|
岡山臨港鉄道とは、岡山県岡山市の国鉄(現JR西日本)大元駅から岡山港駅まで、全長8.1kmの私鉄であり、1984年(昭和59年)12月30日に廃止となりました。
玄関を出てすぐ隣というわけではありませんが、途中駅であった並木町駅近隣で生まれ、岡山臨港鉄道の汽笛の音を聞いて育ち、また、釣りの好きな父に連れられ、釣りや犬の散歩の為、頻繁に岡山港に連れて行ってもらった自分にとって岡山臨港鉄道は自分が鉄道好きになる基礎を築いたなじみある鉄道でした。
小学校は築港元町駅のすぐ隣の小学校でした。もっとも、自分が小学校に上がる頃には、既に廃止されていましたが・・・。
幼稚園は、岡山臨港鉄道の線路を越えた所にありました。
幼稚園から帰っているとときどき踏み切りに引っかかりました。
その頃、岡山に伝わる「桃太郎」に登場する犬、猿、キジのヘッドマークをつけた気動車が走っていました。
岡山港に行くと、大正製粉の脇から、線路が海辺の倉庫に達していました。
黒い「ワラ1」形、茶色い「ワム80000」形をよく見かけました。
後に記事にしたいと思いますが、三井製糖の横の側線に、トラ55000(もしくはトム?)と思しき無蓋車が1両止まっていました。
クラレの岡山工場に伸びる線路もありました。
岡山電気軌道バス「福島・岡山港」線の社内から、一度だけ手押しによる入れ替え風景を見た記憶があります。
岡南福田の駅の脇にあるホームセンターに家族でよく買い物に行きました。
岡南福田には、貨車が止まっている倉庫がありました。
そういえば、通称「空港線」という岡山県道との交差付近にある岡南泉田にも岡山臨港鉄道の倉庫がありました。
青いディーゼル機関車の牽く貨物列車は、「ピィー」という甲高い汽笛を鳴らしながら朝早く走っていた覚えがあります。
日中目にするのは、専ら青い帯を巻いたディーゼルカーでした。末期は、キハ7000形の列車が多かった気がします。
昨今、廃線をテーマにした本や多くの皆様の記事が見られます。
岡山臨港鉄道も、別府鉄道や、比較的最近廃線となった片上鉄道、下津井電鉄と並んで掲載された本が多く出るようになりました。
記事を目にする度自分の記憶が蘇ります。
「地味な私鉄だったけど、そこそこ多くの人が訪れていたんだな(今も廃線跡を訪れる人がいるようです)」そして、自分が現役時代、ほとんど写真を撮っていなかった(幼稚園児でしたから)ことが、非常に悔やまれます。
自分も岡山を離れ、現在横浜の地でこの文章を書いています。
岡山臨港鉄道についての記憶が薄れていくのと同時に、岡山に帰る度、廃線跡の風景は開発され、その遺構は失われていきます。
このblogは、岡山臨港鉄道に関する僕の記憶をつなぎとめながら、廃線後撮ってきた写真をできる限り公開することを第一の目標とします。
そして、それを元に、自分なりの考察も交えながら改めて「岡山臨港鉄道」に対しての趣味的、歴史的研究を行い、さらに、眠っている資料を発掘し、とにかく忘れられつつある「岡山臨港鉄道」について可能な限り呼び起こそうという趣旨で記載いたします。
できることならば誰か目に留まった御先輩方の眠っている資料の発表の機会となり、「岡山臨港鉄道」を一趣味人の立場ながら後世に伝えていく一助となればと思っております。
筆は遅々としておりますが、少しずつ加筆していければと思っております。
|