老いるということ

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忘れるということ

普段の生活で何気なく行っている行為。
 
モノを使ったり、
 
話しをしたり。
 
片づけたり。
 
ご飯を食べたり。
 
 
 
それが年齢とともに忘れ、
 
病気のせいで忘れ、
 
忘れてしまった事柄、モノを
 
思い出すことができなくなる。
 
 
思い出そうとする度に苦しい思いでいる。
 
 
元々、しっかり者だった母は
 
今まさにその苦しみと戦っている。
 
 
私はその吐き出された思いを受け止めたり、
 
そっと手を貸したりしている。
 
 
目の前にいる母は
 
私がちょっと前にいた母と明らかに違う。
 
 
2月〜3月はその辛さの中にいた。
 
私の心が受け止めきれず
 
悲しみの中にいた。
 
 
それでも母は一生懸命戦い続けている。
 
 
私は自分の心がある程度悲しめば
 
そこから立ち直れると信じていた。
 
 
実家からバス停までの暗い道を歩きながら
 
何度も自分に問いかけたり
 
なぐさめたりした。
 
 
そして私は気づいたことがあった。
 
 
年齢で言ったらおばあさんの年なのに
 
母はその年齢が不詳なほど若々しく
 
シャキシャキしてた。
 
 
そのシャキシャキおばあさんは
 
これからおばあさんとしての人生の1歩を歩き始めたと
 
 
私は思うことにした。
 
 
それは私の心の中で
 
何かが楽になった。
 
 
私にとって母は女親分みたいな人で
 
それに従う子分の私。
 
 
その関係が終わったのだ。
 
 
母は女親分を卒業して引退した。
 
 
これから第2か第3の人生、
 
その幕が切られたのだ。
 
 
だからもう悲しんだり、
 
母の以前の面影を追い求めようとは思わない。
 
 
スタートを切った母の人生にソッと手を貸してあげるだけ。
 
 
兄はそんな私を見ていて、
 
まだ面影を追っている、
 
と言うけれど
 
息子と娘の母への接し方は明らかに違う。
 
 
私が私らしく
 
明るく
 
母のこれからのおばあさんとして病気と戦いながら
 
歩んでいく道のりを
 
少しでも明るく照らしてあげたい。
 
 
 
 
桜が満開になる頃に
 
忘れてしまう思い出を作りに行こうと
 
今は思う。

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メールにこめられたもの

母がパソコンを触らなくなった。
 
1年間ほったらかしになってたので
 
相談してプロバイダーの解約手続きを取った。
 
 
その時はムダな支払いを続けているのならと思っていたが……。
 
 
 
今日何の気なしに、以前母から送られてきたメールを読んでみた。
 
 
この2年間は徐々にそのメールが減っていた。
 
 
まだまだ気持ちも元気だったころは
 
メールの件名さえ、ここ2年の間にやりとりした件名とは
 
明らかに違う。
 
 
さかのぼってそのメールを読んでみた。
 
 
その時は気がつかなかった
 
母の心の叫びが聞こえてきた。
 
 
 
私はものすごく悲しくなってきた。
 
 
忙しさにかまけて
 
母は気丈な人だから大丈夫だろうと。
 
 
 
でも、その文面からは寂しさが伝わってきた。
 
 
そして母が少しずつ
 
年を取ってきたのを感じてしまった。
 
 
 
なんで気が付かなかったんだろう。
 
 
 
勝手に母ならひとりでも大丈夫と思って。
 
 
 
やり過ごしてきた時はもとには戻らない。
 
 
これから母の為に何が出来るのか
 
何をして欲しいのか
 
どうして欲しいのか
 
 
私は見つけなければならない。
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チェリィーちゃんと母は支え合って生きている。

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確認作業

以前は2〜3週間連絡しなくても、元気でいるだろうと思っていた。
 
 
ところが今では2日も連絡が取れなかったりすると
 
ものすごく心配になる。
 
 
ちょうど年明けのお正月に2日間、全く連絡が取れず
 
心配した兄が実家に様子を見に行ったことがあった。
 
 
私も3日目に連絡が取れなかったら行こうと思っていたら
 
兄から報告があった。
 
 
健康上の理由ではなかったのでホッとはしたが。
 
 
 
私の職場には同年代が多いので
 
時に親の話がでる。
 
独り暮らしをしている親、
 
両親とも元気なのは珍しく、
 
殆どの親が
 
独り暮らしや子供と孫と暮らしていたりする。
 
 
母親のそばにそれぞれ子供たちが住んでいたりするので
 
何かあったらすぐ駆けつけられる状態。
 
 
私も少し前まではそんな心配などしていなかったが
 
今の母の様子を見ていると
 
今が一番心配になる。
 
近くに引っ越して毎日様子を見てあげられるようにしようかと
 
引越し物件を探してみたりしたが
 
そうはトントンと上手くはいかない。
 
 
 
さっき、ちょうど母と連絡が取れたので
 
オシャベリしていると
 
 
月曜日に会った時の話しになった。
 
その日ことを確認してきたのだ。
 
 
それは私にはわからない母の苦しみ、葛藤がある。
 
 
 
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母について

気丈な母に老いの陰が忍び寄ってきた。
 
 
物忘れは私の年代でも多いが
 
その物忘れとはちょっと異質な感じがする。
 
 
子供に弱みを見せたことがない母だけに
 
何かをゆだねるというのは
 
信じられず
 
それだけ母が年を取ったのだと思えるようになった。
 
 
忙しい時は、電話も時々しかかけずに
 
元気でいるだろうとタカをくくっていた。
 
 
そしてたまに会うと
 
少しずつ痩せていき
 
ずいぶんと小柄になった。
 
 
気ままな犬とのふたり暮らしだが
 
これからその生活の中で大丈夫なのかと心配になる。
 
 
 
物忘れを心配するより
 
少しずつ現れていた兆候に気がつかなかった……。
 
 
 
電話の声が元気でいると錯覚していたのだ。
 
 
去年の暮れから
 
頻繁に連絡し、実家に行くようにしている。
 
 
ひとりで食べる食事は美味しくないのよって
 
ずっと言ってた……。
 
 
身体の為にちゃんと食べなよって
 
言ってるだけで
 
一緒に食べてあげてなかった。
 
 
5人家族で過ごした家は
 
母には広すぎて
 
部屋の雰囲気が活きている感じがしない。
 
 
確かにどの部屋にもモノが置いてあるけど
 
それが母ひとりの生活に密着しているものでもなく
 
 
時として、それは時間が止まったままのように見える時もある。
 
 
だから実家に行く度、
 
少しずつ掃除と片づけをしながら
 
いろいろ考えさせられる。
 
 
極端にモノを動かすと
 
後でそれに気がついた時に母は
 
ひどく驚くことになる。
 
 
母の知らないところで、いない時に
 
誰かがモノを動かしたと……
 
それが兄だったりする。
 
それは濡れ衣なのに。
 
 
何故、兄なのかを考えてみた。
 
 
 
父が亡くなってから兄との2人暮らしが長かった。
 
そしてその時間は
 
母にとってある意味窮屈な生活だったのだ。
 
 
夫との2人暮らしなら、気ままにのんびり老後を楽しむ
 
という時の過ごし方になつただろう、
 
だがちょっと神経質な兄との生活は
 
母の性格を萎縮させたきらいがある。
 
 
私の知らない時のなかで
 
少しずつ母が老いというものに追いかけられ
 
すっぽり包まれそうになりながら
 
それをそばでみている私がいる。
 
 
 
ただ単に
 
物忘れから始まり
 
 
そして目の前にいる私と話しながら
 
連絡の無い私がどうしたのかと心配したりする。
 
 
 

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開設日: 2005/2/23(水)


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