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男たちの大和・YAMATO
060107・橿原TOHO
☆☆☆☆☆
よく泣けた。久々によく泣けた映画だ。
正月明けの土曜日だったからかもしれないが、家族連れの観客が多かった。
戦後60周年を飾る映画にふさわしいものだった。
戦艦大和誕生から沈没まで、少年兵とその上官と言った人達の生き様をとらえながら、淡々とその情景を描いていた。
鈴木京香演じる内田真貴子は、父(養父)の散骨のために枕崎を訪れる。そして、大和の生き残りである神尾によって大和の沈没した地点まで小さな漁船で送ってもらう。それと併行して、大和の話が進む。
昭和16年12月8日・真珠湾攻撃で幕を開けた太平洋戦争とほぼ同時に完成した世界最大の戦艦・大和。
そんな大和に15.6才の特別少年兵が乗船してくる。その一人が、神尾である。戦艦大和には、機銃射手の内田(中村獅童)や烹炊(ほうすい)所の班長の森脇(反町隆司)らが乗っていた。神尾と同期には、西(内野謙太)は絵がうまく、呉では神尾の幼なじみの彼女・妙子(蒼井優)の絵を描いてあげる。そんなほほえましいシーンもあるが、レイテ沖開戦で、内田は重傷を負い入院する。
昭和20年の春になり、大和は片道切符で沖縄に向けて特攻に行く。乗員は一端陸にあがれるが、それが最期の別れとなる者が大半だった。内田は病院を抜け出し、乗艦していた。母との別れ、妻と子との別れ、愛しい幼なじみとの別れ。大半の人達は生きて帰ってきてほしい。出来るなら行かないでと思いつつ、見送るつらさ。その人たちを本当に守ろうとして知らないで戦いに行った人。無駄死になることを判りながら行った人達。長島和茂が「バカな戦いを止める礎になる戦いだ」と争う兵士たちを納得させる。本当にばかげた戦いである。そして、この作戦を立てたトップ・責任者たちは、安全なところで姿を現さない。戦争とはそんなもんなのだろう。
そして、沈没した地点でアメリカ機にいたぶられるように最期を遂げ、沈没するのである。
神尾は、一番の友人・西を泳いでいるときに失う。
神尾自身も、戦争で父と兄を亡くし、母さえも呉の米軍の攻撃でなくしてしまう。そして、西の母の所へ戦死の知らせに行くが、「のうのうとよく生きて帰れたもんだ」と言われる。翌日、田んぼの草引きを手伝っていたら、「ひどいことを言った」と謝れるが、そんなことを一生抱えて生きなければならない人生は本当につらいだろう。
そして、広島に原爆が落とされ、神尾にとっては幼なじみの恋人と言ってもいい妙子を病院で看取るのである。そのときに神尾と一緒に「明日香丸」と言う船で漁をして生計を立てたいと言われつつ息を引き取るのである。
現代に取り、神尾は、明日香丸に内田(鈴木京香)を乗せて、沈没した地点に到着し、内田の遺骨を海に散骨する。
神尾は長い間苦しんできた大和の仲間たちに60年経って生きて会い、これまで行かされてきた意味を感じるのである。
以上が私の印象に残っているあらすじである。
この映画を見て、いろんな事を考えさせられた。
自分自身に振り替えてみると、鈴木京香と同じ事をしなければと新年から考えていた。
俺の親父の生きた時代を自分なりにたどりたいと思っている。
映画の中で、最期の特攻に出るときに家督を継がなければならないものは、乗艦しなくてもよいとの話が出る。
あのシーンで親父の話を思い出した。去年、叔母の49日の時に、親父は中国に兵隊として行っているときに、叔母の夫・つまり、親父の兄・長兄の戦死を聞いたそうだ。それで、家の面倒を見なければならないので内地に帰らせてくれと上官に言った。そしたらその上官らから、意地悪をされ、厳しいところに配置変えさせられたそうだ。
俺も多少その血を継いでいるのだろう。
組織には合わないのは代々受け継がれてきた血かも。
大和についてはいろんな事が語られている。
若い神尾とその幼なじみとの交流。17か18才の子どもが戦争の最先端に行かされるのである。
それもほぼ死ぬことが見えている戦いにである。
そんなばかげた戦争をどう見るのか。これを機会に少し考えたい。
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感動しました。 とてもいい作品だったと思います。 戦争という過ちは 二度と繰り返してはならない そう考えます。 まさに、この映画の時代は 狂気の時代でした。 どこかで歯止めがかからなかったのか そこが時代の流れなのか よく反省すべきです。 青い森のマサでした。
2006/1/12(木) 午前 10:34 [ マサ ]
おはようございます。辛いけれど心に残るいい映画でしたね。今度は佐々部監督が人間魚雷をテーマにした映画も撮られます。若い命が沢山失われた時代のことを、私たちも知るべきだし、後世にも伝えて行きたいですね。
2006/1/19(木) 午前 8:09