はぐれ雲〜元創価学会員のつぶやき

身障者の中年男が学会員だった頃の思い出、今の学会について思うことを好き勝手に書く。 不快に思う方はスルーして下さい

ひとりごと

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自分の人生を大切に

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僕はアンチ創価だが、自分から進んでやっている現役の創価の人に対して「辞めろ」だの「脱会しろ」

だのと言うつもりは全くない。そんなことしてもムダだし、だいいち信教は自由だからね。

もっとも、あんまりはた迷惑なことをする創価の人には意見を言うことがあるかも知れないけど。

それよりも僕が気に掛かるのは、今は創価の信者だけど、本当はもう辞めたいと思っている、

でも「罰」が怖くて、地獄に落ちると言われて、辞めるに辞められず悶々としている、という人だ。

僕はそういう人に言いたい。「別に創価を辞めても罰なんかない。悩んでいるなら辞めちゃいなさい」。

現に僕は創価を辞めて17年にもなるが別に何も変らないよ。

それから、宗門の信者の人には悪いけど、あの「御本尊」、あれは印刷された、ただの掛け軸だよ。

燃やそうが捨てようが罰なんかないし、まして地獄に落ちるなんてことないよ。ホント。

僕は10年前、3回目の引越しをしたときに、それまで巻いたままサイドボードにしまっておいた

「御本尊」を、うっかりサイドボードと一緒に粗大ゴミで出してしまった。

さすがにその時は焦って取り戻しに行ったけど、もう遅くて取り返せなかった。

つまり僕は「御本尊」をゴミとして捨ててしまったわけだ。わざとやったんじゃないけど事実は事実だ。

それから2〜3日はかなり気になったけど、でも、もうない物はないんだし、すっぱり割り切った。

ちなみにその「御本尊」は、宗門の人たちが「ニセ本尊」と呼んでいる創価が印刷したやつじゃなくて

ちゃんとお寺でもらったもの。日達さんの前の日淳さんが書いたものを印刷した「御本尊」だった。

だけど、それにしても所詮は印刷された掛け軸に過ぎない。

ついでに言っておくけど、あれがもしも印刷じゃなくて日蓮さんの真筆「御本尊」だったとしたら?

それだって同じこと(もっともその場合、文化財としての価値は高いだろうから、もったいないけど)。

信者にしてみれば、「御本尊」に対して紛れもなく「不敬」をしでかしたわけだが、あれから10年、

僕は普通の人と何ら変らない生活をしている。罰も地獄もなく、今の生活で十分幸せだと思っている。

別に見栄を張って幸せだなんて言ってるわけじゃなくてね(創価の人と違って見栄を張る必要ないし)。

もちろん人生なんて一寸先は闇だから、僕の運命がこれからどうなるかなんて分からない。

今は良くても、これから大病するか、悲惨な死に方をするか、このまま平穏に行き続けるか。

でも人生、先が分からないのは創価の人だって同じ。創価の人でも早死にする人、悲惨な人生の人は

何人もいる。いちいち例をあげるまでもないよね。

だから、僕の人生が悲惨になったとしても、別に「御本尊」を捨てた罰なんかじゃないよ。

それから信者の人たちは、他人が死んだ後に成仏するとか地獄に落ちるとか、そんな自分が見たことも

ないことを言うのは辞めた方がいいよ。自分で思っている分には自由だけど。

そんなことで人を脅かすのは犯罪行為に等しいよ。

まあとにかく、創価にいながら、実は辞めたいと思っている人がいたら、罰だの地獄だのという脅かし

に負けないで、勇気を出して辞めた方がいい。

自分の人生なんだから、宗教の脅しになんか負けずに、もっと自由に、もっと大切に生きようよ。

大事なのは宗教や「御本尊」じゃなくて、自分の人生だよ。


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