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      [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

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★世界遺産・二条城で重要文化財「東大手門」の修理が完成し、二十二日に披露式典があった。春の観光シーズン本格化に合わせて、正門の装いを新たに観光客を出迎えた。
東大手門は、一六二六(寛永三)年の後水尾天皇行幸時に原型が整えられ、一六六二(寛文二)年に現在の二階建ての櫓門(高さ十三・五メートル)になった。二〇一四年から六十四年ぶりとなる全面的な修理に入り、入退城口は約四〇〇メートル北西の北大手門に変更していた。修理費は四億七一〇〇万円。
金箔(きんぱく)や墨で彩られた唐花模様などの「錺(かざり)金物」が輝きを取り戻し、午前八時四十五分に開門され、観光客たちは門を眺めながら入城した。門前には、二条城が舞台となった大政奉還から一五〇年をアピールする記念パネルも並べられた。

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     【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

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★上京区・大報恩寺(千本釈迦堂)で二十二日、恒例の「千本釈迦念仏(遺教経会)ゆいきょうぎょうえ」が営まれ、釈迦の遺徳を偲んだ。
二代目住職の如輪が七百数十年前、室町期に始められたという念仏は、「大原声明千本式」と呼ばれる独特の念仏で、十三世紀半ばに吉田兼好の「徒然草」にも記される伝統行事。
本堂では智積院から五十人の僧が出仕し、釈迦の最後の教えをまとめた「遺教経」をわかりやすく訓読みし、独特の節回しで念仏を唱え、参拝者が声を合わせて「ナムシャカムニブツ」と唱和して、釈迦の遺徳を偲び、先祖に感謝し家内安全を祈った。
本堂内には僧侶が歌唱する声明が流れ、その中で鎌倉期の本尊釈迦如来像(重文)と、同時に年に一度の涅槃図の特別公開もある。

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   [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

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★三連休で京都市内は穏やかな春の日差しに恵まれ、観光名所は多くの人でにぎわった。
東山区の青蓮院では江戸期に後桜町上皇が使った茶室「好文亭」の特別拝観が始まった。

ツバキの生け花や掛け軸などが飾られた空間で、観光客らがお茶のお点前を楽しんでいた。
好文亭は、天明八(一七八八)年に御所が大火で炎上し、後桜町上皇が青蓮院を仮御所にした際、主に学問所として使ったとされる。明治期以降は茶室となったが、一九九三年に再び焼失し、その後、江戸期の数寄屋造りを再現した。
茶室がある庭園では遅咲きの梅が満開を迎え、観光客が散策を楽しんでいた。お茶のお点前は、月釜の茶会「青蓮会」の師範や弟子らが行った。
来場者は、日本画家の上村淳之さんが描いた花鳥図のふすま絵や、「梨花一枝春」と書かれた掛け軸を鑑賞しながら、抹茶と和菓子を味わった。
好文亭の拝観は五月五日までの土・日と祝日に実施。

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★京一番の繁華街・新京極のど真ん中にある誠心院(和泉式部寺)で、平安時代の代表的女流歌人の和泉式部を偲ぶ「和泉式部忌」と「春のお彼岸法要」が毎年、命日にあたる三月二十一日に合わせて営まれる。
誠心院は、藤原道長の娘・彰子に仕えた和泉式部に対して、道長が自身の建てた法成寺の庵を与えた事に始まり、初代の住職を務めたと伝えられる。
本堂では、法要に先立ち、和泉式部ゆかりの謡曲で時宗開祖の一遍上人の前に和泉式部の霊が現れる「誓願寺」と、式部がめでた梅にまつわる「東北」の二曲が奉納され、境内に響く中、「情熱の歌人」と呼ばれる和泉式部に思いをはせた。
寺では、式部の尼僧姿の掛け軸や、晩年に仏法を求めて旅した様子を描いた絵巻物「和泉式部縁起」などの寺宝が展示され、参拝者が熱心に見入っていた。

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    【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

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★狂言の茂山千五郎家による定期公演「茂山狂言会」の五十周年記念公演が十八日、上京区の金剛能楽堂で開かれた。
半世紀前の初回のプログラムと同じ演目を、千五郎家の狂言師が総出で上演し、節目の舞台を祝った。
茂山狂言会は一九六七年四月にスタート。当時、能の会とは独立して、狂言の家が定期公演を持つことは画期的だった。以来、おおむね毎年春と秋に開かれ、大曲や珍しい曲に挑む晴れの舞台として、狂言ファンに親しまれている。

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★東山区泉涌寺塔頭・即成院で三月十九日、春の彼岸法要が行われる。
ぽっくり寺とも言われ、長患いしないという御利益で知られ、壇の浦の戦いで弓の名手といわれた那須与一公のお墓があります。
源義経の家来であった那須与一は、義経の命を受け京に向かう道中、突然の病に倒れました。伏見で療養していた際、与一は、熱心に即成院の阿弥陀さまを信仰したそうです。そして、その霊験で病も癒え、「屋島の戦い」では、平家の船上に掲げた扇の的を見事一発の弓矢にて射抜くという素晴らしい武勲を立てたとされております
即成院とは即、成就するの略なのです。

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    [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]

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★深草・瑞光寺の開祖は元政上人です。元政上人忌と法華懺法会詩文が巧みな文人であった開山の元政上人の命日です。
江戸時代初期の日蓮宗を代表する高僧といわれ、京都深草に住したところから、深草(草山)の元政、艸(草)山和尚とよばれています。
日蓮宗の宗学者、教育者として大きな功績を遺していますが、当代一流の詩人・文人としても著名です。
上人を偲んで、法要と遺品展が催され、宝物展観 遺墨、遺品、書画、宝物などその数は数百点に及びます。
詩文に興味を持つ人には是非足を運んでみては如何ですか。
かやぶきの本堂は草庵が結ばれた当時の名残です。

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