沖縄・辺野古海上基地の問題を中心に maxi's_page

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米軍の長期計画

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沖縄の負担を減らすという在沖米軍基地の「整理縮小」策。それが実は米軍の長期計画に従って合理化、近代化、強化を計っていることを文献によって明らかにする。このブログの2005年3月7日に全体像、3月4日の記事に辺野古海上基地計画の全体像があります。

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1996年SACOと2006年ロードマップ

SACO合意(1996年12月2日)と、
再編実施のための日米のロードマップ(2006年5月1日)
を混同してコメントを書く人を時々、見かけます。

混同の一例を挙げると、
SACO合意で、辺野古の海上基地ができないと、
嘉手納以南の米軍基地の返還が進まない・・という誤解

SACO合意から、辺野古V字型案までの経過は私のHPに
まとめてあるので、参考にしてください。↓
http://www.ryukyu.ne.jp/~maxi/sub3.html

次に、国立国会図書館・外交防衛課・福田毅さんの下記論文を紹介します。
SACO合意で返還を約束された11施設の2003年10月時点の
進捗状況を丁寧に、客観的に文献を元に書いています。

沖縄米軍基地の返還ーーSACO合意の実施状況を中心にーー
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/200310_633/063301.pdf

同じ福田毅さんが、2005年5月13日付け「情報と調査」に
下記の論文を書いています。この時点では、嘉手納以南の返還が
検討され始めた・・という程度ですね。

米軍の変革と在日米軍の再編(その2)
2004年9月以降の動きを中心に
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0480.pdf

2006年5月1日、日米両国の外交、防衛担当大臣(いわゆる2+2)が
再編実施のための日米のロードマップにサインをしています。↓
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/g_aso/ubl_06/2plus2_map.html

この中の
1.沖縄における再編・・・の
(c)土地の返還及び施設の共同利用

で、初めて嘉手納以南の基地の返還が示されるのです。
米軍にとって都合の良い条件が付けられていることや、
自衛隊と米軍の共同訓練(キャンプ・ハンセンなので
海兵隊との)が盛りこまれていることにご注目を!。
関連部分を書き写し(コピペ)ましょう。
(c)土地の返還及び施設の共同使用

・普天間飛行場代替施設への移転、普天間飛行場の返還及びグアムへの第3海兵機動展開部隊要員の移転に続いて、沖縄に残る施設・区域が統合され、嘉手納飛行場以南の相当規模の土地の返還が可能となる。
 
・双方は、2007年3月までに、統合のための詳細な計画を作成する。この計画においては、以下の6つの候補施設について、全面的又は部分的な返還が検討される。 

○キャンプ桑江:全面返還。 
○キャンプ瑞慶覧:部分返還及び残りの施設とインフラの可能な限りの統合。 
○普天間飛行場:全面返還(上記の普天間飛行場代替施設の項を参照)。 
○牧港補給地区:全面返還。 
○那覇港湾施設:全面返還(浦添に建設される新たな施設(追加的な集積場を含む。)に移設)。 
○陸軍貯油施設第1桑江タンク・ファーム:全面返還。 

・返還対象となる施設に所在する機能及び能力で、沖縄に残る部隊が必要とするすべてのものは、沖縄の中で移設される。これらの移設は、対象施設の返還前に実施される。
 
・SACO最終報告の着実な実施の重要性を強調しつつ、SACOによる移設・返還計画については、再評価が必要となる可能性がある。 

・キャンプ・ハンセンは、陸上自衛隊の訓練に使用される。施設整備を必要としない共同使用は、2006年から可能となる。
 
・航空自衛隊は、地元への騒音の影響を考慮しつつ、米軍との共同訓練のために嘉手納飛行場を使用する。 

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通信所返還も1970年に決まっていた

イメージ 1



























ほんとに久しぶりの更新です。
写真は、12月31日の琉球新報の紙面です。
読谷村にある米軍の通信所と補助飛行場が
返還されるという報道です。

もちろん、読谷村民の粘り強い返還運動が実ったことで
あるので、喜ばしいことです。

1972年5月15日までの、米軍統治下で、アメリカ政府は、
沖縄に高等弁務官をおいていました。

その高等弁務官府に復帰特別対策室が設けられていたようで、
その対策室が1970年1月12日に作った
「米軍施設の沖縄内移転 ―その望ましさ、実現可能性、財政的考察」
と題する文書が、沖縄県公文書館に保管されています。

宮城悦二郎先生(故人)が掘り出した文書で、後にD先生に日本語に
翻訳していただきました。固い英文なので、日本語訳も固くなるが、
そのまま、引用するようにとのことで、パラグラフ7,8,9を
下に流し込みます。

7.琉球政府主席は、米国の「過剰な」土地占有を削減する印に読谷飛行場は返還されるべきである、と公的に述べた。読谷飛行場は第2次世界大戦期に日本がつくったものの名残りであり、現在は嘉手納空軍基地所属の第313航空師団(Air Division)の管轄下にある。そこは緊急着陸用滑走路として以外は軍事航空演習には適していない。ただ、現在沖縄での空挺訓練の降下として唯一な好適地帯である。弾薬の爆発処分と番犬の訓練は読谷で行なわれている。また、航空クラブが気晴らしのため私的飛行に使っている。ここにはその地域での有事計画には小規模な部隊が置かれることになっているが、隣接する通信施設の障害とならないよう飛行場の拡大はかなり制限されている。特殊専門的な実用性のある建造物を含まないため、読谷の返還はその本質として象徴的価値を持つに止まるであろう。民間の手に委ねれば、読谷飛行場はおそらく農業用に戻される。現在も、現地住民が許可の下その大部分を農業に用いている。
8.もし新しいパラシュート降下訓練用地が見つかって読谷が返還されるとしたら、それはその最小限の重要性にも関わらず、返還に伴う経済的問題を示す実例となろう。米国使用のために確保されている通常の賃貸借契約の条件によれば、返還にあたって米国政府はその土地の原状回復義務を負う。いくつかの場合において、その義務は土地の付加改良物を除去する権利と安く取り引きでき、その結果地主は土地に残された開発から返還費用を埋め合わせることとなる。しかし、読谷の例が示すように、付加改良物は必ずしも地主にとって利用可能なものではない。その場合は返還時の義務との相殺にはならず、取り壊しや除去の費用となる。読谷ではサンゴ礁アスファルトの滑走路、エプロンの破壊経費、その瓦礫除去手配の必要性からいって、原状回復義務はまさに重大な責任となる。
9.地位協定第2条の適用によって日本政府は米軍と現在の地主の媒介者となる。もし、日本政府が米国に負担をかけずに土地を提供するという地位協定上の義務を遂行するつもりならば、米国政府の返還時の賃貸借契約上の原状回復の責任を免除する準備をする必要がある。復帰前に返還された土地の場合は原状回復費用の支払いは回避困難であろう。
つまり、1970時点で、読谷補助飛行場は返還できるが、
(舗装をはがして)もとの畑にして地主に返さなければいけないので、
施政権を日本に返してから、飛行場を返還すれば、畑への原状回復は、
日本政府が行うので、それまでは土地を返さない方がよい、と記されて
いるのです。

この三つのパラグラフは、原状回復費用400万ドルを上乗せして
アメリカ政府に支払った「密約」が生まれる背景だとも読めますね。

現在進行中の米軍再編とは・・このように米軍によって計算しつくされた
計画を進めていることに他ならないのです。

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基地建設を認める知事は時代錯誤

米で海軍機移転白紙に

イメージ 111月17日の琉球新報朝刊1面です。選挙報道の脇に重要な記事がありました。米フロリダ州のジャクソンビルで先週、約250機超の米海軍のF18戦闘機などを新たに受け入れる計画の是非を問う住民投票が行われ、投票者の6割が反対、計画は白紙に戻る見通しになった。15日付のUSAトゥデー紙が伝えた。という記事です。
下記から全文が読めます。
http://www.excite.co.jp/News/world/20061116170313/Kyodo_20061116a370010s20061116170313.html
共同に飛ぶのが面倒な方のために、全文を書き写しておきます。
海軍機移転受け入れを拒否 米フロリダで住民投票  [ 11月16日 17時03分 ] 
  共同通信  

【ワシントン16日共同】米フロリダ州のジャクソンビルで先週、約250機超の米海軍のF18戦闘機などを新たに受け入れる計画の是非を問う住民投票が行われ、投票者の6割が反対、計画は白紙に戻る見通しになった。15日付のUSAトゥデー紙が伝えた。
 19日投開票の沖縄県知事選では、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)のキャンプ・シュワブ(同県名護市)沿岸部への移設の是非が最大の争点。米国で地元住民の声が移転計画を左右したことで、知事選後の普天間移設の行方にも、あらためて注目が集まりそうだ。
 昨年、10年ぶりに行われた大規模な米国内基地再編では、バージニア州のオセアナ海軍飛行場を縮小し、F18などをジャクソンビルに移転する計画を決定。オセアナ周辺では騒音のほか、事故を懸念する声が出ていたという。
1997年12月21日、辺野古の海上基地を受け入れるかどうかの
名護市民投票がありました。その結果は、もちろん「NO」でした。

米国の住民投票という直接民主主義によれば、辺野古に基地は作れない、
ということになります。
イメージ 2同じ日の琉球新報社会面が先の写真です。文字が読みにくいと思うので下記URLからお読みください。琉球大学の先生や、名護市民のコメントどがあります。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-18962-storytopic-1.html
面倒な人のために記事を書き写しておきます。
国内外で二重基準 海軍機移転米住民拒否
 米国内の基地再編計画が住民投票でノーを突き付けられ撤回される見通しを伝えた米紙報道に、県内の研究者は、在日米軍再編における普天間飛行場移設でも地元意向が重視されるべきだと指摘。1997年の名護市民投票にかかわった市民団体は「運動への励み。米国民にメッセージを送る作業がもっと求められる」と、米国民への訴えの必要性を強調した。
 我部政明琉大教授(国際政治)は、在日米軍再編でも「地元の意向を無視できないのは当然」と強調。19日の県知事選について、「最終合意と閣議決定で政府間交渉は終わったが、合意を有権者がどう判断するかが試される。再編の評価という大きな意味を持つことを有権者は理解し態度を表明すべきだ」と述べた。
 島袋純琉大助教授(行政学)は「国内外で同一基準が大原則だが、米国は環境の問題にしろ沖縄に実質的な二重基準を強いており、半ば植民地扱い」と断じた。その上で日本国内の基地移設が「本土への移転は難しいのに沖縄は容易と見られており、米国に従属的な日本の中でさらに二重の二重基準となっている」と、沖縄の置かれた状況を解説した。
 名護市の市民投票にかかわったヘリ基地反対協議会の安次富浩代表委員は「米政府は他国(沖縄)の住民投票にはわれ関せずと、日本政府に責任を押し付けている。日本政府も住民投票を定着させてこなかった」と日米政府を非難。「米国の住民投票を政府や新知事、名護市長にも突き付ける大きなインパクトを与えてくれる」と運動の展望に言及した。
このような中で、基地建設を認める知事は時代錯誤もはなはだしいですね。

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普天間は安全基準に不適格

イメージ 1琉球新報2006年11月2日朝刊1面です。伊波洋一・宜野湾市長が、普天間飛行場は米軍自身の安全基準に抵触しているとの記者会見を11月1日に行っています。普天間飛行場は滑走路の両端に住宅などが存在し、危険だとして【普天間飛行場の安全不適格宣言】を発しています。米軍の安全基準では、滑走路の端から、延長上4500m、幅900m(地図のオレンジ色の部分。正確には一部台形になる・・詳細は宜野湾市のホームページをご覧下さい。)の範囲に住宅や学校などがあってはならないことになっています。
この安全基準をもとに、具体的に普天間飛行場の危険性を指摘した画期的な記者会見だとmaxiは評価しています。
記事全文はこちらからお読みください。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-18527-storytopic-3.html

周辺自治体の首長の、飛行場の安全に対するコメントを11月2日夕刊で報じています。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-18551-storytopic-1.html

宜野湾市のホームページに【普天間飛行場の安全不適格宣言】と、利用禁止区域、事故危険区域を航空写真におとしたPDFファイルがあります。下記でご覧下さい。
http://www.city.ginowan.okinawa.jp/2556/2581/2582/27873.html

ここからmaxiの意見です。
【普天間飛行場の安全不適格宣言】は、アメリカ海軍と海兵隊が運用する飛行場の(航空施設周辺地域の土地利用に関する指針)「2002年12月19日版」に照らして、宜野湾市は分析しています。

【普天間飛行場の安全不適格宣言】に付属した補足説明(全3頁)の結びを書き写します。

 普天間飛行場の危険性は一日も放置できるものではなく、これ以上、市民の生命と財産を危険に晒すことはできないことから、今回、本市が入手した米国の軍事航空基地の安全基準について公表し、普天間飛行場の安全不適格宣言を行い、普天間飛行場が現状のまま運用されてはならない基地であることを強く訴え、2008年までの早期返還に引き続き取り組んでまいります。
安全基準、2002年版、
OPNAVINST 11010.36B に先立って、1988年版があります。1988年版は、
OPNAVINST 11010.36A でgoogle検索してください。ネット上でも入手できます。
バージョンナンバーの末尾が A から B に変わっているだけであることからも
類推できますが、基本的な点で、両者は一致しています。

つまり、自らの安全基準にあわない普天間の危険性を、少なくとも1988年には
認識していたことになります。危険性を米軍のみならず日本政府も放置していたのです。

仮に、日本政府が、米軍の安全基準を知らなかった、というのであれば怠慢以外の
なにものでもありません。

さて、宜野湾市長は「2008年までの早期返還に引き続き取り組んでまいります。」と
締めくくっています。

この結びが maxi が不満に思う点です。

即時・「飛行禁止を求める」ことが宜野湾市民の権利であるし、市長の責務です。
結果として、2008年までの早期返還につながるのです。

この不満はともかくとして、宜野湾市が危険なだけでなく、隣接する北中城村、
浦添市も事故危険区域にあることが明らかになりました。

普天間の即時閉鎖を主張している県知事候補者の論拠が定まったことになりますね。

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疑惑のアングル・書評

「疑惑のアングル」が示す辺野古の新事実・・沖縄タイムスに書いた書評です。

疑惑のアングル・新藤健一著・平凡社刊・1800円
 これはすごい。一九六〇年代の米軍の計画図が官邸に持ち込まれていたのだ。本書、「疑惑のアングル」が沖縄の我々に示した新しい事実である。

 共同通信のカメラマンであった著者が、「疑惑のアングル」とタイトルをつけたことから、写真集のような本を私は予想していた。しかし、写真とメディア、見えてきた戦争、戦場とカメラマン、写真が偽装する戦争、闇の連鎖の彼方に、と分けた五つの章はそれぞれの章が一冊の本に値するほど読み応えがある。数枚の写真を示して、その写真が撮られた背景を探っていく。

 第四章「写真が偽装する戦争」では、報道写真が戦争プロパガンダに使われていく過程を丁寧に追っていて、侵略戦争の最中にあるイラク報道や国家が行う情報操作を疑う視線を私たちが持つべきことを教えてくれる。 

 「戦前の国家宣伝活動と情報操作の基本は現代でも、まったく変わっていない」と断言し、第二章「見えてきた戦争」、第五章「闇の連鎖の彼方に」で、辺野古の海上基地建設計画にかなりの頁を割いている。
 著者は、「国家的プロジェクトの背後には必ず、コンサルタント会社やシンクタンクの存在がある」と指摘し、一九六六年十二月に、辺野古に飛行場と軍港を計画した米国のコンサルタント会社の図や、一九九八年に米国の建設会社が描いた同様の図を示し、日米が合意した辺野古沿岸案と「ほぼ同一」としていることは同感だ。
 
 本書では、辺野古が狙われていく過程を、前知事大田昌秀氏、副知事吉元政矩氏へのインタビューで追っているが、霧の中にいるようで判然としない。

 しかし、当時の橋本総理と大田知事との仲介役をしていた下河辺淳氏の、早稲田大学江上能義教授らのインタビューでの次の発言を紹介している。
 「(辺野古の)六〇年代のプランってのは、私たちの認識だと、アメリカの埋め立て業者のプランっていうことで、梶山静六官房長官のところへそれが送られてきた。官房長官が、普天間移転をアメリカが認めたから業者が出してきたんじゃないかっていう認識になったわけです」。熟読して欲しい。

 このブログでも紹介した1966年の海兵隊の辺野古飛行場計画なのか、海軍の軍港計画なのか、下河辺淳氏が言っているようにアメリカの埋め立て業者のプランなのか判然としないところもある。しかし、官邸に米軍の計画が持ち込まれたことが初めて明らかになった。

 辺野古に米軍の念願であった海兵隊航空基地と海軍の軍港を作る計画を実現し、いらなくなった普天間を返還する、というシナリオが日米両政府で練られた傍証だといえる。
  

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