演奏会いいたい砲台

「海外オーケストラ来日公演記録抄」の「いいたい砲台」(ゲストブックにリンク先あり)にある2006年以降に行った演奏会の感想です

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(会場)日比谷公会堂
(座席)階上M列44番
(曲目)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
ショスタコーヴィチ:交響曲第13番
(B/セルゲイ・アレクサーシキン)
(CHO/東京オペラシンガーズ)


「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト」の第四日目。井上さん自らショスタコーヴィチの交響曲の中でも最も好きな曲と公言した「バビ・ヤール」が演奏されました。

 まず前半の10番。オケの状態はたいへんよくなっており、しかもホールにも慣れたせいか先週聴いたときよりもごく自然に聴くことができました。おそらくこちらも少しその音に慣れたのでしょうが、それ以外にもひょっとしてホールそのものを、オケがこの十日間以上演奏会と練習で鳴らしたり、聴衆が土日にかならずそこそこ入ったことで、いろいろな条件下、ホールそのものも少し音が通るようになったのかもしれません。あくまでもたんなる憶測ですが。

 第一楽章はじつに慎重な出だしで、指揮者の井上さんもじっくり音を聴き込んでいるような感じの演奏でしたが、第二楽章以降かなり井上さんの個性が強く出た演奏となっていったようです。オケは弦と打楽器、特に弦の弱音のコントロールが見事でした。聴いていて次にどういう音が鳴るのかということに対しての緊張感を軽く聴き手に意識させる、これはこの日の特に10番で随所に聴かれ、会場に独特の緊張感を与えていました。

 あとこのオケは厳しいながらも常にどこ柔和な表情をもっており、それが透徹した厳しさとはまた違った雰囲気を曲全体に与えていたため、もっと鋼鉄のような10番を期待していた人には多少不満であったかもしれません。ですが井上さんのように柔軟な姿勢から強い音楽をうってくるタイプの方には、この曲ではそれがうまく作用していたように感じられました。特に第三楽章の諧謔的な雰囲気と真摯な響きの交錯、そして終楽章をいたずらに疾走させることなく、そのすべての音を見事に音化しシンプルに鳴らしていくその演奏にはこのオケのそういう特性がプラスに作用していたように感じられたものでした。ただそれでも終楽章の後半などは充分すぎくらい力に満ちた迫力も兼ね備えられており、自分には充分満足できる演奏でした。

 そして後半13番。自分はこの曲を今現存している指揮者で一番聴いてみたかったのがじつは井上さんなのです。このある意味ショスタコーヴィチの全交響曲の中で最も複雑というか、一筋縄でいかないじつに底知れない不気味さとメッセージ性を秘めた部分に対して、それを白日の下に晒しそしてこの曲の深層にまで光を当てられるのは井上さんなのではないかと、そういう期待があったからです。(今回の座席が語呂でいってもちと苦しいですが「みちよし(M-44)」となったのも何かの縁だったかもしれません。)

 で、聴いた演奏ですが、その音楽はじつに辛口でありながら、しかも音楽のもつその場その場の意味というものをじつに巧く表出していたように感じました。ただこれにはこのホールの乾いた響きがかなり有効に作用していたようで、特に第一楽章での壮絶な打楽器群の随所に聴かれる爆音や、木管の下品なほどの強烈な押し出しなどが、じつに明確、というより非情なほどに峻厳にぶった斬られるように濁りなく鳴っていたのは、まさにこのホールならではの特性あれはせこそという気がしたものでした。

 またそれは第二楽章の終盤における誰の演奏よりも舞踊的な感じで演奏されてたあたりなどで、じつにリアルに表出されていたあたりでもホールの特性が井上さんの音楽を後押ししたように感じられたものでした。そういえば井上さんここでは盛大に指揮台で踊られていましたが、相模大野でこの曲について「曲を聴きながら踊ったってかまわない」といっていたのは、まさにこのことだったのかもしれません。このとき、もしこれが公演日初日あたりだったらオケがシラ〜としていたかもしれませんが、最終日ともなるとオケも指揮者のことをかなり掌握していたようで、じつに井上さんの音楽を汲みながら、このオケなりにじつに楽しげに音楽を演奏していたのがまたとても心地よかったです。

 このあとの後半三つの楽章はコーラスとソロも含め音楽的に一枚岩の表情で進められた、じつに隙の無い音楽がすすめられていきました。特に第三楽章以降の多彩な表情のコーラスは絶品で、しかもオケととてもよくブレンドされた響きだったことが、より感銘が大きくしていたように感じられました。(それにしても終楽章最後の鐘の音が鳴り、しばらくして全曲が静寂の中終了したとき、自分はまたこの曲の冒頭の鐘の音が回帰してきたかのような錯覚に一瞬おちいってしまいました。この曲、ひょっとするといつまでも終わらない循環的な内容をもった交響曲なのではなかろうかと、このときふと感じたものでした。これは井上さんの「この曲はまだ終わってはいない」といいたげな何かがこの演奏の底辺にあったような感じがしたからなのですが、それが何であるかはいまだわかりません。なんとも不思議な余韻をもった幕切れでした。)

 自分にとっては初めての実演「バビ・ヤール」でしたが、これだけの演奏を聴けたことへの喜びより、この曲のもついろいろな面をさらに感じることとなりました。この曲は自分にとって想像以上に複雑かつ深いものを呈した曲でした。今後よりいろいろと機会をみてこの曲を聴きこみ勉強していきたいと思います。そういう意味でとても自分には有意義なこの日の演奏会でした。(あとバスのアレクサーシキンの歌も素晴らしかった。18日に演奏される14番「死者の歌」にもアレクサーシキンは登場されますのでこちらも期待大です。)

 これで「日露友好ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏プロジェクト」のサンクトペテルブルグ交響楽団分は終了。次回からは日本のオケとなります。この後もぜひこの充実した状況を引き継いでほしいものです。

 あと余談ですが指揮者の井上さん。じつはかなり以前、井上さんを聴きに行こうとしたとき井上さんを知人が「クラシック界のジョージ川口」といっていたのを聞いて、急に?となって聴きに行くのをやめてしまったことがあります。ジョージさんというとどうも自分はあの「俺はメトロノーム300でドラムを叩いた。」という発言にもあるような「ほら吹きジョージ」というイメージが強く、それが災いしてしまったようで今回まで井上さんを聴くことにあまり自分は積極的にはなれませんでした。ですが今回立て続けに三回聴いて、「クラシック界のジョージ川口」というより、「クラシック界のディジー・ガレスピー」という気がしました。ガレスピーはファンサービス旺盛で、演奏中も陽気にふるまってはいるものの、ひとたび自分がソロをとると俄然他の誰よりも真剣にまた熱くベストを尽くしてプレイをするといったかんじでして、そういう部分が今回井上さんと大きく重なるものを感じました。ただよくよく考えるとジョージさんもガレスピーとはそういう点では同じところがあり、知人もそういう意味で「クラシック界のジョージ川口」といったのかもしれません。

 とんだ誤解で遠回りしたような形となってしまいましたが、遅まきながらこれから井上さんも機会があればより積極的に聴いていきたいと思います。最後に一言。

「日比谷公会堂は死んではいなかった!」

因みに前半に演奏された交響曲第10番は、このオケが初来日時に演奏した曲でもあります。そのときの指揮者はテミルカーノフ。1974年のことです。

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orch1973さん、はじめまして。
新参者の拙ブログにもお越しいただいたようで、ありがとうございます。これからもよろしく。
「日比谷公会堂は死んではいなかった!」はまったく同感。井上道義さんは10日の演奏会でもサービス精神をいかんなく発揮。千葉県少年少女オーケストラを登場させたり、「レニングラード」終演後に花束を例の小太鼓奏者に投げ渡したり…。GJ!

2007/11/12(月) 午後 11:26 [ dsch1963 ] 返信する

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dsch1963さま

10日は行けなかったのですが、なかなかいろいろとあったようですね。行けなかったのがかえすがえす残念です。日比谷はもう少しいろいろと使い道を考え、また演奏会場として機能してほしいものです。

コメントありがとうございました。 削除

2007/11/14(水) 午前 4:05 [ orch1973 ] 返信する

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