思い出の「津田恒実」
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昨日は休みだったので、以前から一度行ってみたかった山口県周南市にいってきました。
津田投手は私が今まで見た選手の中でもっとも好きな選手であり、 あの躍動感、存在感はいまでも忘れられません。 その激動の生涯は本にもなり、ドラマ化もされました。 津田投手は、南陽工時代の1978年に春夏連続の甲子園出場。 選抜では剛速球を武器にベスト8に輝きました。 広島カープに入団後は、球団初の新人王獲得。 その後、数回にわたる大きな怪我もありましたが、86年に抑え投手として復活。 カムバック賞や5度目のリーグ優勝に貢献し、 投手王国といわれたかつてのカープにあって不動のストッパーとして活躍しました。 150キロを越す剛速球だけで強打者を次から次へと倒していく様子は爽快そのものでした。 しかし、91年に脳腫瘍が判明。 手術のできない部位でした。 闘病生活中も常に強い意志で病気と闘い、奇跡的にかなり回復もしましたが、 93年に32歳の若さでこの世を去りました。 さてまず行ったのは周南市の新南陽支所。 ここのロビーに市民栄誉賞の受賞者である津田投手の記念品が展示してあるのです。 カープのユニフォームはもちろん、オールスター出場時のスパイク、 さらには南陽工時代の選抜での記念球などなどいろいろなものがありました。 次は、すぐ隣の南陽工へ。 ここには野球部OBや同窓会によって記念碑がたてられていました。 南陽工は今年ひさびさに甲子園にも出場しましたが、これは津田投手の時以来22年ぶりだったそうです。 さてさて、今度は少し山側に入った和田地区というところに行ってみます。 もちろん津田投手の出身校である和田中学校にも記念碑はありました。 直球人生という言葉に象徴されるように津田選手は本当にまっすぐな人でした。 ちなみにこの字は当時のカープの監督であるミスター赤ヘル山本浩二さんの直筆です。 もう15年前のことですし、津田投手のことは知らない方も多いとは思いますが、 文庫もビデオも出ているので、ぜひ一度ご覧になってみてください。 プロ野球などには興味がなくてももう胸がいっぱいになって、涙なしでは最後まで見られません。 おすすめです☆ | ||||||||||||
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津田さんは、強い気持ちを感じれる投手でしたね。 彼以上に精神力の強い投手は今後出ないかも?
2006/11/10(金) 午前 9:06
せなぱぱさん>そうですよね。ライトスタンドからでも本当に大きく見えました。2点、3点は取られても試合を作れればOKの先発と違って、もう1点も与えられない場面で出てきてストレート1本でねじ伏せてしまう。子供ながらに本当に憧れました。
2006/11/10(金) 午後 10:41