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これは、週刊文春12月31日号の
「勝間和代 男とウソ」の記事のほぼ全文引用です。
娘さんの部分は完全カットしています。
なぜなら、勝間和代氏本人とは
まったく関係ない部分だと考えたからです
では、以下どうぞ
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「私自身、雇用機会均等法直後の世代で、子育てしながら働くことが簡単ではありませんでした。
滑って転んで崖から落ちる体験がたくさんあったので、どうやって克服できたかを書いて行ったら、
共感を得られたのだと思います」
勝間和代は自身の成功についてそう語った
カツマー現象と呼ばれるほど支持を集め、類計270万部の著作を誇る経済評論家。
慶応大学在学中に妊娠、結婚、離婚に回、3人の娘を持つワーキングマザーとして外資系企業で
キャリアを積んだ。
08年にはベストマザー賞を受賞。内閣府男女共同参画会議の議員にして、09年11月、
菅大臣に政策提言したことでも知られる
確かに成功の陰には、さまざまな努力や苦労もあったことだろう。しかし、
インタビューを試みながら、その言葉にどこか空虚なものを感じずにはいられなかった。
その理由。
1 不倫を隠して突然離婚
私的な事柄を記録しよう というのは、ネット活用の普及と重要性を啓蒙する
勝間和代の公式ブログのタイトルだ。
その趣旨に沿ったわけではないだろうが、「健やかに眠るための日記」というブログに注目したい。
(ちなみに、現在このブログは閉鎖されています)
ごく個人的な事柄を記録したものだが、その03年6月18日の欄には、
「離婚届を提出してまいりました。」と始められている
「先週、今秋と平日にカミさん帰宅せず。機能、段ボールがたくさん届いた。非常に嫌な予感。
ネット販売で購入した者らしい。カミサン帰宅。こんにちは、とあいさつされる
カミさんと二人で話。子供たちもつれて明日引っ越す。離婚の条件はこれこれで。
二人で区役所に提出した。準備万端整えてきただけあって、子供たちの学校や保育園の手配も
すっかり出来上がっているらしい」
このカミさんというのが、実は勝間和代だった。このブログは、最初の夫のものなのだ。
その本人に話を聞いた。
「書いてある通りです。やり方があまりにひどかった。ある日突然、一方的に3人の娘も
連れて行ってしまった。一言いってくれれば、こちらにも離婚の用意はあった。
そんな人の気持ちも図らずに、人のことを何だと思っているのか・・・」
元夫は、この離婚を勝間がネット上で「家庭の方も大幅な立て直しを行っています」
と、まるで倒産企業を再建するような口ぶりで語っていたことにも憤りを隠せないようだ。
勝間によると、この頃の彼女は外資系コンサルタント会社真っキンゼーに努め、
体調を崩すほどの多忙を極めていた。
そこへ、夫が子供のための定期預金を勝手に使いこんでいた事実が発覚。離婚を決意した、という。
元夫が語る
「確かに、子供のための郵便貯金を使って、キャバクラに行ったこともあります。
私が悪いです。
あの頃の彼女はパートナーに昇進できなければ首になるという
プレッシャーの中で、努力が報われないことに苦しんでいました。
夜は遅くに帰って、朝はぎりぎりまで寝て、タクシーで通勤する。
そんな生活で、休日も1日家で布団にくるまっているような鬱状態になっていました。
だけど、私も自宅でプログラミングの仕事をする傍ら、子供の面倒を見なければ
ならなかった。正直、仕事ははかどらない。
マンションの家賃は彼女、光熱費は私が持つというところで、定期預金に
手が伸びてしまった。」
ちなみに、当時の住居はマッキンゼーが社宅として借り受けていた。
「これでは私もだめになると思って、離婚するつもりでした。ただ、三女が小学校に
上がるまではと、、それがいきなりですから。」
さらに、その一年後のブログには、こんな記載もある。
「元妻と、その現夫に対して、不倫を隠して離婚したことへの慰謝料請求訴訟を起こしているので、
子供たちと会うことができない。
こちらにも悪い点があったとしても、だまし討ち同然に離婚しておいて、
離婚同意書に書いてある内容を守ることもしない人間に親権を渡してしまったことを
最も後悔している」
勝間が準備してきた「同意書」には、二カ月に1回は子供に合わせる、養育費はいらない、とあった。
ところが実際は「見たいテレビがあるからダメ」「子供が会いたくないと言っている」と理由をつけ、
なかなか合わせようとしない。ようやく会ってみると、子供たちから
「カツマ」という男性と同居していることを知らされた。
「それで彼女の残していったパソコンをのぞいてみると、不倫の証拠メールがあったので、
彼女と相手の男を相手取って訴訟を起こしました。
すると、先方はあっさり不貞の事実を認めました。」
不貞を冒してまで再婚した男性とも長くは続かなかったようだ。離婚から半年後に入籍するも、
一年半後には再び離婚。離婚後も勝間姓を名乗っている。
〜中略〜
九州男児で家事などやらなかった、という勝間の批判については
「鹿児島の孤島の出身で、男子厨房に入らず、という環境で育ちましたから。
それが理由というわけではないですが、家事は苦手でした。やりたくない、と正直に言ったことも
あったかもしれません。
ですが、彼女のいないときには、それなりのことはしていました。
それに、毎日のように子供を保育園に送迎していたのは私ですよ」
同級生の父兄が話す。
「いつもお父さんが送迎されていましたね。学校行事の時は他の親御さんに子供を預けたり。
最近ではテレビに出ている彼女の姿を見て、みんな怒ってますよ。
子育てサイトで有名になったというけれど、あの人に子育てを語る資格はあるのかと」
〜中略〜
2 勝間和代が失ったもの
男女機会均等法が施行され、男社会の中で働く女性が増えた。子供を産むことすらままならない女性も
いる。
そうした時に働く女性のコミニティーサイトを立ち上げ、3人の子供を育てつつ、キャリアと高収入を
手にした勝間に惹かれる世代が誕生したのも時代の趨勢だろう。
しかし、彼女は、「暖かい家庭」や「良好な親子関係」を築けなかったことを
後になって気づき、失ったものに涙する、一介の女性でもあったのだ。
それは高度成長期に家庭を顧みなかった男の後ろ姿に重なって見えた。
インタビューを終えた勝間を送り出す時、彼女は、
私に「独身ですか?」と尋ねてきた。「そうだ」と答えると、笑顔で言った
「じゃあ、とっくに35歳を過ぎていますから、男性としても限界ですね」
私は笑顔で応じながら、心の中で思った。
なるほど、そうやって言われた相手の立場や気持ちを考えることのできない人なのだ、と
> 引用終了
読了後の判断は読者に委ねます。
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