第5問 長文読解2(エッセイ)
[全訳]
ジョンウ兄さんとの思い出は、初等学校(→小学校)3年生の時の夏休みが最後だ。その日は、同じ村に住んでいるジョンウ兄さんの自転車を借りて、はじめて自転車を習った日でもあった。中学生だった兄さんの自転車は、私が乗るには少し大きかったが、私がねだったのもあって、兄さんも教えてやろうと言って、私が兄さんの自転車を( A=押して)兄さんに( B=ついて)学校の運動場に行った。
その日、私は生まれてはじめて自転車のサドルに座ってみたので、自信はなかったが、兄さんが後ろでつかんでくれるおかげで、転ばずに少しずつ前に進むことができた。ふらつく自転車の上でバランスをとるためにありったけの力をつかっている私に、兄さんは、転んでもいいからペダルを続けて強く踏め(→強くこぎ続けろ)と言った。私はペダルを強く踏むと姿勢がもっと不安定になって転ぶのではないかと怖かったが、兄さんの指示に従うほかなかった。
出発後、自転車が前に進み始めると、(46)いくつかの問題が生じ始めた。転ぶかもしれないという不安や恐怖で前も見えず、目に入るものといえばぎゅっと握っているハンドルだけだった。またハンドルを握っていた手が疲れてきたからか、次第に手の中の力が抜けていき始め、はじめて座った自転車のサドルのせいで経験したことのない苦痛を感じるようになった。それに、ブレーキがどこにあるのかも知らなかった私であったので、止まりたくても止まることができなかった。その瞬間、自転車をつかんでいた兄さんにお願いしさえすれば、当然兄さんが自転車を止めてくれるだろうという考えが浮かんだ。
しかし、兄さんを呼ぼうと〈 ア〉後ろを振り返ってみたとき、自転車の後ろには誰もいなかった。「ジョンウ兄さん!」と兄さんの名前を叫んだが、兄さんは答える代わりに「いいぞ、そうやってそのまま前に行け。踏め(→こげ)!」とだけ言った。兄さんが自転車をつかんでくれていないということに気づくと、急に全身の力が〈 イ〉抜けてしまって、泣きたくなった。あの(→あんなに)後ろでずっと「踏め(→こげ)、もっと強く、もっと!」という声が聞こえてきて、私はどうすることもできずずっと踏み(→こぎ)、また踏んだ(→こいだ)。そうするうちに、私は思い通りに方向を変えることができるようになり、ペダルを踏むのをやめても、走る自転車は転ばないのだということがわかるようになった。そして、怖かったスピード感は、私も知らないうちに楽しみに変わって、興奮するほどまでになった。
方向を変えてジョンウ兄さんに近づきながら、「これ、どうやって止めるの?」と声をかけるほどの余裕が生まれた。ジョンウ兄さんは「ハンドルにあるのがブレーキだ。それを〈 ウ=ぎゅっと〉握れ!」と叫んだ。その言葉通りに私は右のハンドルについているブレーキというものを力いっぱい握った。その瞬間、どうなったのか、自転車は止まったようだったが、私の体は前に傾いて自転車のハンドルに胸をぶつけた。そして自転車から落ちた。
「ごめんごめん、左のブレーキも握れって言わなかったな」兄さんが走って来ながらすまないと言ったが、私は地面に倒れて何も言わなかった。ようやくわかるようになった自転車に乗る楽しみは煙のように消え去ってしまい、頭の中は体のあちこちが痛いということで〈 エ=うわっと〉いっぱいになった。止め方をちゃんと教えてくれなかった兄さんが憎くて、二度と自転車に乗らないと誓いさえした。涙があふれ出て、立ち上がって服をはたきもしないまま泣きながら家に帰った。
その日のことを思うと、今も(47)顔が赤くなる。その時ジョンウ兄さんのおかげで自転車の乗り方を習うことができ、その後、自転車は私の親しい友達になった。しかし、ただ幼かったその時の私は、何も言わず自転車を置いていったジョンウ兄さん(のこと)を理解することができず、はじめからブレーキの握り方を教えないで私にけがをするように仕向けたジョンウ兄さんを許すことができなかった。後でわかったことだが、しばらくのちにジョンウ兄さんの家族は引っ越して行った。
今日たまたま、ジョンウ兄さんが大学を卒業後、今はアメリカのどこかで留学中だという話をはじめて聞いた。その話を聞いて、忘れていた昔の思い出がよみがえり、兄さんに会いたくなった。会って、その時は伝えられなかった感謝の気持ちを、きっとジョンウ兄さんに伝えなければならないから。
問1
[解説]
語句を入れる空欄補充問題。文脈から、〈自転車を持参して兄さんとともに学校の運動場に行った〉という大まかな状況はつかむことができるだろう。この状況に合うように語を選べばよい。選択肢を順に見ていこう。
(1)は、〈自転車に「乗って」、兄さんを「連れて」〉となる。Aは正しそうに見えるが、この時点で「私」は自転車に乗ることはできないはずなので、不適切。Bは、「私」が兄さんを連れて行ったのではなく、逆に兄さんに連れられていったので、不適切。
(2)は、〈自転車を「引いて」、兄さんに「ついて」〉となる。Aは、日本語では「(自転車を)押す」という表現に相当する。これは自転車を持参している様子として適切。なお、韓国語では「(自転車を)引く」と表現することに注意したい(ちなみに、日本でも地域によっては、韓国語と同様に「(自転車を)引く」と表現する場合もある)。Bは、「私」が兄さんに連れられていったという状況に合致しており、適切。
(3)は、〈自転車を「押して」、兄さんを「お連れして」〉となる。Aは正しそうに見えるが、これだと「私」は自転車を後ろから(荷車などを押すように)押しているということになり、動作としては適切ではない。Bも正しそうに見えるが、「私」は兄さんに向かっていわゆるパンマル(ぞんざいなことば)で話しかけており、「お連れして」といった謙譲語を用いる関係とは言えないので不適切。
(4)は、〈自転車を「買って」、兄さんを「乗せて」〉となる。これはそもそも全体の大まかな状況に合致しておらず、明らかに不適切。
以上から、正解は(2)。
【45】→(2)
問2
[解説]
下線部に合致しないものを選ぶ問題。「適当でないもの」を選ぶ、という点に注意。下線部(46)は「いくつかの問題」という意味になるが、その「問題」については、下線部のある第3段落で述べられている。したがって、選択肢の中で第3段落の内容に合致しないものを探せばよい。
では、選択肢を順に検討していく。
(1)は、「ブレーキの位置を知らず、止めることができない(という)現実」という意味になる。これは、第3段落第4文(게다가 브레이크가 어디에 있는지도...)の内容に合致する。
(2)は、「手の力がなくてハンドルを取りのがしてしまうような不安感」という意味になる。これは、第3段落第3文の前半部分(또 핸들을 쥐고 있던 손이...)の内容に合致する。
(3)は、「自転車のサドルに慣れておらず感じる苦痛」という意味になる。これは、第3段落第3文の後半部分(처음 앉아 본 자전거 안장 때문에...)の内容に合致する。
(4)は、「自転車の速度が急に速くなることに対する恐怖」という意味になる。第3段落で述べられている「恐怖」は「転ぶかもしれない」ことに対するものであって、「速度が急に速くなる」ことに対するものではないので不適切。
以上から、正解は(4)。
【46】→(4)
問3
[解説]
下線部の理由を選ぶ問題。下線部(47)は「顔が赤くなる」という意味になるが、これは日本語と同様、「恥ずかしさ(照れくささ)を感じる」という意味になる。その理由は、下線部のある第7段落で述べられている。すなわち、「ジョンウ兄さんのおかげで自転車の乗り方を習うことができた」こと、にもかかわらず「何も言わず自転車を置いて行ったジョンウ兄さんのことを理解できず、ブレーキの握り方を教えないでケガをするように仕向けたジョンウ兄さんを許せなかった」ことが述べられている。まとめると、「自転車に乗る楽しみを教えてくれたジョンウ兄さんの行動を理解できず、感謝するどころか、ケガをさせるように仕向けたと考えて憎んでしまった」ために、それを思い出して「私」は恥ずかしさを感じているのである。
では、選択肢を順に検討していく。
(1)は、「転んでわっと泣き出したことが思い出されて」という意味になる。
(2)は、「自転車に乗ることができなかったことが恥ずかしくて」という意味になる。
(3)は、「感謝することを知らずに兄さんのせいにしたことが思い出されて」という意味になる。
(4)は、「兄さんのことを思うと再び腹が立って」という意味になる。
上記の理由説明に合致するものは(3)であり、これが正解。
【47】→(3)
問4
[解説]
擬態語を入れる空欄補充問題。꽉は、力を入れてぎゅっと締め付けたり押さえたり握りしめたり抱きしめたりする様子を表す際、あるいは、あるものの内部にぎっしり、みっちりと満ち満ちている様子を表す際、苦しみをぐっとこらえる様子を表す際に用いられる。
空欄を順に検討すると、アは、後ろを振り返る様子を表す語が入る。イは、全身の力が抜ける様子を表す語が入る。ウは、自転車のブレーキを力を入れて握る様子を表す語が入る。エは、頭の中がある思いで一杯になる様子を表す語が入る。
したがって、꽉が入るのはウとエであり、正解は(6)。
【48】→(6)
問5
[解説]
「本文の内容と一致するもの」を選ぶ問題。選択肢を順に検討していく。
(1)は、「ジョンウ兄さんに自転車を教えてほしいとねだって、自転車の乗り方を習うことができた」という意味になる。これは、第1段落・第7段落から読みとることができる。
(2)は、「自転車を止めようと、右側のブレーキを握った拍子に、自転車から落ちた」という意味になる。これは、第5段落から読みとることができる。
(3)は、「私が話をする(→声をかける)と、ジョンウ兄さんが自転車を止めてくれるように約束をしたが、兄さんはそうしなかった」という意味になる。第3段落で「私」は、ジョンウ兄さんに頼めば自転車を止めてくれるだろうと思ったことを述べているが、「約束」をしていたという記述はないので不適切。
(4)は、「私は、ジョンウ兄さんのおかげで自転車を習ったが、ジョンウ兄さんのせいで二度と自転車に乗らなかった」という意味になる。第7段落では、「その後、自転車は私の親しい友達になった」とあり、「私」はその後もよく自転車に乗っていることがわかるので不適切。
(5)は、「自転車の乗り方を習って何日もせず、ジョンウ兄さんがすでにアメリカに引っ越したと聞いた」という意味になる。第7段落からは、ジョンウ兄さんの家族が引っ越したのはしばらく後であったことがわかる。このころのジョンウ兄さんは中学生であったことが、第1段落からわかる。また、第8段落からは、ジョンウ兄さんがアメリカに行ったのは大学卒業後であることがわかる。これらを総合すると、(5)の内容は不適切。
(6)は、「ジョンウ兄さんが安全に自転車を教えてくれ、結局、私は自転車を簡単に乗ることができるようになった」という意味になる。第5段落では、「私」が転んで胸を打ったことが述べられており、「安全に自転車を教えてくれ」た、とは言えないので不適切。
以上から、本文の内容に合致しているのは(1)(2)である。
【49・50】→(1)(2)(順不同)
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