだけれど、それが嫌だという人はいるかもしれないけれど、ワタシにはその後の凄味が際立って感じられて、とても怖い。

 真 冬 に 牡 丹 灯 籠 や る な よ ー

って真剣に思った(笑)


中入りの後、馬石はすぐに続きを話しますと本題に入った。
この人は何とも表情のある噺家で、お峰が嫉妬の気持ちを表して来るあたりなんぞはいたたまれなくなるくらいで、いやあ、悪いのは明らかに伴蔵なのだけれど、そもそもお峰だって共犯なんだし、ちょっとだけ伴蔵に同情する。
女中に憑依して、貝殻骨から乳房に掛けて斬られたときは痛かったよ、なんと言う不気味さは、灯を落とさない明るい高座でも薄暗く見えるくらいのもので、まあ、さすがだった。

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お峰が殺された後には普通は高座に上がる人はいないんですが、なんと言って笑わせた圓太郎は、普通なら踊ってはねるか、まあ大喜利の代わりだと思って聴いてください、とおかめ団子。
お亀さんが多助にほれるのが無理が無く感じられて、とても清々しかった。
それに多助の孝行心が自然でねえ、なんだか自分を振り返って大いに反省しましたなあ、ちったぁ爪の垢でも煎じて飲んで孝行しろい、って話で、へぇ。

それで楽しくはねて、好い心持で演芸場を出た。
携帯電話の電源を入れると多数の着信が。


そうして電話の主に架電、話を聴いて、

 一転、目の前が真っ暗になった。

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飴男

あいかわらずひもじさが抜けきらないのだけれど、しかしいつの間にやら食は細くなっているようだ。

うーん、細い、とまでは言えないかも知れない。


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なにしろ外出している時は心掛けて昼食はそばで、それも最近はかけそばにする。
この冬はかつてなく寒さが身に沁みて、寝るときはガウンを掻巻がわりにしてもまだ寒いようで、布団を布団乾燥機で温めてから寝るし、外出するときワイシャツの時でも下着のシャツを着るようになってしまった。

ズボンの下にスパッツを穿いたらあまりに温かく、ズボンは少し緩めのものを買って毎日穿こうかしらなどと悩んでいる。
かっこわるくても暖かい方がありがたいと思い始めていることが情けない。

ワタシの父はたいへんな寒がりで、痩せていたとはいえどうしてあんなに寒がるのかしらと不思議でならなかったのだが、鏡に映る姿ばかりでなく、ついに寒がりまで襲って来たかと思えば、遺伝子の見えざる手におののくばかりだ。
先も知れたものである。


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そんなだから食べるそばは温かものばかりで、つい食い意地が張っててんぷらなんぞの種物をとると、そばつゆに脂がひろがるのは結構だけれど浮いたてんぷらが崩れてしまう。
いつだって崩れる前に食べてしまおうとするけれどそううまくはいかず、結局途中から崩れたてんぷらが水面をぷかぷかしてみっともない。
別に良いじゃないかと思いもするが、それが気になって仕方がないので、もうすっかり諦めてかけそばばかり食べることにした。

てんぷらが別皿で出る店なら良いけれど、そういう店ばかり入っていられるわけじゃないから仕方ない。

それで満足できる腹になったのはお目出度いことでもあり、主治医からは褒められたけれど、ちょっと情けなくもある。これから残りの人生を、心の隅にこびりついたひもじさを落とせないままかと思うと、やっぱり心持は暗い。


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芝居や寄席に出掛けると無闇に咳が出るのは決して風邪などではなく、首の捻じれによるものだろうと言うことは経験的に解っている。
あ、これは咳が出るな、と思う首筋の緊張を自覚すると、確実に数十秒後に止まりにくい咳が出て冷や汗で涼しくなる。
いっときは喘息だなんて脅かされたけれど、間違いなく緊張性だろう。

ところがこの冬は、乾燥に対して敏感という新たな症状がそれに加わった。
けっこうたいへんである。

今まで乾燥なんて気にしたことなんか無かったけれど、コンタクトレンズの入った目の前が見えにくくなるほどの乾き眼とか、不調が続いたせいか喉がかなりヒリヒリするとか、レジ袋が開けないどころじゃないほどの手のガサガサとか、要するに確実にエイジングが進んでいることが解ってきたので、スピーカーなら結構な話だけれど、生身の体じゃ捨ても置かれない、対抗策を採ることにした。

風呂上りはクリームを塗るし、目薬は始終さすし、なるべくマスクをするし、マスクには湿度を保つスプレーをするし、加湿器をつけるし、寝るときは手袋をするし、まあ、過保護の極みだ。

そのうえにもう一つ、お行儀は悪いけれど、できるだけ飴をなめるようにした。
飴なんか馬鹿馬鹿しくってそんなの口に押し込む奴の気がしれねえや、なんてずーっと思ってきたけれど、宗旨替えである。

必須アイテムは龍角散のど飴とカンロ飴、チェルシー、それに榮太郎の梅ぼ志飴で、毎朝いくつかずつまんべんなく袋に入れて家を出るほどだ。

カンロ飴なんてものはもう何十年ぶりに舐めたのだけれど、これが馬鹿な美味しさで、大きいのについなめてしまう。
醤油ってのは偉大なのである。
チェルシーはコマーシャルの音楽が大好きだったので、箱に入っていた昔はよくなめたけれど、これも数十年ぶりに買ったら、やっぱりヨーグルトスカッチが懐かしい。
梅ぼ志飴は子供の頃に馴染んだせいか、あの勘がとても懐かしくて、やっぱり何十年ぶりに求めた。

煙草をやめた時だって飴なんか決してなめなかったけれど、このたびは自ら求めて、しかも始終飽きずになめている。
まさかねえ、このワタシが飴をなめるようになるとは。

若い連中に舐められるわけだ。

スペインの雨はたいてい平野に降るらしいけれど、
The rain in Spain stays mainly in the plain. 
ワタシの飴はいつもカバンの中にある、って話は、さて良いのか悪いのか。


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そういうわけだから、ひもじい思いをしているわりに、摂取カロリーは実はそれほど減っていないのかもしれない。


まあ、いいです。



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