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暑いの嫌いだぁ☆(^o^)訪問&返コメ(^o^)まいぺーすです♪♪

心が泣いたら

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涙の海で

心の涙がとまらないとき
胸が詰まって苦しい時、手を伸ばしても誰もいないとき
涙の海におぼれて、このまま沈んでしまいたい。
いつも笑ってるねと言われると、ホントは泣いてるのになって思う。
でも、笑ってる方が、きっといい。
寄り添ってくれる人に甘えたい、甘えられない、、。
遭難しそうだけど、泳がなきゃ。
 

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惑うこと。

某女子芸人さんが、心配なことになっていますよね。
私自身は、占いも、前世が見えるとか、宗教関係、ぜんぜん信用してないんです。
でも、、ふと、立ち止まったとき、これでいいのか?
これから先はどうなるんだろうとか、見えない不安に駆られることはある。
その意味では、気持ちはわからなくもない。
 
四十にして惑わず…って言葉もあるけど。
四十だから実は惑うって思う。
昔は人生五十年だから、四十と言えば人生の終盤、惑ってなんかいられない。
今は人生八十年の時代、ちょうど真ん中に来て、
もう若くはないし、かといって年を取ったとも思えない。
そんな自分をもどかしく思ったり、変に焦ったり、不安になる。
まして自分が弱っているときは、思ってもいない落とし穴に落ちることだってある。
 
占いも、宗教も、スピリチュアル系は全く信用しない私も1度、穴に落ちたことがある。
自分自身も、病気をして、相次いで身内を癌で亡くし
最愛の母を白血病で亡くして1年経つか経たない頃。
ブログ関係の人で、ご主人が癌患者で生活に困っている人にカンパしようという誘いがあった。
きっと、私が弱っていなかったら、参加しなかったと思う。
それ以前に、特定の人にお金を出すということ自体に、抵抗があったし。
不特定多数の身内のいない癌患者さんに1万羽鶴を送るとか、動物愛護、児童養護に関しては
両親も、いろいろ参加していたし、自分にできる範囲で参加していた。
でも、、、特定の人…は、自分が弱っていなかったらしなかった。
 
癌の闘病にはお金と心を遣います。
保健医療では賄えない治療費と、家族の葛藤と心労。
そのどちらも経験していたからこそ、同情もし、カンパもしました。
その後、その人は、生活が困窮しているはずなのに、家族旅行してました。
正直、裏切られた気分でいっぱい。
癌は本当のことかもしれないけど、治療に使うお金をカンパしたので、旅行のお金じゃない。
そのうえ、わけのわからないことに巻き込まれて、正直、疲れた。
弱っていると、1番痛い部分に、共感することに落ちてしまうことがあるんだと思う。
 
自分で何かを信じることは、否定しないし、信じて救われることもあると思う。
でも、そこにお金が絡んで来たら嘘っぱち。
よく、あなたを救いたいから…と言ういろんな人がいるけど。
本当に救いたいなら、お金は要求しないと思う。
「あなたの前世はフランス人で…」とか言うスピリチュアルの人なんて信じられない。
だって、フランス語わかるの?
 
ちなみに、私の前世は両親で、その前は祖父母…でしょ。
前に、姓名判断とかって人が無料だからと、シツコク私の名前を見て
「この名前は大凶、ひらがな書きにした方がいい、運をよくするために印鑑を作りましょう」って。
もちろん断りましたよ。
私の名前は、神様の文字を1つ入れて、慈悲深く思慮深く聡明な人なんて
思わず、名前負けしそうな立派な名前を、おじいちゃんとお坊さんがつけてくれたのよ。失礼な。
 
救いたい相手にお金を要求したり、無理難題をつきつけてくるのは、それが商売とか自分の利益になるから。
本気で人を幸せにしたいから、前世を見るとか、言ってる人が
メッチャ福々しくメタボになったり、豪邸に住んでるのはおかしい。
人を幸せにしたいなら、身を削って、心底相手と付き合う気持ちがないのは全部嘘っぱちだと思う。
 
弱っているときは、ホントに心配してくれる人と、共感して自分にいいことだけ言ってくれる人の見わけがつかなくなる、ちゃんと心の目で相手を見なくちゃ、大きな落とし穴に落ちてしまうから。
 
 
 
 
 
 
 
 

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いいことさがし

悲しいことがあったり、どうしても前に進めないとき
時間薬が効くように「たいたことない、大丈夫」って言い聞かせる。
それでも効き目がなくて、時間がたつほど悲しい気持ちになるときがる。
そんなときは方向転換してみる。
そして、見回していいことを探してみる。
幸せと不幸せは背中合わせで、その感じ方は人それぞれ。
誰かと比べたり、誰かをうらやんでも幸せにはなれない。
私のことを不幸せだとか、不運だなと思う人もいるかもしれない。
逆もあるかもしれない。
でもね、自分の幸せの物差しは自分しか持ってないんだよね。

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北杜夫さん。

北杜夫さんがお亡くなりになりました。
小説家で精神科医、そして、躁うつ病患者。
30代で発病してから、84才で天に召されるまで、躁うつ病とともに生きてきました。
発病当時は、躁うつ病の治療法も確立されていなかった時代。
ご本人も、葛藤や辛いことも多かったと思います。
支えた奥様も、どれだけ大変だっただろうと、想像すると頭が下がります。
 
ご主人が躁うつ病という精神疾患だとわかったとき
奥様は「私が専属の看護婦というより、婦長になった気持ちで接しよう」と決意されたそうです。
周囲には離婚をすすめる親族、友人、知人が多く
病気のせいで離れていく人も多かったそうです。
でも「病気だけど、本当の姿、心根はいい人だから大丈夫」とこれまで支えてきた奥様。
 
その気持ち、痛いほどわかります。
病気がときどき狂気の顔をのぞかせても、病気じゃない本質は変わらないですもんね。
 
北杜夫さんのご冥福をお祈りすると同時に、奥様、お疲れ様でした。
 

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私を生きる

私が私を生きること。
それは、意外と難しい。
いろんな人とかかわったり、社会に交わったり。
家庭を持てば、相手の周囲や親戚とのお付き合いがあったり。
 
私が私を生きるためには
大切なことを守って、大切な人を大事にする。
でも、自分にとってよくないなって付き合いをダラダラ続けると
心が自分を嫌いになる。
自分を嫌いになったら、相手にも自分にも優しくなれない。
みんなに好かれたい、みんなを好きになるなんて、それは無理だから。
完璧な人なんていないし、そんなに強い人なんていない。
自分の弱さを認めないと
私を生きることはできないと思う。
 
○○ができなかった、じゃなくて、○○まで頑張った私は偉いってときどき自分をほめる。
あの人が嫌い、でも嫌いって言うのは、周りがどう思うんだろう。
なんて考えずに、あの人が嫌いって線を引いてしまえば、
あの人とは合わないところがあるから付き合い方を変えよう、そう思うだけでプラスに変化することもあると思う。
心の中が誰かに見えるわけじゃないもの。
大事な私を守るために、そんな風に考えてもいいと思う。
 
 

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