論語の例の件
|
文學博士宇野哲人譯『四書集註 上』(改造社・世界聖典全集)。 142〜143ページ。 ○葉公問孔子於子路。子路不對。
…… ○子曰。女奚不曰。其爲人也。發憤忘食。樂以忘憂。不知老之將至云爾。 未だ得ざれば即ち憤を發して食を忘れ、已に得れば即ち之を樂しみて憂を忘る。是の二者を以てして、俛焉として日に孳孳たること有り。而して年數の足らざるを知らず。但自らその學を好むの篤きを言ふのみ。然れども深く之を味へば、即ちその全體至極、純亦不已の妙、聖人に非ざれば及ぶ能はざる者有るを見る。蓋し凡そ夫子の自ら言ふこと、類ね此の如し。學者宜しく思を致すべきなり。 「全體至極」の注。 全體至極云々 憤ると樂しむと相反して居る。聖人は憤りを發しては便ち食を忘るるに至り、樂しみては便ち食を忘るるに至る。是れ兩邊各々其の極に造るのである。寒には寒の極に到り、暑には暑の極に到るが如くである。故に全體至極と云ふのである。兩者循環して己まず老の將に至らんとするを知らざる所以である。此は聖人の心は天理に純で別に他の嗜好が無い。自然に之を學んで厭はざる所以である、故に純なれども亦己まずと曰ふのである。
(原文のまゝ) |

エントリー違ひを御許し下さい。
今朝、産経新聞に掲載された『正論』の広告を見てびつくりしました。松原正先生の西尾幹二氏に対する批判論文が載つてゐるのです。松原先生の論文が月刊誌に登場するのは、約三十年ぶりの事ではないでせうか。今日絶対に買つて読みます。
2008/9/1(月) 午前 9:48 [ kil*ert*ell*un* ]
ええと當方も買つて來ました。何箇所か文章の通りが惡いと言ふか飛躍があつたりしますので解り難くなつてゐますが、本質的な批判になつてゐたと思ひます。
西尾幹二は、皇太子を信頼してゐないのに「天皇制」の心配をしてゐるが、これは政治主義であり、許されない、と。
西尾は反論しないでせうねえ。
2008/9/4(木) 午前 1:20 [ nozakitakehide ]
御返事を有難う御座いました。
毎度の事ながら、松原先生に斬られた人は決して反論しないのですね。先生が如来様の元へ御戻りになつた後、死人に口無しとばかりに批判や弁解をする積りなのでせうか。
先生の論文を月刊誌で読めるのも恐らくこれが最後でせう。さう思ふと寂しいです。
2008/9/4(木) 午後 7:32 [ kil*ert*ell*un* ]