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東京電力の管内に住んでいます。例の「計画停電」では、家も職場も第3グループに入っています。
計画停電が始まって1週間ほどになりますが、これ、けっこうこたえます。開始当初に比べると予告もしっかりしてきて、停電が実施されるかどうかはだいたい前日にはわかるようになりました。地元自治体も、ちゃんと情報を流してくれています。
ですが、「輪番停電」とも言われるように、停電が行われる時刻は順繰りで変わっていき、日によって異なります。たとえば私たちの第3グループは、今日は15:20(実際には16:00ごろ)〜19:00ごろに停電しましたが、明日は12:20ごろ〜16:00ごろに、あさっては9:20ごろ〜13:00ごろに停電が実施される予定になっています。
家で停電を迎えるのも少々面倒ではありますが、職場で停電を迎えるのはさらに面倒です。なにしろ、仕事のかなりの部分でパソコンを使っていますから、停電中は仕事内容がかなり制限されてしまうのです。手元のパソコン自体はバッテリである程度動くものの、ネットワークのほうは停止してしまうのですから、できなくなる仕事はたくさんあります。
なので、明日はどの時間帯に停電するのか、停電時間帯にすべき仕事は用意できているかを毎日確認せねばならず、その状態しだいで出勤・退勤時刻も日によってまちまちにならざるを得ません。家で停電時間帯を過ごす場合には、夕食のことも心配しなければなりません。これが毎日続いてくると、正直なところ、ジャブというかボディ・ブローというか、そんな感じで消耗します。
とはいえもちろん、被災地の方々のことを思えば、この程度の苦労は何ほどのこともありません。ですから、そのくらい我慢せよと言われるのはわかっていますし、じっさい我慢していこうと思ってはいます。
しかし、です。そのことをこういう角度から言われると非常に腹が立つ、ということが、今日ありました。
地震発生以来、どうも見る気になれなかった新聞を、今朝、久しぶりに読んでみました。ちなみに私は朝日新聞購読者です。わざわざ指定して購読するくらいなので、それなりに記事の内容や取材姿勢などを評価しているほうの人間だと思います。ですが、今朝のとある記事には、腹が立ちました。それは、「オピニオン」面の下段にある、「記者有論」というコラムです(「首都圏の電源 福島への依存思い知る」)。
今朝の執筆者は、編集委員・小森敦司氏でした。小森氏は、「福島は首都圏の電力の3分の1を担ってきた」という福島県知事の発言を引用しつつ、「顔を平手打ちされた気分だ」と、衝撃を受けたらしき感想を述べます。そして、東北電力の供給エリアにある福島県の人々が、首都圏への電力供給のためにつくられた原発の事故によって域外避難などを強いられていることに触れ、「申し訳なく思う」と述べた上で、「まさかこんな形で、原発周辺に住んでいる方々に途方もない苦労をかけることになるとは、思いも及ばなかった」と述べます。そのこと自体は、必ずしも間違っていないだろうと、私も思います。
問題はここからです。続いて小森氏は、「首都圏の住人である私たちはこの1週間の計画停電で、そうした電力供給の構造をいや応なく学んでいる」と言うのですが、そこで述べられていることは、要するに「電力が不足している」ということだけ。計画停電がどのような生活の変化を生んでいるかについては、「夜。都内のコンビニに入ると、商品棚の照明が暗くなっていた」という程度のことしか挙げられていません。その程度の問題意識でしかないので、「以前の『明るさ』を恋しくも思う。でも、この『暗さ』を、都会に暮らす私たちの電気の使い方、そして地方を含めた電力需給の姿を変えていくスタートにしなければ」としたり顔に言ってのけて、おしまいにしてしまっています。アホくさすぎます。中学生レベルです。
重箱の隅をつつくようですが、そもそも小森氏が、計画停電の影響を「夜」の「都内のコンビニ」でしか感じ取っていないらしいのは、要するにこの人のオフィスが〈特権的な場所〉に、すなわち計画停電の対象地域から外されている東京23区内にあるからでしょう。編集委員だし、昼間は中央区の築地にいらっしゃるんですかね。そうすると、停電の影響を(まさに身をかわすように)かわしながら仕事をし、生活を送っているほかの地域の状況など、普段はまったく意識しなくてすむでしょうね。誠にけっこうなことです。実にうらやましい限りです。
ですが、そうしたねたみとは別に、私はこう言わざるを得ません。小森さん、いまのあなたのオフィス(そして自宅も?)の電力供給は、東京電力管内の他地域の人々が計画停電に協力していることによって保たれているのですよ、そのことをあなたは意識したことはありますか、と。
先にも触れたように、計画停電への協力は、被災者の方々の労苦に比べれば、何ほどのことでもありません。だからといって、停電への対処に頭を悩ませたこともない人間に、そんなことを言われたくはありません。計画停電は、確実に、「夜コンビニが暗くてさみしいよね」という程度のことを超えた影響力を持っています。これがあるからこそ、広い範囲の人々が毎日ピリピリといらだちながら日々を送っているのではないですか。ちょっと23区外に出て、数日間でも家事をやってみたらわかるでしょうに。
計画停電は、人々の生活を縛るものであると、私は感じています。たとえば、戦時中の「灯火管制」だとか物資の配給制度などはこの延長上にあるのだな、と感じますし、こういう状況を通して「草の根の戦時体制」はつくられていくのだろうな、とも想像します。ここで感じるピリピリ感とわずらわしさは、そういう種類のものだと思うのです。それを感じないですむ生活を送っている小森さん、あなたは本当に恵まれているのですよ。せめてそのことを意識して、他人に呼びかけていただきたいと思います。今のあなたに、東京電力の供給エリアに暮らす人々全体を代弁できる覚悟はあるのですか? 本当はもっと言葉を尽くして罵倒したい気持ちですが、ネット上は一応公共スペースだと思っているので、やめときます。
ですが、私は怒ってるんですからね。
【追記】
福島県に暮らしておられる方、ゆかりのある方からご覧になっても、やはり腹立たしい記事であったというご指摘がありました。リンクし、トラックバックを送信させていただきます。
要するに小森氏にとっては、被災地のことも他人事、原発のことも他人事、計画停電も他人事なんでしょうね。そういう立場からの空疎な呼びかけが、いかに腹立たしく響くか。他山の石としたいところです。
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