No.74 西南太平記 明治十年 四月十日出版
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明治十年四月十日出版されていますので、まだ西南の役が終結していな段階での、 |
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明治十年四月十日出版されていますので、まだ西南の役が終結していな段階での、 |
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開設日: 2007/4/9(月)
すごい時事報道本ですね。
東京府平民・沼尻経?一郎、というのもすごいですね。
浅草茅町一丁目一番地
定価?、二拾銭五厘というのもすごい!!
2009/2/15(日) 午後 7:03
甲冑と格好は違いますが、大砲は同じでしょう。
私的には、西南戦争の図であってほしいと思います(*゚ー゚)
そちらに興味をもたれましたか^^;
画像が悪く見えにくかったですね。 絓一郎となっています。
奥書には現代では考えられないことがかいてありますね^^;
2009/2/15(日) 午後 8:25
あら〜〜〜!
すごいですね。
屋号?の 和泉屋市兵衛さんとか。。。
リアルで 史実が迫ってきます。
みやまつり様の小皿と同じで またまた、吃驚です!
2009/2/16(月) 午前 0:12
そうなんですよね。
ぼくも、内心は、西南戦争の図であれば良いなと思っておりますよ。
あ!、また間違えた、二十二銭かなぁ。(笑)
2009/2/16(月) 午前 5:42
昨年の12月に田原坂公園に行った事を思い出しました。
官軍と薩摩軍の戦いで、多くの方が命を落とされたんですよね。
歴史に疎いんですけど、公園散策したことで少し学びましたよ。
菜々しゃんとの散歩 田原坂公園です。
http://blogs.yahoo.co.jp/sennrisou/20878233.html
2009/2/16(月) 午後 11:15
きみお様
う〜〜ん、するどい突っ込みですね…^^;
ここらへんの事情はよくわからないのですよ。
江戸時代であれば、商人は苗字を名乗ることができなくて、屋号を使っていたのでしょうかね… 紀伊国屋文左衛門とかが有名ですよね。
明治となって10年後、その名残で屋号を苗字としているのでしょうかね。
調べておきます^^;
ちなみに商人でも献金を行えば、侍格になることはできたようです。
そうなりますと、帯刀・苗字御免となって苗字も名乗ることができたのですが、それが屋号を使うこととの関係まではわかりません。
献金郷士と呼ばれていました。
2009/2/16(月) 午後 11:38
みやまつり様
3行目がどうも気になっているんですよ。
その後に考察するとして、少なくとも書いてあることはハッキリしたいですよね…
あ、そうですね。 廿二銭って書いてあるので、二十二銭ですね。 僕も気づきませんでした^^;
2009/2/17(火) 午前 0:03
なな様
この記事は覚えていますよ^^
日本における最後の内戦・西南の役、最大の激戦地:田原坂ですね。
田原坂の事もこの本には書いてあると思います。
思いますって… まだ読んでいないんです^^;
新しい発見がいっぱい書いてあるはずなんですけどね。
2009/2/17(火) 午前 0:11