旭川源流の碑は、10月2日(土)に真庭市美甘(旧美甘村)へ(その2)
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旭川源流の碑は、10月2日(土)に真庭市美甘(旧美甘村)に引き継がれました。
道の駅メルヘンの里新庄に展示されていた旭川源流の日は、10月2日(土)に真庭市美甘(旧美甘村)へ引き継がれました。
(2)新庄・美甘境から 旧美甘村へ入ると「腹切り石」がありました。 立て札には、次のように書かれています。 「腹切り石」
戦国時代、勝山の高田城を本拠とする美作三浦氏の諸城の一つで、美甘にあった山城「麓城(ふもとじょう)」の城主、三浦忠近(高田城主:三浦貞明の次男)が、天文年間(1532〜55)に尼子晴久氏の侵攻を受け、城が陥落した時にこの石の上で自害して果てたと言われる石で、「三浦美濃守自裁之石」と書かれた石碑の裏に、そのいわれが書かれています。 何回も通っていたところなのに今まで気がつかなかった歴史の跡が沢山あることに驚きました。
堤防上には、コスモスが満開です。
菅谷橋まで来たところで休憩をとりました。
国道181号沿いの民家の庭に白い彼岸花が咲いていました。 園芸種だそうです。 幼稚園の前を通り、旧道に入って出雲街道美甘宿へ。 美甘の澤本晴視さん達が出迎えて下さいました。 新庄から歩いてきた斉藤さんから澤本さんへ通行手形を引き継ぎました。 そして、尾崎さんから記念品を手渡しました。
建立地の森谷さんが挨拶して引き継ぎ式を終えました。
集合写真を撮影して、支局の裏側に降りて、交流懇親会の準備をし、何年ぶりかの交流を楽しみました。
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