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(4)免責事由について


 社会的評価を低下させるような放送であっても、放送によって摘示された事実が公共の利害に関わり、かつ、主として公益目的によるものであって、当該事実の少なくとも重要部分が真実であるか又は真実と信じることについて相当の理由があることがNHKによって証明された場合には、名誉毀損による人権侵害には当たらない。 
また、委員会は、疑惑報道の萎縮を可能な限り避けるという観点から、疑惑を指摘する場合には、断定を避けてあくまでも疑惑の提示として理解されるように配慮されており、かつ、当該疑惑の指摘に相当の理由があるのであれば、名誉毀損の人権侵害には当たらないという考え方を採用してきた(決定第51号「大阪市長選関連報道への申立て」、第55号「謝罪会見報道に対する申立て」参照)。


 以下ではこれらの点について検討する。


 


  1. 公共性・公益目的について
     上記関係部分による摘示事実は、容易に作製できる新たな万能細胞の発見であり、再生医療の発展にも大きな寄与をなしうる画期的な研究として国民的、さらには国際的な注目を集めたSTAP研究に疑義が生じたことを受け、STAP細胞だとされたものの正体を明らかにしようとする調査報道であるから、高い公共性を有する。  また、本件番組は、国民的・国際的な注目を集めたSTAP研究に関する不正の内容について報道するとともに、より一般的に、研究不正が頻発する背景にはどのような事情があり、どのような解決策がありうるのかということにまで踏み込むもので、本件放送はその内容をなすものとして高い公共性が認められる。
     次に、公益目的については、本件番組が上記のように高い公共性を有する内容を、多くの資料や研究者・関係者への取材に基づいて放送することによって視聴者の関心に応えようとするものであるから、その内容をなす本件放送には主として公益を図る目的が認められる。
     
  2. 真実性・相当性について
    摘示事実a)――STAP細胞の正体はES細胞である可能性が高い――について
     STAP論文を掲載したネイチャー誌が2015年9月24日付電子版において、各国の研究チームの研究成果を掲載するとともに、STAP現象が真実ではないことが立証されたと指摘した。このこと等により、STAP細胞が存在しないことは科学コミュニティの共通理解となっているものと思われる。他方、STAP細胞の正体については、理研の第2次調査報告書ではES細胞説がとられ、この立場は上記のネイチャー電子版に掲載された理研の研究チームの論文でも維持されているとのことであり、そこからすれば、ES細胞説が少なくとも有力な仮説であると言いうるから、摘示事実a)には真実性又は相当性が認められると考えられる。
     なお、申立人は、刺激によってOct4遺伝子が陽性となって細胞が発光する現象が見られることをもって、STAP現象が存在すると主張しているが、ここで問題となるのは、キメラマウス実験の成功などによって万能性がより厳密に証明されたSTAP細胞のことであり、そのような現象の存在によって上記の判断を覆すことはできない。
     
    摘示事実b)――若山氏の解析及び遠藤氏の解析によれば、申立人の作製したSTAP細胞はアクロシンGFPマウスから作製されたES細胞である可能性がある
    について
     若山氏が解析対象としたSTAP細胞のうち、FLSと呼ばれるものにアクロシンGFP遺伝子が組み込まれていることは、若山氏による解析結果のみならず、第2次調査報告書でも認められており、その重要部分において真実性が認められる。遠藤氏の解析の結果についてなされた「若山氏が小保方氏から渡されたという細胞には、『アクロシンGFP』という特殊な遺伝子が組み込まれていることがわかった」という説明についても、真実性が認められる。
     これらの事情と摘示事実a)の真実性・相当性について述べたことからすれば、摘示事実b)には真実性又は相当性が認められる。
     
    摘示事実c)――STAP細胞は、若山研究室の元留学生が作製し、申立人の研究室で使われる冷凍庫に保管されていたES細胞に由来する可能性がある――について
     元留学生が作製したES細胞が問題発覚後の申立人の研究室の冷凍庫で保管されていたこと自体は真実だと認められるが、次に述べる通り、このES細胞がSTAP細胞の正体である可能性があるという点には、以下の通り真実性・相当性が認められない。
     NHKによれば、このES細胞は、STAP細胞実験が 初に成功したとされる2011年11月に先立つ同年7月に樹立されている。また、作製者である元留学生は、若山研究室でSTAP研究が行われていた時期には、同研究室で核移植ES細胞の実験などを行っており、2012年3月上旬には、若山研究室で初に申立人からSTAP細胞の作製方法の教示を受けたという。さらに、同年10月の帰国前にはSTAP細胞に関連するテーマで実験を行っていた。
     しかし、これらの事情を超えて、若山氏や遠藤氏の解析対象となったSTAP細胞が、元留学生の作製したES細胞である可能性を裏付ける資料は示されていない。
    NHKは「留学生のES細胞が、STAP問題に関連していなかったと言うことは科学的には出来ない」という遠藤氏の指摘を引用しているが、可能性が否定しきれないという程度では、摘示事実c)の真実性が証明されたとは言えない。また、摘示事実c)について真実であると信じるについて相当性があることを示す資料も示されていないから、相当性も認められない。摘示事実d)――申立人は元留学生作製の細胞を何らかの不正行為により入手し、混入してSTAP細胞を作製した疑惑がある――について 次に述べる通り、真実性・相当性は認められない。
     まず、摘示事実c)の真実性・相当性の検討の際に示した通り、元留学生のES細胞がSTAP細胞であった可能性に真実性・相当性が認められない以上、元留学生のES細胞を混入してSTAP細胞を作製したとの疑惑は、真実性・相当性のいずれも認められない。次に、申立人が元留学生作製の細胞を何らかの不正行為により入手したとの点についても、その真実性・相当性を基礎づける資料は示されていない。
     もっとも、ここで問題としているのは、何らかの不正行為による入手や混入そのものの真実性・相当性ではなく、これらの点について疑惑をかけるだけの相当の理由があったかどうかということである。この点を考えてみると、まず、元留学生のES細胞を何らかの不正行為によって入手したという疑惑については、確かに、この細胞が申立人の研究室の冷凍庫に保管されるに至った経緯については申立人とNHKとの間で主張に食い違いがあり、不透明なところがある。しかし、疑惑を提示するについての相当の理由があることがNHKによって証明される必要があるところ、何らかの不正行為による入手疑惑については具体的な根拠が示されていないし、そもそもSTAP細胞が元留学生のES細胞であるとの可能性についても真実性・相当性が認められないから、結局、この点を前提とする摘示事実d)についても疑惑をかけるだけの相当な根拠はないと言わざるをえない。
     
    (5)小括
 これまでの検討をまとめると、本件放送におけるES細胞混入疑惑に関する部分は申立人の社会的評価を低下させるものであり、摘示事実a)、b)については真実性又は相当性が認められるが、摘示事実c)及びd)については真実性と相当性のいずれもが認められないから、これらの点については名誉毀損の人権侵害が認められる。  また、不正疑惑の発覚後、申立人は心的外傷後ストレス障害(PTSD)で治療を受ける事態に至っている。これは申立人に対するマスメディアによる、あるいはインターネット上での過熱したバッシングが数か月にわたって継続したことなどの結果であり、本件放送の影響は全体から見れば一部に過ぎないとはいえ、本件放送がNHKの看板番組の1つである『NHKスペシャル』として全国に放送され、相応の社会的影響があったことからすれば、本件放送による名誉毀損によって申立人の受けた被害は小さいものではない。



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