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<養子をもらった理由>〜長いです〜
いつか神さまから子どもも与えられるであろうとのんびり構えてきた私たち夫婦。
気がつけば、結婚10年。この3年くらいは、妻の年齢も40歳前後になったこともあり、人工的に子どもを授かる方法も模索したり、神さまが胎を閉じている理由を探したりしながら、御心を知りたいと祈り求めてきました。
当初は、“自分の血のつながった子が欲しい”私は心からそう思っていましたので
年齢的に妻の体力的な限界が来るまでは自分たちの子どもにこだわりたいと思ってきました。
そのこだわりを変えたのは、私たち夫婦が毎週礼拝している教会の牧師夫妻が
2人の養子を育てていたからです。
養子でありながら、本当の親子以上に強い神さまの絆で結ばれ、あふれる愛で育まれている
2人の子どもたち。
2人の成長を見る中で、家族とは、信仰や神さまの愛で結ばれていることが一番大切であると感じるようになってきました。子どもは両親の愛だけでなく、神様の愛、教会の人々の愛で育っていくもの。
その大切さを思うとき、血縁へのこだわりは、少しずつ小さくなっていきました。
「神様が胎を閉じておられる理由は、なんだろう?」
私たちには親になるべきではないのか?あるいは、私たちに養子を受け入れることを神様は薦めておら れるのか?
夫婦2人で“養子を受け入れること”について答えを神様に祈り求め続けるようになりました。
しかし、聖霊様の力で明確に導かれて結論が見えました!・・・とはいきませんでした。・・・
自分たちの意志を確かめるため、まず ある中絶防止団体に相談しました。
しかし、待っている夫婦がたくさんいるということだったので、
“まあ1年後までに連絡があればラッキーだね〜”なんてゆったり構えていました。
相談から3ヶ月後の12月1日(木)。
「11月23日に産まれた男の大きな4500gの赤ちゃん、
夫婦で今晩よく話し合ってくださいね」と中絶防止団体の代表から電話。
いきなりその日はやってきました。
「自分たちに本当に子どもが与えられるなんて・・・」夢のような、神様の御業。
私には、この話自体が「神様の御心」としか思えませんでした。
夫婦で一晩考え、祈りましたが、その結論は変わらず、翼を受け入れることとなりました。
ちなみに翼という名前は、少し前から考えていて、すぐ決定しました。
しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。
走ってもたゆまず、歩いても疲れない。 イザヤ書40章31節
今は、幸せも辛さも今までの100倍。神様に感謝です。
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